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おっさん、裏切られる
しおりを挟む「ギリギリ間に合った、か……?」
「ん。我ながら恐ろしい精度のピンポイント転移。
ガリウスはもっと褒めてくれてもいい」
「ああ、真面目に助かった。
初試みの場所に資料から得た情報だけで転移するなんてまさに神業。
さすがリア。最年少賢者の称号は伊達じゃないな」
「す、少し褒め過ぎ。
ちょっと自重した方がよい……真顔は照れる」
宵闇の月夜に響く饗宴の調べ。
懇談パーティが開催されている領主の館に集う人々。
華やかな装いに身を包む紳士淑女の無事を遠巻きに確認しながらリアを賞賛した俺は何故かやんわりと窘められた。
はて? 何か気に障ったのだろうか?
まあ何はさておき鏡像魔神が化けた司祭が到着してない事に安堵する。
館前に集う馬車に掲げられた旗の中に、教会の紋章はない。
奴が魔神としての本性を剥き出しにして飛んできたのでもない限り――まだ到着していない筈だ。
流石に得た司祭という社会的地位を脱ぎ捨てるほど愚かではないらしい。
ただしそれも時間の問題だ。
招待されているかどうかは別として司祭という役職を使えば領主への謁見など簡単に行える。
聖職者は優遇されるのだ。
その際に領主へと乗り換えられたらたまったもんじゃない。
かと言って今の俺が忠告をしに館へ行っても門前払いを受けるだろう。
実績のあるパーティとはいえ、冒険者の社会的地位は低い。
「しまった……
着いてからの事を考えてなかった」
「無理無茶無謀の三無主義。
さすがガリウス――外さない」
「でも――実際どうすんのさ?
このままここで待ち構えてもいいけど……知らない人から見たらボク達こそ不審者だよ? 闇討ちなんかしたら絶対バレるし」
地力はあるし馬鹿じゃないんだけど――こういう所が弱いんだよな、俺達。
基本、力技で何とか突破出来てしまうからか?
はてさてどうしたものか。
これからの対処に思い悩む三人。
しかし未だ俺に抱き抱えられたままだったフィーは、俺の胸元でクスリと笑うと、ゆっくり地面に降り立つ。
そして俺の知らない大人びた表情で――それでいて悪戯を思いついた童女のように明るく語り始める。
「あらあら……策がございませんの?
ならば、わたくしに妙案がございますわ。
ガリウス様にシアとリア――
わたくしの指示に従って頂けます?」
詳しく聞いたことはないのだが――
大司祭の婆さんに拾われる前、かつてフィーは貴族の子女だったらしい。
権謀術数渦巻く貴族の世界。
その教えを受けて育ったフィーが浮かべる邪な微笑。
誰も知らない彼女の新たな一面に戦慄した俺達は、有無を言わさず首を縦に振って賛同するのだった。
そして行われた策はそんなに難しいものではなかった。
まず爵位を持つシアが勇者としての肩書を使って伯爵との謁見を進める。
シアが権力を振りかざす行為を嫌うのは知っていたが――今は緊急時。
申し訳ないが眼を瞑ってもらった。
これに応じるかは否かは伯爵の度量次第だが――
驚くべきことにすんなりと話は通った。
何でも伯爵の娘がシアによって以前助けられた事があるらしく、それ以来伯爵は【魔剣の勇者】アレクシアの大ファンだったらしい。
謁見が叶った俺達は鏡像魔神が司祭に成りすましていることを打ち明け、伯爵に迫る身の危険を説いた。
しかし彼も立場がある。
簡単に親睦パーティを閉会する訳にはいかない。
そこで役立ったのがリアの魔術【完璧なる幻像(パーフェクトイリュージョン)】だ。
これは施術者の同意さえあれば顔だけでなく声色から人格まで変貌することを可能とする、人の手により生み出されたドッペルゲンガーの術だ。
無論問題も多く、他者を演じる疑似人格を宿す為、意図的な二重人格により精神的な負担が掛かる。
思考や趣向が人格に影響を及ぼす可能性もある。
ただそれ故にその術式完成度は非常に高く――
当人を熟知している身内の者ならともかく初見の者なら見分けがつくまい。
俺達が魔神共の個体識別が出来ないと同様――
奴等もあくまで知識として俺達の個体差を図ってる。
だからこそ付け入る隙が生まれる。
そうして開催される茶番劇。
性別的年齢的に一番近い俺が伯爵になり司祭の露骨な誘いを受ける。
シアとリアは護衛の兵に扮してもらった。
ここで一番重要なのは司祭を弾劾する役目を背負ったフィーである。
王都劇場の主演女優級の気迫で司祭に責め立てる。
何が恐ろしいってその胆力だ。
フィーが語ったマリアンヌが調べ上げたという証拠云々の話――
あれが全てハッタリだというのだから驚きだ。
いや、俺が到着する前の雑談である程度憶測はついていたらしい。
しかしあの本番でそれを言ってのける心臓の強さは並じゃない。
この一連の策は実に巧妙で、案の定――奴は正体を現した。
得意絶頂の魔神が狼狽する様は実に痛快で、俺もつい乗り気で人気活劇「暴れん坊君主」の真似をしてしまった。
恥ずかしさを幻像ごと剥ぎ取り、鏡像魔神ことラキソベロンを囲む俺達。
さあ、あとは奴を討伐すれば万事往来なのだが――
「くっくっく。
何も用意せずにこの場に臨むと思ったかい?
甘いな……策が敗れても次の策を用意するのが真の策士というもの。
出でよ、我に忠誠を誓いし者共。
闇に生きる己が真価を示すがいい!」
芝居が掛かった仕草と共に呼び掛けるラキソベロン。
その声に応じ、庭園の柱、草花、木々の陰――
至る所の闇より兇刃を携えた影が滑り出る。
夜の闇に溶け込むその装束はまさしく暗殺者特有のもの。
おそらく盗賊ギルドの抱える暗殺部隊だろう。
そして何より――
「悪いな、ガリウス。
強い者には巻かれろ、がモットーなんでね」
「マウザー……」
哄笑する魔神の背後に咲くカルミアの花――
大望と野心、何よりも裏切りを象徴するその花弁に紛れるように――
悪びれた笑みを隠さない、黒装束のマウザーが立っていた。
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