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第20話 露見した旧悪
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「なぜ、私が伯爵なのですか!」
アンジュストが帝国から派遣されたシャマール侯爵にくってかかった。
シエラ・マリアを森に追いやって十年目に、父王がなくなり即位したアンジュスト。
瘴気の原によって減りゆく国土と食糧生産高、増大する軍事費と経済不安、もろもろの問題を抱えたちゆかなくなり、ついに帝国の参加に入ることを決意した。
帝国はもとは大陸北限の小国だったが、周辺諸国を徐々に飲み込んでいきここ百年で無視できないほどの大国となった。
吸収した国の文化や習慣を重んじ、自治を認める形の統治をおこなったので、経済的、軍事的に弱い国の中には自ら帝国の一部になることを希望するところもあった。
「自主的に帝国に加わった国の王族は『公爵位』を賜るのではないのですか?」
「それは別に決まりというわけではありません」
冷静かつ無愛想に答えるシャマール侯爵にアンジュストは理由の説明を求めた。
「元王族が公爵に任じられた国は、もともと帝国と価値観を同じくする国々だったのですよ」
「どういうことだ?」
「帝国の傘下に入るということは、司法や行政、通貨の単位など、もろもろのことを今までの国のやり方から帝国のやり方に合わせることです。しかし、それをいきなり行うと民が混乱する場合もあるので、傘下に入る国を調べどこから順に帝国流に改めていかねばならないかを判断する。私はそのために派遣されたのです」
「だから……、なんだ?」
「王族が公爵位に叙せられた国々は、わが帝国と似たような行政や司法の形態を有しており、合併するのも容易でありました。しかし、文化背景や価値観の違う国ではそうは参りません。そして、その違いゆえに『野蛮』とみなされた国の王族を、皇帝の次に身分の高い「公爵位」に叙すのはとてもとても……」
「我が国が『野蛮』だと言いたいのか!」
侯爵の言いようにアンジュストが激高した。
「各国の独自の文化や社会体制を貶めるつもりはございません。しかし帝国の一員となっていただくには、そのルールを守ることが容易な国かどうかは厳しく判断させていただくということでございます」
「我が国のどこが帝国流を守るのが難しいとみなされているのだ?」
「そうですな、では説明いたしましょう。貴国の司法の記録を調べましたが、ずいぶんと罪と刑罰の基準がいい加減ですな。特に上位の者が裁判に関わった場合、その者の気分次第で刑罰が決められてしまうような事例が散見いたしました」
アンジュストには侯爵の言っていることが理解でできなかった。
下位の者が罪を犯した場合、上位の者が望む罰を与えるのは当然ではないのか?
「帝国の司法においては、罪と刑罰の基準は、身分差やその時の人々の気分によって左右されるものではなく厳密に決められております。ああ、もちろん被害者感情というものはちゃんと考慮に入れて判決を下しますがね。それは皇帝と言えど口をはさむことはできないことになっております」
「よくはわからぬが裁判で定められている刑罰は基準がちゃんと決まっているから、王と言えど口をはさんでそれを変えさせることはできない、ということだな」
「そのとおりでございます」
「なら、今後その通りにすればいいだけの話であろう」
「ええ、もちろん今後はその通りにしていただきます。しかしほんの少し前までそうではなく『野蛮』な裁判を行っていた国に、それがすんなりできるようになるかはいささか不安がありますし、そのような国の王族を先ほども申しましたが、皇帝の次に……」
「『野蛮』な裁判とはなんだ!」
二言目には『野蛮』というシャマール侯爵にアンジュストは不快感を隠せずにいた。
「ふむ、そうですね。この国の裁判記録を調べたところ、そう言った案件がいくつも出てきましたが、わかりやすいように王族の方々がかかわった事例をもって説明いたしましょう。王家にはかつてクローディアという王女様がいらっしゃいましたね」
クローディア、かつてシエラを追い払うために使われた王女の名。
過去に利用した王女の名を出されアンジュストは少しうろたえた。
「この王女様は自身の婚約者に近づいてくる女性に非道な振る舞いをし罪に問われたとありますが、その証言が極めていい加減、わが国の裁判では証拠能力の全くないものばかりでした。そもそも婚約関係にありながらほかの女性を近づけた男性側に非があるのは明白なのに、なぜか罪に問われたのは王女様の方」
「それは……」
「しかもその刑罰が逢魔の森に身一つで追放。うら若き女性にそのような仕打ちをなさるとはなんたる『野蛮』! このような蛮行が王族の一員にすら行われていたことに驚きを隠せません!」
シャマール侯爵は声を張り上げ主張した。
アンジュストが帝国から派遣されたシャマール侯爵にくってかかった。
シエラ・マリアを森に追いやって十年目に、父王がなくなり即位したアンジュスト。
瘴気の原によって減りゆく国土と食糧生産高、増大する軍事費と経済不安、もろもろの問題を抱えたちゆかなくなり、ついに帝国の参加に入ることを決意した。
帝国はもとは大陸北限の小国だったが、周辺諸国を徐々に飲み込んでいきここ百年で無視できないほどの大国となった。
吸収した国の文化や習慣を重んじ、自治を認める形の統治をおこなったので、経済的、軍事的に弱い国の中には自ら帝国の一部になることを希望するところもあった。
「自主的に帝国に加わった国の王族は『公爵位』を賜るのではないのですか?」
「それは別に決まりというわけではありません」
冷静かつ無愛想に答えるシャマール侯爵にアンジュストは理由の説明を求めた。
「元王族が公爵に任じられた国は、もともと帝国と価値観を同じくする国々だったのですよ」
「どういうことだ?」
「帝国の傘下に入るということは、司法や行政、通貨の単位など、もろもろのことを今までの国のやり方から帝国のやり方に合わせることです。しかし、それをいきなり行うと民が混乱する場合もあるので、傘下に入る国を調べどこから順に帝国流に改めていかねばならないかを判断する。私はそのために派遣されたのです」
「だから……、なんだ?」
「王族が公爵位に叙せられた国々は、わが帝国と似たような行政や司法の形態を有しており、合併するのも容易でありました。しかし、文化背景や価値観の違う国ではそうは参りません。そして、その違いゆえに『野蛮』とみなされた国の王族を、皇帝の次に身分の高い「公爵位」に叙すのはとてもとても……」
「我が国が『野蛮』だと言いたいのか!」
侯爵の言いようにアンジュストが激高した。
「各国の独自の文化や社会体制を貶めるつもりはございません。しかし帝国の一員となっていただくには、そのルールを守ることが容易な国かどうかは厳しく判断させていただくということでございます」
「我が国のどこが帝国流を守るのが難しいとみなされているのだ?」
「そうですな、では説明いたしましょう。貴国の司法の記録を調べましたが、ずいぶんと罪と刑罰の基準がいい加減ですな。特に上位の者が裁判に関わった場合、その者の気分次第で刑罰が決められてしまうような事例が散見いたしました」
アンジュストには侯爵の言っていることが理解でできなかった。
下位の者が罪を犯した場合、上位の者が望む罰を与えるのは当然ではないのか?
「帝国の司法においては、罪と刑罰の基準は、身分差やその時の人々の気分によって左右されるものではなく厳密に決められております。ああ、もちろん被害者感情というものはちゃんと考慮に入れて判決を下しますがね。それは皇帝と言えど口をはさむことはできないことになっております」
「よくはわからぬが裁判で定められている刑罰は基準がちゃんと決まっているから、王と言えど口をはさんでそれを変えさせることはできない、ということだな」
「そのとおりでございます」
「なら、今後その通りにすればいいだけの話であろう」
「ええ、もちろん今後はその通りにしていただきます。しかしほんの少し前までそうではなく『野蛮』な裁判を行っていた国に、それがすんなりできるようになるかはいささか不安がありますし、そのような国の王族を先ほども申しましたが、皇帝の次に……」
「『野蛮』な裁判とはなんだ!」
二言目には『野蛮』というシャマール侯爵にアンジュストは不快感を隠せずにいた。
「ふむ、そうですね。この国の裁判記録を調べたところ、そう言った案件がいくつも出てきましたが、わかりやすいように王族の方々がかかわった事例をもって説明いたしましょう。王家にはかつてクローディアという王女様がいらっしゃいましたね」
クローディア、かつてシエラを追い払うために使われた王女の名。
過去に利用した王女の名を出されアンジュストは少しうろたえた。
「この王女様は自身の婚約者に近づいてくる女性に非道な振る舞いをし罪に問われたとありますが、その証言が極めていい加減、わが国の裁判では証拠能力の全くないものばかりでした。そもそも婚約関係にありながらほかの女性を近づけた男性側に非があるのは明白なのに、なぜか罪に問われたのは王女様の方」
「それは……」
「しかもその刑罰が逢魔の森に身一つで追放。うら若き女性にそのような仕打ちをなさるとはなんたる『野蛮』! このような蛮行が王族の一員にすら行われていたことに驚きを隠せません!」
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