ワイルドアットハート

壱(いち)

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青い三日月と輝く沢山の星たち。空の下に綿雲があり、その上に俺は立っていた。

『我らが愛しい子よ、よくぞ戻られた』

綺麗な夜空に魅入っているとイヤホンで音楽を聞いているような感じで頭の中に低く響く男の声が聞こえる。意識が周りに変わって右側を見ると、金色に輝く人よりもかなり大きい龍が空を舞い、目や髭、鼻のある顔が自分の近くにあって驚くように息を飲む。

『愛しい子よ、声を、声を聴かせてはくれぬか』

フィクション、ゲームや漫画なんかでしか存在しない空想の生き物が自分の近くにいて、優しい眼差しを向け話しかけてくる未知のものは猫や犬のように肩口に鼻を近付けて擦り付けてくる。
目と髭の間を手でそっと、恐々触れてみる。ひんやりした鱗の手触りに脳がやっと追いついてきたのかじんわり理解してきて、声は驚き過ぎたのかなかなか出てこない。

ひんやりとしていても暖かいと触れて分かる人の顔よりも数倍大きな龍は顔を撫でられることが嬉しいのか気持ちいいのか、少し目を細めて見つめていて、こちらのなすが儘。もしかしたら俺が喋るのを待っているのかもしれない。

「これは、夢?」

やっと出てきた声は頼りなく響いて、第一声は龍へ届いただろうかと思うと、今度はその鼻面が胸の方から擦り寄ってきて緊張していた気持ちが少しだけ和らぎ、小さく笑いだしてしまう。

胴の長い龍の尾は自分がいるところから随分先にあって確認出来ない。巨大と言っても間違いじゃない大きさ。きっと脇に腕をまわしても自分の手は掴めそうにない太さの胴は鱗なのか分からないけど、きらきらと輝いて凄く綺麗だ。

『まだ会うことは叶わぬ故、そなたの夢から会いにきてしまった。私を許してくれるか?』
「怒る理由が見当たらないし、いいんじゃないかな」

笑みを零しながら見ると、首を傾げて怒られることでも考えたのか問いかけてくる龍へ大丈夫だよの意味を込め、撫でてやる。こっちは髭に興味を持ち始めていたりするんだけど。
引っ張ったら痛いのか?

『私の名はカムイ』
「カムイ?俺は紘貴」
『コウキ、紘貴か。良い名を貰ったな』

会えて嬉しいと懐いてくる龍に調子に乗った俺は顔を近付けて、あまり堅くない鼻の上に口付ける。それが不味かったのか分からないが、龍の胴が尾に向かってうねるように波打つ。
きょとんとその様を見ていると鼻先を頬に近付けてきて側面を頬擦りするよう押し付けてきた。

「ねぇ、カムイ。俺が何故この世界に来たのか理由を知ってる?」

ふと初対面にも関わらず俺は突拍子もないことを聞き出す。今度はこっちがなすが儘でいて、間近にある金色に緑が混ざった瞳を見つめると一瞬目を細めたカムイは静かに語り出した。

『そなたは、この世界を統べる皇帝の嫡子。この世で称えられる一つの神に近い存在』
「は?この世界の嫡子って、俺こっちの人なの?」
『少し話が長くなるが話そうか。この世界は人が住まうところではない。紘貴が舞い落ちた国も含めて獣の血をひくなど、人間に半分値しない者たちばかりだ』
「半獣ってこと?」
『そうだ、人の形はとれるがな。そして、この世界は六つの国に別れており、一括りにするとバルタン大陸と呼ぶ。そなたのいる国はセスラというところ。水に恵まれ、緑溢れる街が栄えたところだぞ』

少しずつ分かってくるこの世界のことに立っていられず、ふわふわの雲の上に膝をついて座り込んでしまう。そんな俺を慰めるようにカムイの顔が動いて近付き、さっき同様に懐いてきたのでものは試しに思わず髭を指で弄って触り心地を楽しむ。

『そなたが生まれたのは今は亡き天空の国として有名なクンオン。自然に恵まれて豊かな国だ』
「もう、なくなったの?」
『あぁ。百年前の戦で滅んだ』

人でいえば顎の下を撫でながら、瞼を閉じる。

『そなたは地上と天空で生きるものに愛されし、クンオン国の皇子』
「ん?」

物言わず聞いていれば結構凄いことを言われた気がする。ぱちっと瞼を開いて難しい問題をさらっと答えちゃう生徒みたいな顔をするカムイを見て、二、三回瞬きをした。

「俺が皇子って聞こえたんだけど」
『そう言ったな』
「えーっと、なんかの間違いとか」
『ない』

そうですか。撫でていたのをやめて雲の上で場違いな体操座りをし膝の上に腕を置いてそこへ顔を埋める。
なんか意外な展開が起きてるぞ。俺の想像だと悪役が世界征服のために誰でもいいから召喚したってゲームみたいなことだったのに。

『紘貴』
「うひゃっ!」

背筋をすっと上から下へ何かで擽られ、変な声が口から出た。カムイが宙に浮いたまま移動し前足の爪先を使って背筋を擽ってきたと知り、じろっと睨み上げる。

『感度良好だな』
「なに、その脂下がったオッサン並みの声。カムイって年寄り?」

構えていたのが霧散し、ムッとして聞けばお前よりは年寄りだとしれっと応えてきた。緊張感の欠片もない声にこっちは肩からがっくりきてへたれ込む。

「俺は何のために呼ばれたの?まさか国を復興させるためとか」
『いいや、そうではない。永き戦の中、幼いそなたに危険が及ばぬよう、魔術師の一人に平和な国で暮らせるように、そなたの親である皇帝は世流しを命じた。城の外は炎と血の海で時間がなかったのもあるが、皇帝は決定的な見落としをしてな』

気を取り直し、一呼吸置くカムイをじっと見ていると龍にも瞼があることに気付く。

『流したはいいが、紘貴をこちらに戻す術式がなかったことに魔術師が気付いた。だが魔術師は戦に出なければならない。そやつは誰かに命じ、戦に出て行った。国が滅んでも生き残りはいるものだ、その中の一人がずっとそなたを戻すために術の研究と書物を調べていた』
「なんか途方もない話だね」

見上げて苦笑う。

『長い時間がこちらで流れた』
「こっちと俺がいたところとは時の流れが違うの?時間的にずれてるよね」
『そうか?紘貴は幾つだろう』
「十七歳」

なんだろう。空間に歪みやら亀裂が入った凄まじい音がした。

『誠か?』
「いま嘘言ってどーすんの」

ふよふよと漂うカムイの目はしぱしぱと瞬きする。冷や汗掻いてるような。

「カムイ?」
『まさか、そんなに違うとは思わず』
「うん、百年云々言ってたもんな。正直びっくりだよ」
『まだ年端もないのに、このような麗しい見た目で、抱いて貪ったら壊れてしまいそうな体つきだと思ってはいたが・・・』
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