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Side―A 第五章 mai
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2016年11月。夏の暑さも、この頃には完全に過去のものとなり、世間は秋本番を迎えていた。そして、この11月は、紅葉など、秋のイベントの本番のシーズンでもあるが、同時に、徐々に長くなっていた夜がさらに長くなり、物悲しい雰囲気にも包まれる、そんな季節であった。
そして、10月に健吾に一方的に別れを告げられた麻衣は、まだ、健吾のことが忘れられないでいた。
『今頃、健吾は、どこで何しているんだろう…。
最近は、顔も見なくなったな…。』
実際、健吾は、大学に出て来てはいたものの、麻衣と会いそうな場面は極力避けるように、自分の行動パターンを変えていた。そのため、以前なら特に約束をしていなくても、ばったり健吾と会うような場面もあったが、健吾からの
「別れよう。」
という内容の電話以降は、それもなくなっていた。
そしてその日は、大学の講義を終えた後、麻衣はレストランのバイトを辞めてから始めた、コンビニのバイトに精を出していた。コンビニのバイトは、以前のレストランに比べて華やかさはないが、それでも一生懸命バイトに勤しむ、麻衣なのであった。
『ここのバイト、単純作業ばっかりかなとは思っていたけど、案外やりがいもあって、楽しいバイトだな。』
麻衣は心の中で、そう思った。(基本的に麻衣は、ポジティブで、物事を何でも「楽しい」と思う性格であった。)
また、健吾のことを忘れられない麻衣は、
『何かしていないと、気が紛れない。』
という理由もあり、バイトを週5で入れるなど、精力的に、バイトをしていた。
そして、麻衣がその日、バイトを終えた深夜、1本の着信が、麻衣の携帯に入った。
それは、前に着信があった時、電話をとり、そして嫌な思いをして、次に着信があっても、絶対無視しよう、そう思って登録しておいた番号…。
相川孝希からだ。
麻衣はその着信表示を見た瞬間、相手の電話を無視しよう、そう決めた。
『また相川さんからか。最近は着信はなかったけど、相川さんからの電話なんて、ロクな内容じゃないだろう。』
麻衣は、瞬時にそう思った。
しかし、孝希は、そのまま電話を切らずに、留守電を麻衣の携帯に入れた。
『ああ、留守電なんて、しつこいなあ。』
麻衣はそうも思ったが、
『留守電を入れるって、よっぽどのことなのかな?
…でも相川さんに限ってそれはないか。
…でも、留守電を聞くだけなら、相手に電話はつながらないし…。
一応、聞いてみるか。』
麻衣はそう思い返し、孝希の留守電を聞いた。
「もしもし、鈴木麻衣さんですね。今日は麻衣さんに、折り入って話があります。ですから、この留守電を聞いたら、折り返しご連絡、お願いします。」
『…あれ?』
麻衣は、その留守電の内容、と言うよりも、孝希の声のトーンに、驚きを持った。
『何か、いつもの相川さんらしくない、と言うか、何と言うか…。』
いつもは高圧的な孝希が敬語を使っているのにも麻衣はびっくりしたが、それにも増して、孝希の声色は、いつもと違っていた。
『もしかして、これは本当に、大事なことかもしれない。
…いいや、そうと見せかけて、私に電話をかけさせる作戦なのかも…。
でもどっちみち、電話だけなら、害はなさそうだし…。
もし相川さんがいつもの態度でしゃべってくるなら、切ったらいいだけのことだ。
とりあえず、電話をかけてみよう。』
麻衣はそこまで考え、孝希に電話をかけることにした。
「…もしもし、鈴木麻衣ですが…。」
「鈴木麻衣さんですね。お久しぶりです。相川孝希です。」
『あれ、やっぱり、いつもの相川さんじゃない。』
麻衣は孝希の第一声を聞き、瞬時にそう思った。
「相川さん…本当に、相川さんですか?」
「ええ、相川孝希です。」
「…何か、いつもの相川さんらしくないな、と思いまして…。」
「そうですね。いつもの僕らしくありませんね。
麻衣さんも、びっくりするだろう、とは思いました。」
麻衣は、その声色もさることながら、孝希が「僕」という一人称を使ったことにも、驚いた。
「…相川さん、どうかされたのですか?」
「そのことについては、また後で話す機会があるかと思います。
今日は深夜でお疲れかと思いますので、用件だけ話したいと思います。
麻衣さん、今麻衣さんは、以前の彼氏の河村健吾さんと、お付き合いはされていないですよね?」
「え、どうしてそれを…。」
「実はそれ、僕の責任なんです。」
そうして孝希は、麻衣に振られた後、SNSで麻衣の彼氏の河村健吾の書き込みを探したこと、そして、その健吾に会い、麻衣の家には借金があり、麻衣と健吾が別れたら、自分が借金を肩代わりして、さらに麻衣には近づかないようにする、と約束したことなどを、話した。
「そ、それって…本当ですか?」
「ええ、今話したことは全て、事実です。
もちろん、僕がやったことは、許されることではないと思っています。だから、『許してくれ』なんて言いません。
でも、僕は本当に、申し訳なく思っています。
すみませんでした!」
孝希は、初めて麻衣に謝った。そして電話口から、孝希の泣き声が、聞こえて来た。
「そうですか。私も、『許す。』とは、言えませんが…。」
「あと、もう1つだけ、伝えておきます。
健吾さんは、今でも麻衣さんのことが、好きなんだと思います。さっきの話の続きですが、健吾さんには、
『俺から話があったってこと、いやそれだけじゃない、俺と会ったことも、麻衣には伏せて話をするんだ。』
という内容のことを言って、固く口止めしてあるんです。その約束を破ったら、借金の肩代わりの話はなしにすると…。だから健吾さんは、今でも麻衣さんに連絡をしていない。違いますか?」
「はい、私は振られて以降、健吾から連絡は受けていません。」
「やはりそうでしたね。
じゃあ、麻衣さんの方から、連絡を、してあげてください。健吾さん、喜ぶと思いますから。
最後にもう1度、このたびの件、本当に、申し訳ありませんでした!」
孝希はここまで言い残し、一方的に、電話を切った。
『健吾、ごめんね。気づいてあげられなくて。』
そう心の中で思った麻衣は、早速健吾に電話をかけることにした。
「…留守番サービスに接続します…。」
「健吾、起きてる?麻衣だよ。久しぶり。
さっき、相川孝希さんから、電話があったんだ。
健吾、私、借金なんてしてないよ。全部、相川さんの嘘だったんだよ。
だから、連絡ください。待ってます。」
麻衣が留守電を入れた直後、健吾から、折り返しの電話が麻衣にかかってきた。
「…もしもし、麻衣?」
「うん。久しぶりだね。」
「久しぶり。
…それで、さっきの留守電の件だけど…。
本当なの?」
「うん、さっき相川さんから電話があったんだけど…。
相川さんの対応、なぜか紳士的だったんだ。それで、健吾との一件も、全部話してくれたよ。それで、
『ごめんなさい。』
って。
私、最初から借金なんてしてないよ。でも、健吾は私のために、
『別れよう。』
って、言ってくれたんだよね?」
「う、うん、そうだね…。」
「心配かけてごめんね。
あと、私たちが付き合うことになった時、健吾の方から、告白してくれたよね?」
「そうだったね。」
「だから、今度は私から言います。
河村健吾さん、私ともう1度、付き合ってください!」
健吾の目には、涙が浮かんでいたが、それを電話の向こうの、麻衣に悟られては格好悪いと思い、できるだけ声には出さないようにして、健吾は麻衣の告白に答えた。
「はい、こんな僕でよければ。」
麻衣の方も、涙を悟られないように、健吾に呼びかけた。
「…ちょっと、それ、私の台詞、パクッたでしょ?」
「いいや、オリジナルだよ!
たまたま、かぶったのかな?」
「嘘だあ~。
あと健吾、泣いてる?」
「泣いてないよ。」
「でも私、健吾の声色で、健吾が何考えてるか分かるもん!
絶対、泣いてるよね?」
「麻衣の方こそ、泣いてるんじゃない?」
「私は、泣いてなんかないよ!」
「嘘っぽいな~。」
「じゃあ証拠、挙げてみてよ。」
「いや、証拠って言われても…。」
こうして、2人は泣きながら冗談を言い合った。それは、2人にとって久しぶりの、冗談であった。
2016年12月。物悲しさ漂う秋は終わったが、日照時間はさらに短くなり、夏に比べて、やはり活気には欠ける冬が到来した。ただ、この12月は、クリスマスという、恋人たちにとっては特別なイベントがあり、世間はそのクリスマスに向けて、色めきだっていた。
「そういえばさ、クリスマスに恋人同士で過ごすのって、日本独自の風習らしいね。」
「あ、それ、聞いたことある!何か、ヨーロッパでは、クリスマスは家族で過ごすものらしいね。」
そのクリスマスが到来する直前、麻衣と健吾は、近くのカフェで話をしていた。孝希の嘘が原因で、一方的に健吾が麻衣に別れを告げた10月、そして、孝希の謝罪が元で、仲直りした11月も通り過ぎ、2人の絆は、この12月、より一層深まっていた。
「そうそう。日本とヨーロッパって、違う所も多いからね。」
「そうだね。じゃあ、2人ともヨーロッパが好きだし、このクリスマスは2人とも、家族と過ごしますか!」
「いや、でも、ここは日本だし…ね。
それ、ちょっと寂しいかも…。」
「冗談だよ冗談。健吾、ちょっと真に受けたでしょ?」
「いや、冗談だって分かってたよ。」
「嘘だあ~。」
「本当だって!」
「分かった分かった、そんなにムキにならないで。」
「まあ、分かってくれればいいけど…。」
2人はこう言った後、笑った。一時期別れたこともあった分、こうした他愛もないやりとりに、改めて幸せを感じる、2人なのであった。
「まあ、冗談はこのくらいにして、ところで健吾、クリスマスはどうするの?」
「一応、レストランは予約してあるんだ。
…あと、僕、麻衣にとっておきのプレゼント、用意してあるから、楽しみにしててね!」
「へえ~何だろう?楽しみだな!」
「もちろんまだ秘密だけどね。」
「分かった。お楽しみは後にとっときますか。それで私も、健吾にとっておきの、プレゼントがあるんだ。」
「そうなんだ。楽しみだな!」
「私も、まだ秘密!」
「了解!」
2人はその後、他愛もない会話をして、その日は別れた。
12月24日。この日は、クリスマスイブの日だ。麻衣、健吾の2人は夕方、健吾が予約した、フレンチのレストランにいた。
「でも、クリスマスイブにフレンチって、やっぱ、健吾らしいよね!」
「そうかな?イギリス料理の方が良かった?」
「ううん。そんなことないよ。
この店、素敵だね!」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。」
そして、料理が運ばれてきた。
コースは、前菜から始まった。そして、オードブル、魚料理、肉料理と続いた。また、その間、フレンチということもあり、おすすめのワインが紹介され、成人になったばかりの麻衣と健吾は、グラスに何杯か飲むこととなった。
そして、高級フレンチということもあり、そのどれも、味は申し分なかった。
「私、フォアグラってそんなに食べたことないけど、このフォアグラ、本当においしいね!」
「そうだね!
やっぱり、フレンチといえば、フォアグラだからね。」
「そっか。健吾って本当にフランス、好きなんだね!」
また、
「このワイン、おいしいね!
私たちがもう少しお酒に慣れたら、2人でおいしいワイン、もっとたくさん飲みたいね!
でも私、お酒はそんなに強くないと思うんだ…。だって、私の家族、お酒は全然飲まないもん。」
「そうだね!
実は僕も、そんなに強くないと思うんだ…。
僕の家自体、お酒が飲めない家系だからね。
でも、このワイン、本当においしいね!」
2人とも、出されたワインの味を、楽しんでいた。そして、最後の料理、デザートが運ばれてきた。
「あ、マカロンだ!私、マカロン好きなんだ~。」
「前に言ってたね。喜んでもらえて良かったよ。」
「…これ、今までで食べた中で、1番おいしいマカロンかも。」
「…ホントだ。確かに、おいしいね。」
2人は、今日のディナーに、大満足した。
そして、ディナーを食べ終えた2人は、プレゼント交換をすることにした。
「…プレゼント、どっちから渡す?」
「…じゃあ、同時に渡して、中身、見よっか。」
「…そうだね。」
そして、2人はプレゼントの入った袋を、同時に交換した。
その後、先に声を出したのは、健吾の方だった。
「これは…、ルビーのネックレスだね!ありがとう!」
「そうそう、ルビーのネックレス!
健吾、誕生日が7月じゃん?だから、健吾の誕生石がいいと思って…。」
「でも、いいの?これ、高かったんじゃないの?」
「まあ、安いとは言えないけど、私、この日のために、いっぱいバイトして、お金、貯めたんだ!」
「ああ、それでバイトをたくさんしてたのか。ようやく分かったよ。」
「そうだよ!借金返済のためじゃないからね!」
「はい!」
かつての別れ話も、いまや笑い話にできる、それほど2人の絆は、深かった。
「それで、私は…
うん?エメラルドのネックレス?」
誕生石に詳しい麻衣は、一瞬、怪訝な表情をした。
「健吾、確かエメラルドって…5月の誕生石だよね?
私、誕生日は8月だよ?8月は…ペリドットが誕生石だよ?」
「うん、知ってるよ。
でもこれは、麻衣の誕生石なんだ。」
健吾は、メモ帳をカバンから取り出し、説明しようとした。
「実は、フランス語では、5月のことを、『mai』って書くんだ。これ、『マイ』って読めるでしょ?
…でも読み方は、『メ』なんだけどね。
…読み方は違うんだけど、エメラルドは5月、maiの誕生石だから、麻衣にはピッタリかな、って思って…。
ペリドットの方が良かった?」
そこまで聞いた麻衣は、納得がいった様子であった。
「そうなんだ。さすがフランス通!
ううん、ペリドットより嬉しい!
何か、私の名前が月の名前になってるなんて、ロマンチックだな~。
それでエメラルドか。
ありがとう、大切にするね!」
そう言い合い、2人は笑った。
その日、2人がプレゼント交換をしている頃、外はちょうど、雪が降っていた。世間一般に言われる、「ホワイトクリスマス」…。
2人は、自分の誕生石と共に、そのロマンチックな夜を、楽しんだ。
※ ※ ※ ※
クリスマスが過ぎたら、次はお正月の季節
だ。この時期の日本は、宗教や文化の違いも気にすることなく、慌ただしく、次のイベントに向けて準備を始める。
そして、麻衣はクリスマスが過ぎた年末のこの日、自分の住んでいるアパートの、大掃除をしていた。
『よし、ちょっと休憩するか!』
そう言って麻衣は部屋の外に出た。そして、郵便受けを確認すると…、またもや差出人不明の手紙が、その中にあった。
『また、例の手紙か…。』
そう思いながら麻衣は、手紙の封を開けた。
―親愛なる舞へ
やっと、いい気分になってくれたかな?
これから、がんばってね。
どんなにつらい時でも、舞は1人じゃないよ。
僕が、側についてるからね。
これで僕からの手紙も最後になるかな?最後に、新しい詩のタイトルを、書いておきます。
タイトルは、
『ルビーのネックレス』
だよ!
またね!
孝介より―
『ルビーのネックレス、か…。』
麻衣はその手紙を見て、楽しかったクリスマスイブのことを、思い出した。あの後、健吾と会う機会があったが、その時、健吾はルビーのネックレスをして、麻衣は、エメラルドのネックレスをしていた。
そして、いつものように手紙を引き出しの中にしまおうとしたその時、もう1枚の手紙が、封筒の中に入っているのに、麻衣は気づいた。
『今日は2枚入っているのか…。』
その、2枚目の手紙を見た麻衣は、腰を抜かしそうになるほど、びっくりした。
―PS
鈴木麻衣さんへ
初めまして。孝介と言います。今まで、手紙を勝手に送ってしまい、すみません。
そして、鈴木麻衣さんに、折り入ってお願いがあります。
つきましては、明日の正午に、○○公園まで、来て頂けないでしょうか?
ちなみに、私は相川孝希のことも、よく知っている人間です。
では、○○公園で、お待ちしています。
孝介―
『孝介さんは、私のことを知っている?
今まで、知ってて、手紙を送っていたの?
…じゃあ、舞って誰?それに、何で住所が書いてないの?』
麻衣は、混乱しそうになりながらも、必死で考えようとした。
しかし、いくら考えても、答えは分からない。
『とりあえず、明日の正午、○○公園に行けば、謎は解けるかもしれない。』
麻衣はそう思い、明日、孝介に会いに行くことに決めた。
そして、10月に健吾に一方的に別れを告げられた麻衣は、まだ、健吾のことが忘れられないでいた。
『今頃、健吾は、どこで何しているんだろう…。
最近は、顔も見なくなったな…。』
実際、健吾は、大学に出て来てはいたものの、麻衣と会いそうな場面は極力避けるように、自分の行動パターンを変えていた。そのため、以前なら特に約束をしていなくても、ばったり健吾と会うような場面もあったが、健吾からの
「別れよう。」
という内容の電話以降は、それもなくなっていた。
そしてその日は、大学の講義を終えた後、麻衣はレストランのバイトを辞めてから始めた、コンビニのバイトに精を出していた。コンビニのバイトは、以前のレストランに比べて華やかさはないが、それでも一生懸命バイトに勤しむ、麻衣なのであった。
『ここのバイト、単純作業ばっかりかなとは思っていたけど、案外やりがいもあって、楽しいバイトだな。』
麻衣は心の中で、そう思った。(基本的に麻衣は、ポジティブで、物事を何でも「楽しい」と思う性格であった。)
また、健吾のことを忘れられない麻衣は、
『何かしていないと、気が紛れない。』
という理由もあり、バイトを週5で入れるなど、精力的に、バイトをしていた。
そして、麻衣がその日、バイトを終えた深夜、1本の着信が、麻衣の携帯に入った。
それは、前に着信があった時、電話をとり、そして嫌な思いをして、次に着信があっても、絶対無視しよう、そう思って登録しておいた番号…。
相川孝希からだ。
麻衣はその着信表示を見た瞬間、相手の電話を無視しよう、そう決めた。
『また相川さんからか。最近は着信はなかったけど、相川さんからの電話なんて、ロクな内容じゃないだろう。』
麻衣は、瞬時にそう思った。
しかし、孝希は、そのまま電話を切らずに、留守電を麻衣の携帯に入れた。
『ああ、留守電なんて、しつこいなあ。』
麻衣はそうも思ったが、
『留守電を入れるって、よっぽどのことなのかな?
…でも相川さんに限ってそれはないか。
…でも、留守電を聞くだけなら、相手に電話はつながらないし…。
一応、聞いてみるか。』
麻衣はそう思い返し、孝希の留守電を聞いた。
「もしもし、鈴木麻衣さんですね。今日は麻衣さんに、折り入って話があります。ですから、この留守電を聞いたら、折り返しご連絡、お願いします。」
『…あれ?』
麻衣は、その留守電の内容、と言うよりも、孝希の声のトーンに、驚きを持った。
『何か、いつもの相川さんらしくない、と言うか、何と言うか…。』
いつもは高圧的な孝希が敬語を使っているのにも麻衣はびっくりしたが、それにも増して、孝希の声色は、いつもと違っていた。
『もしかして、これは本当に、大事なことかもしれない。
…いいや、そうと見せかけて、私に電話をかけさせる作戦なのかも…。
でもどっちみち、電話だけなら、害はなさそうだし…。
もし相川さんがいつもの態度でしゃべってくるなら、切ったらいいだけのことだ。
とりあえず、電話をかけてみよう。』
麻衣はそこまで考え、孝希に電話をかけることにした。
「…もしもし、鈴木麻衣ですが…。」
「鈴木麻衣さんですね。お久しぶりです。相川孝希です。」
『あれ、やっぱり、いつもの相川さんじゃない。』
麻衣は孝希の第一声を聞き、瞬時にそう思った。
「相川さん…本当に、相川さんですか?」
「ええ、相川孝希です。」
「…何か、いつもの相川さんらしくないな、と思いまして…。」
「そうですね。いつもの僕らしくありませんね。
麻衣さんも、びっくりするだろう、とは思いました。」
麻衣は、その声色もさることながら、孝希が「僕」という一人称を使ったことにも、驚いた。
「…相川さん、どうかされたのですか?」
「そのことについては、また後で話す機会があるかと思います。
今日は深夜でお疲れかと思いますので、用件だけ話したいと思います。
麻衣さん、今麻衣さんは、以前の彼氏の河村健吾さんと、お付き合いはされていないですよね?」
「え、どうしてそれを…。」
「実はそれ、僕の責任なんです。」
そうして孝希は、麻衣に振られた後、SNSで麻衣の彼氏の河村健吾の書き込みを探したこと、そして、その健吾に会い、麻衣の家には借金があり、麻衣と健吾が別れたら、自分が借金を肩代わりして、さらに麻衣には近づかないようにする、と約束したことなどを、話した。
「そ、それって…本当ですか?」
「ええ、今話したことは全て、事実です。
もちろん、僕がやったことは、許されることではないと思っています。だから、『許してくれ』なんて言いません。
でも、僕は本当に、申し訳なく思っています。
すみませんでした!」
孝希は、初めて麻衣に謝った。そして電話口から、孝希の泣き声が、聞こえて来た。
「そうですか。私も、『許す。』とは、言えませんが…。」
「あと、もう1つだけ、伝えておきます。
健吾さんは、今でも麻衣さんのことが、好きなんだと思います。さっきの話の続きですが、健吾さんには、
『俺から話があったってこと、いやそれだけじゃない、俺と会ったことも、麻衣には伏せて話をするんだ。』
という内容のことを言って、固く口止めしてあるんです。その約束を破ったら、借金の肩代わりの話はなしにすると…。だから健吾さんは、今でも麻衣さんに連絡をしていない。違いますか?」
「はい、私は振られて以降、健吾から連絡は受けていません。」
「やはりそうでしたね。
じゃあ、麻衣さんの方から、連絡を、してあげてください。健吾さん、喜ぶと思いますから。
最後にもう1度、このたびの件、本当に、申し訳ありませんでした!」
孝希はここまで言い残し、一方的に、電話を切った。
『健吾、ごめんね。気づいてあげられなくて。』
そう心の中で思った麻衣は、早速健吾に電話をかけることにした。
「…留守番サービスに接続します…。」
「健吾、起きてる?麻衣だよ。久しぶり。
さっき、相川孝希さんから、電話があったんだ。
健吾、私、借金なんてしてないよ。全部、相川さんの嘘だったんだよ。
だから、連絡ください。待ってます。」
麻衣が留守電を入れた直後、健吾から、折り返しの電話が麻衣にかかってきた。
「…もしもし、麻衣?」
「うん。久しぶりだね。」
「久しぶり。
…それで、さっきの留守電の件だけど…。
本当なの?」
「うん、さっき相川さんから電話があったんだけど…。
相川さんの対応、なぜか紳士的だったんだ。それで、健吾との一件も、全部話してくれたよ。それで、
『ごめんなさい。』
って。
私、最初から借金なんてしてないよ。でも、健吾は私のために、
『別れよう。』
って、言ってくれたんだよね?」
「う、うん、そうだね…。」
「心配かけてごめんね。
あと、私たちが付き合うことになった時、健吾の方から、告白してくれたよね?」
「そうだったね。」
「だから、今度は私から言います。
河村健吾さん、私ともう1度、付き合ってください!」
健吾の目には、涙が浮かんでいたが、それを電話の向こうの、麻衣に悟られては格好悪いと思い、できるだけ声には出さないようにして、健吾は麻衣の告白に答えた。
「はい、こんな僕でよければ。」
麻衣の方も、涙を悟られないように、健吾に呼びかけた。
「…ちょっと、それ、私の台詞、パクッたでしょ?」
「いいや、オリジナルだよ!
たまたま、かぶったのかな?」
「嘘だあ~。
あと健吾、泣いてる?」
「泣いてないよ。」
「でも私、健吾の声色で、健吾が何考えてるか分かるもん!
絶対、泣いてるよね?」
「麻衣の方こそ、泣いてるんじゃない?」
「私は、泣いてなんかないよ!」
「嘘っぽいな~。」
「じゃあ証拠、挙げてみてよ。」
「いや、証拠って言われても…。」
こうして、2人は泣きながら冗談を言い合った。それは、2人にとって久しぶりの、冗談であった。
2016年12月。物悲しさ漂う秋は終わったが、日照時間はさらに短くなり、夏に比べて、やはり活気には欠ける冬が到来した。ただ、この12月は、クリスマスという、恋人たちにとっては特別なイベントがあり、世間はそのクリスマスに向けて、色めきだっていた。
「そういえばさ、クリスマスに恋人同士で過ごすのって、日本独自の風習らしいね。」
「あ、それ、聞いたことある!何か、ヨーロッパでは、クリスマスは家族で過ごすものらしいね。」
そのクリスマスが到来する直前、麻衣と健吾は、近くのカフェで話をしていた。孝希の嘘が原因で、一方的に健吾が麻衣に別れを告げた10月、そして、孝希の謝罪が元で、仲直りした11月も通り過ぎ、2人の絆は、この12月、より一層深まっていた。
「そうそう。日本とヨーロッパって、違う所も多いからね。」
「そうだね。じゃあ、2人ともヨーロッパが好きだし、このクリスマスは2人とも、家族と過ごしますか!」
「いや、でも、ここは日本だし…ね。
それ、ちょっと寂しいかも…。」
「冗談だよ冗談。健吾、ちょっと真に受けたでしょ?」
「いや、冗談だって分かってたよ。」
「嘘だあ~。」
「本当だって!」
「分かった分かった、そんなにムキにならないで。」
「まあ、分かってくれればいいけど…。」
2人はこう言った後、笑った。一時期別れたこともあった分、こうした他愛もないやりとりに、改めて幸せを感じる、2人なのであった。
「まあ、冗談はこのくらいにして、ところで健吾、クリスマスはどうするの?」
「一応、レストランは予約してあるんだ。
…あと、僕、麻衣にとっておきのプレゼント、用意してあるから、楽しみにしててね!」
「へえ~何だろう?楽しみだな!」
「もちろんまだ秘密だけどね。」
「分かった。お楽しみは後にとっときますか。それで私も、健吾にとっておきの、プレゼントがあるんだ。」
「そうなんだ。楽しみだな!」
「私も、まだ秘密!」
「了解!」
2人はその後、他愛もない会話をして、その日は別れた。
12月24日。この日は、クリスマスイブの日だ。麻衣、健吾の2人は夕方、健吾が予約した、フレンチのレストランにいた。
「でも、クリスマスイブにフレンチって、やっぱ、健吾らしいよね!」
「そうかな?イギリス料理の方が良かった?」
「ううん。そんなことないよ。
この店、素敵だね!」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。」
そして、料理が運ばれてきた。
コースは、前菜から始まった。そして、オードブル、魚料理、肉料理と続いた。また、その間、フレンチということもあり、おすすめのワインが紹介され、成人になったばかりの麻衣と健吾は、グラスに何杯か飲むこととなった。
そして、高級フレンチということもあり、そのどれも、味は申し分なかった。
「私、フォアグラってそんなに食べたことないけど、このフォアグラ、本当においしいね!」
「そうだね!
やっぱり、フレンチといえば、フォアグラだからね。」
「そっか。健吾って本当にフランス、好きなんだね!」
また、
「このワイン、おいしいね!
私たちがもう少しお酒に慣れたら、2人でおいしいワイン、もっとたくさん飲みたいね!
でも私、お酒はそんなに強くないと思うんだ…。だって、私の家族、お酒は全然飲まないもん。」
「そうだね!
実は僕も、そんなに強くないと思うんだ…。
僕の家自体、お酒が飲めない家系だからね。
でも、このワイン、本当においしいね!」
2人とも、出されたワインの味を、楽しんでいた。そして、最後の料理、デザートが運ばれてきた。
「あ、マカロンだ!私、マカロン好きなんだ~。」
「前に言ってたね。喜んでもらえて良かったよ。」
「…これ、今までで食べた中で、1番おいしいマカロンかも。」
「…ホントだ。確かに、おいしいね。」
2人は、今日のディナーに、大満足した。
そして、ディナーを食べ終えた2人は、プレゼント交換をすることにした。
「…プレゼント、どっちから渡す?」
「…じゃあ、同時に渡して、中身、見よっか。」
「…そうだね。」
そして、2人はプレゼントの入った袋を、同時に交換した。
その後、先に声を出したのは、健吾の方だった。
「これは…、ルビーのネックレスだね!ありがとう!」
「そうそう、ルビーのネックレス!
健吾、誕生日が7月じゃん?だから、健吾の誕生石がいいと思って…。」
「でも、いいの?これ、高かったんじゃないの?」
「まあ、安いとは言えないけど、私、この日のために、いっぱいバイトして、お金、貯めたんだ!」
「ああ、それでバイトをたくさんしてたのか。ようやく分かったよ。」
「そうだよ!借金返済のためじゃないからね!」
「はい!」
かつての別れ話も、いまや笑い話にできる、それほど2人の絆は、深かった。
「それで、私は…
うん?エメラルドのネックレス?」
誕生石に詳しい麻衣は、一瞬、怪訝な表情をした。
「健吾、確かエメラルドって…5月の誕生石だよね?
私、誕生日は8月だよ?8月は…ペリドットが誕生石だよ?」
「うん、知ってるよ。
でもこれは、麻衣の誕生石なんだ。」
健吾は、メモ帳をカバンから取り出し、説明しようとした。
「実は、フランス語では、5月のことを、『mai』って書くんだ。これ、『マイ』って読めるでしょ?
…でも読み方は、『メ』なんだけどね。
…読み方は違うんだけど、エメラルドは5月、maiの誕生石だから、麻衣にはピッタリかな、って思って…。
ペリドットの方が良かった?」
そこまで聞いた麻衣は、納得がいった様子であった。
「そうなんだ。さすがフランス通!
ううん、ペリドットより嬉しい!
何か、私の名前が月の名前になってるなんて、ロマンチックだな~。
それでエメラルドか。
ありがとう、大切にするね!」
そう言い合い、2人は笑った。
その日、2人がプレゼント交換をしている頃、外はちょうど、雪が降っていた。世間一般に言われる、「ホワイトクリスマス」…。
2人は、自分の誕生石と共に、そのロマンチックな夜を、楽しんだ。
※ ※ ※ ※
クリスマスが過ぎたら、次はお正月の季節
だ。この時期の日本は、宗教や文化の違いも気にすることなく、慌ただしく、次のイベントに向けて準備を始める。
そして、麻衣はクリスマスが過ぎた年末のこの日、自分の住んでいるアパートの、大掃除をしていた。
『よし、ちょっと休憩するか!』
そう言って麻衣は部屋の外に出た。そして、郵便受けを確認すると…、またもや差出人不明の手紙が、その中にあった。
『また、例の手紙か…。』
そう思いながら麻衣は、手紙の封を開けた。
―親愛なる舞へ
やっと、いい気分になってくれたかな?
これから、がんばってね。
どんなにつらい時でも、舞は1人じゃないよ。
僕が、側についてるからね。
これで僕からの手紙も最後になるかな?最後に、新しい詩のタイトルを、書いておきます。
タイトルは、
『ルビーのネックレス』
だよ!
またね!
孝介より―
『ルビーのネックレス、か…。』
麻衣はその手紙を見て、楽しかったクリスマスイブのことを、思い出した。あの後、健吾と会う機会があったが、その時、健吾はルビーのネックレスをして、麻衣は、エメラルドのネックレスをしていた。
そして、いつものように手紙を引き出しの中にしまおうとしたその時、もう1枚の手紙が、封筒の中に入っているのに、麻衣は気づいた。
『今日は2枚入っているのか…。』
その、2枚目の手紙を見た麻衣は、腰を抜かしそうになるほど、びっくりした。
―PS
鈴木麻衣さんへ
初めまして。孝介と言います。今まで、手紙を勝手に送ってしまい、すみません。
そして、鈴木麻衣さんに、折り入ってお願いがあります。
つきましては、明日の正午に、○○公園まで、来て頂けないでしょうか?
ちなみに、私は相川孝希のことも、よく知っている人間です。
では、○○公園で、お待ちしています。
孝介―
『孝介さんは、私のことを知っている?
今まで、知ってて、手紙を送っていたの?
…じゃあ、舞って誰?それに、何で住所が書いてないの?』
麻衣は、混乱しそうになりながらも、必死で考えようとした。
しかし、いくら考えても、答えは分からない。
『とりあえず、明日の正午、○○公園に行けば、謎は解けるかもしれない。』
麻衣はそう思い、明日、孝介に会いに行くことに決めた。
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