弔花のスパイス

純鈍

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プロローグ

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 赤や黄、青に緑、この国の外観は統一性を知らない。
 色鮮やかなレンガ造りの家々の間を道と交差するように多くの運河が走り、本国、ショッテンパードは水の国という異名を持っている。

「眠れ」

 今にも雨が降り出しそうな空の下、人気のない路地裏で、そっと耳元で囁く。それだけで黒いスーツの男は立ったまま目を瞑り、首を垂れた。

「僕が指を一度鳴らしたら、君は犬になる」

 パチンと軽い音が弾けた。

「わん」

 音を合図とするように目を開き、まるで本当に犬になったように男は地に座り、小さく吠えた。

「さあ、金だけ置いて主人のもとに帰れ」
「わん!」

 先ほどより大きく吠え、男は懐から自分の財布を取り出して白と橙色のレンガ畳の上に放り投げた。そして、犬のような姿勢で走っていく。我に返った時の身体の痛みが心配されるほど、その姿は異様だった。

「楽勝だね」

 手元に残った革の財布を見て若い男の頬が緩む。仕立ての良い紺色のスーツを着た赤毛の優男。

「ガーランド」

 突然、路地の終わりに華奢な黒髪の青年が現れた。本国での男のファーストネームを口にしながら、じっと彼を見つめている。

「どこかで会ったかな?」

 ガーランドと呼ばれた若い男は優しい笑みを浮かべながら青年に問い掛けた。少しずつ、自分から歩みを進め青年に近付いていく。

「あんたを逮捕する」
「僕を?」
「そうだ」
「面白いね、良いよ」

 逃亡を図ると思っていたが、ガーランドは大人しく両手を差し出した。

「気をつけろ、奴は厄介な術を使ってくるぞ?」

 青年の後ろから声がした。気付けば、ガーランドは国家の警備組織ポラリスの隊員たちに前後を固められていた。

「抵抗すんなよ?」
「抵抗なんてしないさ、もう疲れたんだ」

 宣言通り、青年が両手に手錠を嵌めるまでガーランドは動かなかった。

「確保!」

 通る声で隊全体に告げ、青年はその場から去ろうとした。しかし、ガーランドがその背中を呼び止める。

「ねぇ、君。これ、忘れ物だよ?」
「おい!」

 何かを手渡され、青年が怒鳴る。いつの間にかガーランドの両手から手錠が外れていて、周囲が騒ついた。

「冗談だよ。分かった、分かったから乱暴はしないでくれ、一張羅なんだ」

 数人の隊員に一斉に拘束され、ガーランドは苦笑いを浮かべた。そして、そのまま青年の横を通り過ぎて連行されていく。

「……っ」

 ガーランドを捕まえられたのは喜ばしいことのはずなのに、青年の頬を伝う涙は何故だか、とても冷たかった。
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