上 下
21 / 23

第21話 『聖女』殺しの国

しおりを挟む
「それは……、父王の代の話だ。私は違う!」

 うろたえながらもアンジュストは主張した。

「おや、そうですかな? そのようなことが貴殿には覚えがないと?」

 含みを持った言い方をシャマール侯爵はした。

「???」

 侯爵の意図がわからぬアンジュストがけげんな表情をした。

「この国の司法を調べるにあたっては、判事を務められた方々の個人的な手記も遺族の許可をいただいて目を通させていただきました。コレット伯爵ですかな、彼が最高法廷の判事を勤められていたころの手記には、裁判すら通さず何の罪もない女性をクローディア王女と同じく森に追放するという処遇を王家と公爵家が決められたことが克明に記されております」

 シエラ・マリア!

 かつて魔女の取り換えっ子の話をでっちあげてまで排除した女のことをアンジュストは思い出した。

「魔女によって不幸な事件が起きたようですがその女性に罪はない。罪はなく裁判にかけられないからこそ、王家と公爵家のみの密議においてこれまた逢魔の森への追放が決められた。魔物へのイケニエなどと前時代的なきわめて『野蛮』な理由づけによって!」

「国のためだった。王家とは時に非情な決断もするもんだ」

「そうでしょうか? コレット元判事の記録によると、そこまでしてあなたがシエラという女性を排除したかったのは、別の女性との婚姻に彼女が邪魔であったからだとも書かれておりますよ。これは完全に私心でございますな」

「……っ!」

「しかもそのシエラという女性を疎んじた理由が、彼女の髪色がこの国の者たちとは少し変わっていたから。そうそうクローディア王女にしても、その黒髪が身内の王族や貴族からも気味悪がられたという記録が残っております」

「それがどうした!」

「ほほう、この国では、少し変わった髪色の人間は蔑み、場合によっては何もしていなくても罪に問うてもいいという『価値観』なのですな。では帝国の使いとして教えておきましょう。わが国は様々な文化や歴史的背景を持った国々が一緒になっておりますので、クローディア王女のような黒髪の者も帝国民として多く存在しております。くれぐれもそのような者たちを今までと同じような扱いはなされませぬよう厳命いたします」

 多民族国家である帝国の基礎中の基礎をシャマール侯爵はアンジュストに伝えた。

 それを言う公爵もまた、焦げ茶色の髪をし肌の色もアンジュストらの国の民よりも少し濃い色合いだった。

「そして一風変わった髪色を持った人間は、生まれながらに魔力の含有量が多いことが近年の研究で明らかにされております。特にシエラ嬢のような白銀の髪の持ち主は、その見た目の清らかさと希少性から生まれるとすぐに『聖人』『聖女』として帝国では奉じられるのです。にもかかわらず、そのような女性をよりによって魔物のイケニエに! このようなことが帝国中に知られれば『聖女殺し』として貴国は帝国の傘下に入るどころの話ではなくなりますぞ!」

「脅す気か!」

「いえいえ、聖女になれるお方がいたのにすでにこの世の方ではないことを、もったいないと思う気持ちはありますが、けっしてそのような意図はございませぬ。帝国の傘下に入られる前の出来事ですからね。ただ、民の心は理屈ではございません。この事実が帝国中に広まってしまえば、貴国が帝国中の怨嗟の的となってしまうことは、皇帝と言えど止めることはできないでしょう」

 本人は否定しているがやはり脅しであることには間違いない。

 これ以上帝国での待遇にぐちゃぐちゃ文句を言うならシエラの件を明るみに出すぞ、と、暗にシャマール侯爵は言っているのである。

 アンジュストは帝国の待遇を受け入れるしかなかった。

 王族が伯爵位しか賜れなかったということは、他の貴族はさらにそれ以下。
 元公爵でも子爵、侯爵で男爵、伯爵以下は爵位すらもらえず、平民落ちが決定した。

 帝国に入ることを発表したときには大きな顔で、王ではなくなるが大国の重鎮となれることを誇り、貴族らにもこれまでと変わらぬ状況が続くことを約束していたのに、完全に当てが外れ顔がつぶされた形になった。

 それもこれも、自分が過去に行った非道な行いが今になって返ってきただけであるが……。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

えぇ、死ねばいいのにと思ってやりました。それが何か?

真理亜
恋愛
「アリン! 貴様! サーシャを階段から突き落としたと言うのは本当か!?」王太子である婚約者のカインからそう詰問された公爵令嬢のアリンは「えぇ、死ねばいいのにと思ってやりました。それが何か?」とサラッと答えた。その答えにカインは呆然とするが、やがてカインの取り巻き連中の婚約者達も揃ってサーシャを糾弾し始めたことにより、サーシャの本性が暴かれるのだった。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]

ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。 「さようなら、私が産まれた国。  私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」 リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる── ◇婚約破棄の“後”の話です。 ◇転生チート。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。 ◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^ ◇なので感想欄閉じます(笑)

【完結】無能に何か用ですか?

凛 伊緒
恋愛
「お前との婚約を破棄するッ!我が国の未来に、無能な王妃は不要だ!」 とある日のパーティーにて…… セイラン王国王太子ヴィアルス・ディア・セイランは、婚約者のレイシア・ユシェナート侯爵令嬢に向かってそう言い放った。 隣にはレイシアの妹ミフェラが、哀れみの目を向けている。 だがレイシアはヴィアルスには見えない角度にて笑みを浮かべていた。 ヴィアルスとミフェラの行動は、全てレイシアの思惑通りの行動に過ぎなかったのだ…… 主人公レイシアが、自身を貶めてきた人々にざまぁする物語──

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

処理中です...