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29.ある日『Sハロウィン』
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とある十月三十一日の夜のことだ。俺は
「それやめろ!」
あつ子の強靱な腕によって風呂場に押し込められていた。騒いで暴れる様は、まるで全身シャンプーをされる前の猫みたいだと自分でも思うが、俺が今されようとしているのは腕と足の毛を剃られるってやつだ。
「なんで? 嫌じゃない、可愛い洋服着てるのに腕と足に毛があったら」
「じゃあ、そんな服着させようとすんなよ!」
毛を剃ると学校で変な噂が立つんだよ。俺だって認識されてねぇけど。
「え? なんで? 今日はハロウィンよ? 仮装しなくちゃ」
グイグイ俺を風呂場の中に押し込んで、あつ子が不思議そうな顔をする。
「仮装は女装じゃねぇだろ?」
「え? 除草? 今からするわよ」
除草じゃねぇよ! おめぇがやろうとしてんのは脱毛だ! 誰の臑が草原だ! ふざけんな!
「いや、させねぇよ? 風呂場には入っちまったけどな、カミソリで剃ろうとするもんなら暴れてやるんだかんな?」
暴れて危ねぇからってカミソリで剃ろうとすんのはやめるだろ? 前回は仕方なく剃らせてやったがな。今回はそう簡単には行かねぇぜ。
「ハゲるわよ?」
「へ?」
あつ子の言ってることが分からなかった。ハゲるってなんだ? 暴れたら頭剃るぞってことか? 出家か?
「そういうこと言うと思ってね、今回は除毛クリームにしてみました~」
自分の後ろからチャチャーンという風にピンク色のチューブを出してくるあつ子。カミソリじゃねぇだと!?
「こちら保湿成分も入ってまして、カミソリよりもお肌に優しくなってま~す。暴れると、頭について、十円ハゲが出来ま~す」
なんかテレビ通販の番組みてぇな喋り方してきてムカつくんだが? 「こちらが三分後に出来上がった物で~す」って出して来そうな勢いなんだが?
「十円ハゲなんて、学校で良い笑い者ね」
可哀想にみたいな顔しながら器用に笑うな! 最近巷で流行りの悪役令嬢みてぇなキャラ出てっぞ?
「おめぇ、ズリいぞ!」
「はい、行きま~す。お客様、危険ですから黄色い線の内側でお待ち下さ~い」
ピンクのチューブが俺の臑に迫る。
「やめろぉぉおおお!」
脱毛トレイン出発進行じゃねぇんだよぉぉおおおお!
◆ ◆ ◆
「ヤダ、可愛いぃぃー! アタシ、天才ぃぃー!」
「んだよ……、これ」
テンション爆上がりのあつ子に変わって俺のテンションはだだ下がりである。
結局、ハゲるのが嫌な俺は大人しく除毛された。足と腕がツルッツルになった。スベスベもプラスされた。泣きてぇ……。
そんで、その後ハロウィン用のコスプレを着せられたんだが、これは何だ?
「猫娘、可愛いでしょ?」
キッラキラした目であつ子がスマホを持って俺の姿を写真に収めている。
あつ子の言っている猫娘は妖怪のことではなく、ただ、水色のアリスの服を着させて、白い猫耳と白い猫の尻尾を付けただけのものだ。
長い金髪のヅラが邪魔で仕方ねぇ。
「じゃ、アタシも着替えて来まーす」
俺をソファに座らせて、あつ子は自分の部屋へと消えていった。
なんで家でハロウィンするためだけに、こんな本格的に仮装なんてしなきゃいけねぇのか、とスカートの裾を指で摘まみながら思う。
スースーしてソワソワすんだよな。あつ子は何着んのかな? 前に女装した時みてぇに俺に合わせてくんのかな?
そう思いながら、ふと窓の方を見たら、目がチカチカした。なんでかって?
後輩のとこのベランダから、なんかチカチカするカラフルな光が漏れてるからだよ。何してんだ? あの人。ミラーボールでも転がしてんのか?
一度は「どうでもいいや」と窓から視線を外したんだが、何をしてんのか気になって仕方がねぇ。
下からこっそりと覗くだけ、下からこっそりと覗くだけ、と心の中で繰り返しながら、ベランダに出て、隣との仕切りの下から静かに覗いてみた。
……隙間が狭すぎて何も見えなかった。
意を決して、今度は仕切りからちょっと身を乗り出して、隣のベランダを覗き込んでみる。チカチカがたまに目元に向かってきて眩しい。上手く見えな――
「あれ? やこくんも釣れた。君はほんと、猫みたいな子だね」
カチリという音がして、光が止まったと思ったら後輩と目が合った。どうやら、アツコ用の玩具だったらしい。光を追っかけて遊ぶやつ。だが……
――なぜ、バレた?
「し、失礼しました」
急に自分の格好を思い出して、俺はその場から去ろうとした。
「待って待って、やこくん、仮装してるの? ハロウィンだから?」
仕切りの壁に置いていた手を掴まれて引き留められる。こんな格好させられるなんて、ハロウィン以外に無いだろうが。(※いや、ある)
「か――」
「それ以上言ったらぶっ飛ばすぞ?」
腐っても可愛いとか言うなよ? やりたくてこんな格好やってんじゃねぇんだ。
「先輩は?」
何も気にしてない、みてぇな顔で普通に訊いてくるじゃんか。
「仮装……中?」
答えてやる俺もどうかと思うが、あつ子はもしかしたら、女装中かもしれねぇ。
「じゃあ、俺も仮装して、そっち行っても良いかな?」
「え? いや、それは……」
まずいんじゃねぇのか? 女装してるなんてところを見られたら、あいつ……
「良いぞ。一緒にケーキを食おう」
「……っ」
――あつ子! いつの間に俺の後ろに!?
驚いて後ろを振り返ると、そこには吸血鬼の仮装をしたイケメンバージョンのオネおじが立っていた。オールバックかっけぇ……! 牙……! 牙ある……!
「あ、先輩、お疲れ様です。さっきぶりですね」
「ああ、お疲れさん。じゃあ、鍵開けて待ってるからな」
仕事で解散したはずなのに、どうして再集合する!? 後輩、仮装する物なんて持ってるのか?
「分かりました。着替えて行きます」
アツコを抱っこしながら後輩が自分の部屋の中へと消えていった。
「良いのかよ?」
「寧ろ歓迎よ。だって後輩くんの仮装見たいじゃない」
小声で問い掛けると小声で返事が来た。俺は別に後輩の仮装なんかに興味ねぇし、仮装する物持ってるのかが気になるだけだし。
「つーか、なんで女装じゃねぇんだよ?」
「吸血鬼はぁ、男の方がぁ、似合うかなぁ、って思ってぇ」
その姿でぶりぶりした言い方すな。木の杭、胸に抉えぐり刺して棺桶にぶち込むぞ? ハロウィンナイトじゃなくてホラーナイトにしてやんぞ?(※一番怖がるのは自分である)
「駄目だった?」
「ま、まあ、良いんじゃねぇの?」
前から顔を覗き込まれて、そう言ってしまった。
どうして長身のやつって、なんでも似合うんだろうな。黒いマントに首元がヒラヒラした白いシャツ、それに赤いベスト……、化粧なのか、いつもより白い肌が目立つ。口元から覗く、その尖った牙で噛まれたら……
「痛ぇのかな……?」
ボーッとあつ子を見ながら、俺はそんなことを口にしていた。
「試してみる?」
「へ?」
あつ子に言われて、初めて自分が放った言葉の意味を頭で理解した。
あつ子の手が、長い金髪を右肩の方に寄せて、俺の首を露わにする。
「ちょ、ちょちょ、っと待て」
逃げられないように片腕で身体をホールドされて、俺はオロオロと狼狽た。
後輩がこれから来るってのに何してんだ? っじゃなくて、そうでなくとも何考えてんだ!
「お、い……!」
あつ子の牙が、首筋に迫ってくる。奴のマントをギュッと両手で握って、襲い来るであろう痛みに構えている時だ
った。
ピンポーン
「お邪魔します」
インターホンの音、からの後輩の襲来。
「なんてね」
扉が開くのと同時に、あつ子が耳元で囁いて俺から離れていった。
「な、んだよ……」
ソファにドサリと座って、はぁ……と溜息を吐きたくなった。悪い遊びはやめてほしいぜ。
「よく来たな」
一応買っておいたらしいファミリーパックのチョコレートを袋ごと持って、あつ子が玄関に向かう。あつ子の身体に遮られて後輩の姿がよく見えねぇんだが、一体、どんな格好をしてやがるんだ?
「あ、もしかして、これ言わないといけないやつですかね? ――トリックオアトリート、お菓子くれないと悪戯しますよ? 先輩」
後輩に言われて、無言で後輩の両手にチョコをザラザラやってっけど、いや、溢れてる、溢れちまってるから。小鎚振って大判小判出す神様かよ?
あつ子の表情が見えねぇから、確実なことは分からねぇが、奴の心はきっと、こうだ。
「う、うん、悪戯されても良い。でも、可愛いからチョコもたくさんあげちゃう」
これだ。
いや、寧ろ何も考えられていないのかもしれない。
「先輩、溢れてます」
「あ、ああ、すまない」
慌てて、後輩と一緒にチョコを拾うあつ子。ボーッとしてんじゃねぇか。何をそんなに後輩に気を取られることがあんだよ?
心の中で文句を言いながら、俺はソファから立ち上がって玄関に向かった。別に後輩の格好が気になったわけじゃねぇけどよ、なんか待ちくたびれたんだよ。
「ったく、何やってん……」
あつ子より先に立ち上がった後輩の姿が目に入って来て、俺は言葉を失った。
――やべぇ……かっけぇ……、いつもの後輩と全然違ぇ……! ワイルド無造作ヘアの狼男じゃねぇか……! 耳と牙……! 耳と牙ある……! あと、尻尾……!
「あれ? やこくん、もしかして、俺の顔に見惚れてたりする? イケメン好きだもんね、君」
――なぁぁぁああああ! そこは普通、何か俺の顔に付いてる? って聞くだろ? そんなダイレクトに言ってくるやつなんて居ねぇから! やめろよ! あつ子に勘違いされんだろうがぁああ! 色んな意味でよぉ!
「そんなことないです。その牙、どうなってんのかなって思っただけです」
あつ子を間に挟みながら、淡々と言ってやる。ちょっとイケメンだからってな、調子に乗んなよ? うちのあつ子だってな、こんなにイケメンなんだよ。(※対抗するところがおかしい)
「この大きな口はね、君を食べるためにあるんだよ」
「いや、そういうことじゃないです」
誰がそこに赤ずきんのストーリーぶっ込めって言ったよ? あんたが食うとか言うと、なんかリアルなんだよな。あつ子が言っても別の意味でリアルだけどよ。
「あれ? 違った? ――あ、そうだ、先輩、良い物持ってきたんですよ」
俺との会話を流して、いつの間にか、後輩が手にワインボトルを持っていた。
さっきまでチョコで両手いっぱいだったのに、どっからそのボトル取り出した? 異次元にポケットでも持ってんのか?
「お、すまないな」
「今夜は飲みましょう」
「そうだな、お言葉に甘えて飲もう」
あつ子がご機嫌そうにキッチンに向かって、ワイングラスを準備し始め、後輩がローテーブルの方でワインオープナーを使い、ワインの栓を開けた。
「いや、飲むな飲むな。あんたも飲ませんな」
着々と飲む準備が進められていく中、俺が制止に入る。
「大丈夫だよ、やこくん。俺がついてるから」
――それが心配なんだよ! 今までに酔っ払ってオネエを出したことはねぇが、変に男らしいあつ子が出ちまうんだよ。敦彦さんが出ちまうんだよ。
「そういうことじゃないんですよ」
何回、俺に同じセリフ吐かせれば気が済むんだ、あんたは。
そう思いながら、俺がムスッとした顔で後輩に近付いた時だった。
「それより……」
突然、スッと後輩が俺の前に片膝をついた。
――ん?
「この下はどうなってるの?」
「……っ!!」
――妖怪スカートペラリぃぃぃいいいい! 両手で豪快に俺のスカートを捲り上げたぁぁああああ!(※やこましい)
「あ、カボチャ柄じゃないんだ?」
――こんな季節にヤシの木柄ですよぉぉぉおおお! すんませんねぇぇええ!
「なに、平然とセクハラしてんだ! あんたは! 外でやったら警察に捕まんぞ!?」
ガッと後輩の両手を掴んでお縄にしてやった。この人、痴漢です!
「年上を叱れる年下の子って良いですよね、先輩」
「そうだな。凄く良いよな」
――全然、反省してねぇえええええ! 寧ろ、意気投合してやがるぅぅぅうう! そんで、それは褒めてんのか?
「さ、お待たせ」
なにおめぇも平然とした顔でつまみとケーキ、テーブルに置いてんだよ。おめぇもちょっとは後輩のこと叱れよ。甘やかすな。
「やこ、ケーキ食べるだろう?」
「食べる、けど」
そっと差し出されたオレンジチョコレートのケーキを仕方なく受け取り、ソファから一段下がった床で食い始める。
――うめぇ……! 香りやべぇ……!
「「乾杯」」
ソファに座った大人組がワイングラスを軽くぶつけ合って乾杯してるが、嫌な予感しかしねぇ。数十分後、その予感は的中することになる……。
酒を飲み始めてから、あつ子は普通の敦彦さんで居るように見えた。だが、やっぱり最後には酔い潰れて、ソファで横になって動かなくなった。多分、これは後輩の思惑通り。
「さて、どうしようか?」
静かに二個目のケーキを食う俺を見て、いつの間にか俺の隣に移動してきていた後輩がニッコリと笑った。
今、俺とサイコパスの真夜中の駆け引きが始まる……。
全世界の俺は、きっと泣かない……はず。
「それやめろ!」
あつ子の強靱な腕によって風呂場に押し込められていた。騒いで暴れる様は、まるで全身シャンプーをされる前の猫みたいだと自分でも思うが、俺が今されようとしているのは腕と足の毛を剃られるってやつだ。
「なんで? 嫌じゃない、可愛い洋服着てるのに腕と足に毛があったら」
「じゃあ、そんな服着させようとすんなよ!」
毛を剃ると学校で変な噂が立つんだよ。俺だって認識されてねぇけど。
「え? なんで? 今日はハロウィンよ? 仮装しなくちゃ」
グイグイ俺を風呂場の中に押し込んで、あつ子が不思議そうな顔をする。
「仮装は女装じゃねぇだろ?」
「え? 除草? 今からするわよ」
除草じゃねぇよ! おめぇがやろうとしてんのは脱毛だ! 誰の臑が草原だ! ふざけんな!
「いや、させねぇよ? 風呂場には入っちまったけどな、カミソリで剃ろうとするもんなら暴れてやるんだかんな?」
暴れて危ねぇからってカミソリで剃ろうとすんのはやめるだろ? 前回は仕方なく剃らせてやったがな。今回はそう簡単には行かねぇぜ。
「ハゲるわよ?」
「へ?」
あつ子の言ってることが分からなかった。ハゲるってなんだ? 暴れたら頭剃るぞってことか? 出家か?
「そういうこと言うと思ってね、今回は除毛クリームにしてみました~」
自分の後ろからチャチャーンという風にピンク色のチューブを出してくるあつ子。カミソリじゃねぇだと!?
「こちら保湿成分も入ってまして、カミソリよりもお肌に優しくなってま~す。暴れると、頭について、十円ハゲが出来ま~す」
なんかテレビ通販の番組みてぇな喋り方してきてムカつくんだが? 「こちらが三分後に出来上がった物で~す」って出して来そうな勢いなんだが?
「十円ハゲなんて、学校で良い笑い者ね」
可哀想にみたいな顔しながら器用に笑うな! 最近巷で流行りの悪役令嬢みてぇなキャラ出てっぞ?
「おめぇ、ズリいぞ!」
「はい、行きま~す。お客様、危険ですから黄色い線の内側でお待ち下さ~い」
ピンクのチューブが俺の臑に迫る。
「やめろぉぉおおお!」
脱毛トレイン出発進行じゃねぇんだよぉぉおおおお!
◆ ◆ ◆
「ヤダ、可愛いぃぃー! アタシ、天才ぃぃー!」
「んだよ……、これ」
テンション爆上がりのあつ子に変わって俺のテンションはだだ下がりである。
結局、ハゲるのが嫌な俺は大人しく除毛された。足と腕がツルッツルになった。スベスベもプラスされた。泣きてぇ……。
そんで、その後ハロウィン用のコスプレを着せられたんだが、これは何だ?
「猫娘、可愛いでしょ?」
キッラキラした目であつ子がスマホを持って俺の姿を写真に収めている。
あつ子の言っている猫娘は妖怪のことではなく、ただ、水色のアリスの服を着させて、白い猫耳と白い猫の尻尾を付けただけのものだ。
長い金髪のヅラが邪魔で仕方ねぇ。
「じゃ、アタシも着替えて来まーす」
俺をソファに座らせて、あつ子は自分の部屋へと消えていった。
なんで家でハロウィンするためだけに、こんな本格的に仮装なんてしなきゃいけねぇのか、とスカートの裾を指で摘まみながら思う。
スースーしてソワソワすんだよな。あつ子は何着んのかな? 前に女装した時みてぇに俺に合わせてくんのかな?
そう思いながら、ふと窓の方を見たら、目がチカチカした。なんでかって?
後輩のとこのベランダから、なんかチカチカするカラフルな光が漏れてるからだよ。何してんだ? あの人。ミラーボールでも転がしてんのか?
一度は「どうでもいいや」と窓から視線を外したんだが、何をしてんのか気になって仕方がねぇ。
下からこっそりと覗くだけ、下からこっそりと覗くだけ、と心の中で繰り返しながら、ベランダに出て、隣との仕切りの下から静かに覗いてみた。
……隙間が狭すぎて何も見えなかった。
意を決して、今度は仕切りからちょっと身を乗り出して、隣のベランダを覗き込んでみる。チカチカがたまに目元に向かってきて眩しい。上手く見えな――
「あれ? やこくんも釣れた。君はほんと、猫みたいな子だね」
カチリという音がして、光が止まったと思ったら後輩と目が合った。どうやら、アツコ用の玩具だったらしい。光を追っかけて遊ぶやつ。だが……
――なぜ、バレた?
「し、失礼しました」
急に自分の格好を思い出して、俺はその場から去ろうとした。
「待って待って、やこくん、仮装してるの? ハロウィンだから?」
仕切りの壁に置いていた手を掴まれて引き留められる。こんな格好させられるなんて、ハロウィン以外に無いだろうが。(※いや、ある)
「か――」
「それ以上言ったらぶっ飛ばすぞ?」
腐っても可愛いとか言うなよ? やりたくてこんな格好やってんじゃねぇんだ。
「先輩は?」
何も気にしてない、みてぇな顔で普通に訊いてくるじゃんか。
「仮装……中?」
答えてやる俺もどうかと思うが、あつ子はもしかしたら、女装中かもしれねぇ。
「じゃあ、俺も仮装して、そっち行っても良いかな?」
「え? いや、それは……」
まずいんじゃねぇのか? 女装してるなんてところを見られたら、あいつ……
「良いぞ。一緒にケーキを食おう」
「……っ」
――あつ子! いつの間に俺の後ろに!?
驚いて後ろを振り返ると、そこには吸血鬼の仮装をしたイケメンバージョンのオネおじが立っていた。オールバックかっけぇ……! 牙……! 牙ある……!
「あ、先輩、お疲れ様です。さっきぶりですね」
「ああ、お疲れさん。じゃあ、鍵開けて待ってるからな」
仕事で解散したはずなのに、どうして再集合する!? 後輩、仮装する物なんて持ってるのか?
「分かりました。着替えて行きます」
アツコを抱っこしながら後輩が自分の部屋の中へと消えていった。
「良いのかよ?」
「寧ろ歓迎よ。だって後輩くんの仮装見たいじゃない」
小声で問い掛けると小声で返事が来た。俺は別に後輩の仮装なんかに興味ねぇし、仮装する物持ってるのかが気になるだけだし。
「つーか、なんで女装じゃねぇんだよ?」
「吸血鬼はぁ、男の方がぁ、似合うかなぁ、って思ってぇ」
その姿でぶりぶりした言い方すな。木の杭、胸に抉えぐり刺して棺桶にぶち込むぞ? ハロウィンナイトじゃなくてホラーナイトにしてやんぞ?(※一番怖がるのは自分である)
「駄目だった?」
「ま、まあ、良いんじゃねぇの?」
前から顔を覗き込まれて、そう言ってしまった。
どうして長身のやつって、なんでも似合うんだろうな。黒いマントに首元がヒラヒラした白いシャツ、それに赤いベスト……、化粧なのか、いつもより白い肌が目立つ。口元から覗く、その尖った牙で噛まれたら……
「痛ぇのかな……?」
ボーッとあつ子を見ながら、俺はそんなことを口にしていた。
「試してみる?」
「へ?」
あつ子に言われて、初めて自分が放った言葉の意味を頭で理解した。
あつ子の手が、長い金髪を右肩の方に寄せて、俺の首を露わにする。
「ちょ、ちょちょ、っと待て」
逃げられないように片腕で身体をホールドされて、俺はオロオロと狼狽た。
後輩がこれから来るってのに何してんだ? っじゃなくて、そうでなくとも何考えてんだ!
「お、い……!」
あつ子の牙が、首筋に迫ってくる。奴のマントをギュッと両手で握って、襲い来るであろう痛みに構えている時だ
った。
ピンポーン
「お邪魔します」
インターホンの音、からの後輩の襲来。
「なんてね」
扉が開くのと同時に、あつ子が耳元で囁いて俺から離れていった。
「な、んだよ……」
ソファにドサリと座って、はぁ……と溜息を吐きたくなった。悪い遊びはやめてほしいぜ。
「よく来たな」
一応買っておいたらしいファミリーパックのチョコレートを袋ごと持って、あつ子が玄関に向かう。あつ子の身体に遮られて後輩の姿がよく見えねぇんだが、一体、どんな格好をしてやがるんだ?
「あ、もしかして、これ言わないといけないやつですかね? ――トリックオアトリート、お菓子くれないと悪戯しますよ? 先輩」
後輩に言われて、無言で後輩の両手にチョコをザラザラやってっけど、いや、溢れてる、溢れちまってるから。小鎚振って大判小判出す神様かよ?
あつ子の表情が見えねぇから、確実なことは分からねぇが、奴の心はきっと、こうだ。
「う、うん、悪戯されても良い。でも、可愛いからチョコもたくさんあげちゃう」
これだ。
いや、寧ろ何も考えられていないのかもしれない。
「先輩、溢れてます」
「あ、ああ、すまない」
慌てて、後輩と一緒にチョコを拾うあつ子。ボーッとしてんじゃねぇか。何をそんなに後輩に気を取られることがあんだよ?
心の中で文句を言いながら、俺はソファから立ち上がって玄関に向かった。別に後輩の格好が気になったわけじゃねぇけどよ、なんか待ちくたびれたんだよ。
「ったく、何やってん……」
あつ子より先に立ち上がった後輩の姿が目に入って来て、俺は言葉を失った。
――やべぇ……かっけぇ……、いつもの後輩と全然違ぇ……! ワイルド無造作ヘアの狼男じゃねぇか……! 耳と牙……! 耳と牙ある……! あと、尻尾……!
「あれ? やこくん、もしかして、俺の顔に見惚れてたりする? イケメン好きだもんね、君」
――なぁぁぁああああ! そこは普通、何か俺の顔に付いてる? って聞くだろ? そんなダイレクトに言ってくるやつなんて居ねぇから! やめろよ! あつ子に勘違いされんだろうがぁああ! 色んな意味でよぉ!
「そんなことないです。その牙、どうなってんのかなって思っただけです」
あつ子を間に挟みながら、淡々と言ってやる。ちょっとイケメンだからってな、調子に乗んなよ? うちのあつ子だってな、こんなにイケメンなんだよ。(※対抗するところがおかしい)
「この大きな口はね、君を食べるためにあるんだよ」
「いや、そういうことじゃないです」
誰がそこに赤ずきんのストーリーぶっ込めって言ったよ? あんたが食うとか言うと、なんかリアルなんだよな。あつ子が言っても別の意味でリアルだけどよ。
「あれ? 違った? ――あ、そうだ、先輩、良い物持ってきたんですよ」
俺との会話を流して、いつの間にか、後輩が手にワインボトルを持っていた。
さっきまでチョコで両手いっぱいだったのに、どっからそのボトル取り出した? 異次元にポケットでも持ってんのか?
「お、すまないな」
「今夜は飲みましょう」
「そうだな、お言葉に甘えて飲もう」
あつ子がご機嫌そうにキッチンに向かって、ワイングラスを準備し始め、後輩がローテーブルの方でワインオープナーを使い、ワインの栓を開けた。
「いや、飲むな飲むな。あんたも飲ませんな」
着々と飲む準備が進められていく中、俺が制止に入る。
「大丈夫だよ、やこくん。俺がついてるから」
――それが心配なんだよ! 今までに酔っ払ってオネエを出したことはねぇが、変に男らしいあつ子が出ちまうんだよ。敦彦さんが出ちまうんだよ。
「そういうことじゃないんですよ」
何回、俺に同じセリフ吐かせれば気が済むんだ、あんたは。
そう思いながら、俺がムスッとした顔で後輩に近付いた時だった。
「それより……」
突然、スッと後輩が俺の前に片膝をついた。
――ん?
「この下はどうなってるの?」
「……っ!!」
――妖怪スカートペラリぃぃぃいいいい! 両手で豪快に俺のスカートを捲り上げたぁぁああああ!(※やこましい)
「あ、カボチャ柄じゃないんだ?」
――こんな季節にヤシの木柄ですよぉぉぉおおお! すんませんねぇぇええ!
「なに、平然とセクハラしてんだ! あんたは! 外でやったら警察に捕まんぞ!?」
ガッと後輩の両手を掴んでお縄にしてやった。この人、痴漢です!
「年上を叱れる年下の子って良いですよね、先輩」
「そうだな。凄く良いよな」
――全然、反省してねぇえええええ! 寧ろ、意気投合してやがるぅぅぅうう! そんで、それは褒めてんのか?
「さ、お待たせ」
なにおめぇも平然とした顔でつまみとケーキ、テーブルに置いてんだよ。おめぇもちょっとは後輩のこと叱れよ。甘やかすな。
「やこ、ケーキ食べるだろう?」
「食べる、けど」
そっと差し出されたオレンジチョコレートのケーキを仕方なく受け取り、ソファから一段下がった床で食い始める。
――うめぇ……! 香りやべぇ……!
「「乾杯」」
ソファに座った大人組がワイングラスを軽くぶつけ合って乾杯してるが、嫌な予感しかしねぇ。数十分後、その予感は的中することになる……。
酒を飲み始めてから、あつ子は普通の敦彦さんで居るように見えた。だが、やっぱり最後には酔い潰れて、ソファで横になって動かなくなった。多分、これは後輩の思惑通り。
「さて、どうしようか?」
静かに二個目のケーキを食う俺を見て、いつの間にか俺の隣に移動してきていた後輩がニッコリと笑った。
今、俺とサイコパスの真夜中の駆け引きが始まる……。
全世界の俺は、きっと泣かない……はず。
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