46 / 297
おっさん、蘊蓄を語る
しおりを挟む「すまないが、マティーニを頼む」
「お好みは?」
「ドライなヤツを。付け合わせは塩とレモンで」
「了解致しました」
精霊都市エリュシオン冒険者ギルドに併設されたBAR『煉獄』。
荒くれ者を相手にする為なのだろう。
やたら頑丈な樫のカウンターに腰掛けた俺はお気に入りの酒をマスターへ頼む。
食事の際に飲んでいたワインじゃない。
本格的に蒸留した酒、ジンをベースにしたカクテルである。
これに比べたら先程のワインは確かに上質だろうが、まるで水みたいなもんだ。
漢が飲む本物志向の酒とはこういったものを指すのだろう。
俺の注文にマスターは手慣れた手付きでシェイカーを振る。
また飲むには少し早い時間の為か、人気のないBAR。
静寂なままの店内を、マスターの振るシェイクの音だけが支配する。
そして無言で差し出されるレモンが飾られたグラス。
共に出された塩をそっとまぶし、俺は一気にグラスを呷る。
瞬間、喉元を通り過ぎる灼熱と鼻から抜ける強烈な香りの協奏曲。
深い溜息を零すと俺はもう一度同じものを頼む。
年月を掛け寝かせたウイスキーとは違い、まろやかなコクはない。
だが脳髄を掻き乱されるようなこの鮮烈さは一度覚えると病みつきになる。
駆け出しの頃、師匠が飲むのを真似してはよくむせ込んでいたものだ。
急いで大人になる必要はない、と苦笑する師匠だったが俺にも意地があった。
こうしておっさんになると当時の師匠の気持ちが分かる。
師匠は俺にゆっくりと大人になってほしかったのだ。
後輩が目覚ましく成長していくのは年長者にとって嬉しい反面、寂しいものだ。
最近シア達三人を相手にしていると頓に感じる。
そんなに慌てなくともよい。
年月は誰にでも等しく訪れるのだから。
気紛れとはいえ俺を拾い鍛えてくれた師匠もきっと同じ気持ちだったのだろう。
あの人は今頃何をしているのやら。
出鱈目な強さを誇る師匠の顔を思い出し感傷的な気持ちになっていると、BAR扉の開閉音と共に隣りに腰掛ける影。
「お待たせ」
「いや、俺も今来たところだ」
「そう? ならいいけど」
それは勿論メイアだった。
勤務時間が終わったのだろう、甘めのカクテルを頼んでいる。
お堅い管理ゲート職員の制服を脱ぎ捨て、今はラフなセーターにタイトスカートを穿いた姿だ。少し野暮ったさを感じる眼鏡も変わらずだが、良く似合っている。
上機嫌で話し掛けてくるメイアだったが俺が飲んでるグラスを見て眉を顰めた。
「な~に、またそれなの?
前に飲んだ時は辛くてマズいって騒いでたじゃない」
「最近はこれが美味いと思えるようになってきた。
俺も立派なおっさんだな」
「ならばワタシはおばさんね。
まったく――誰かのせいで嫁き遅れになっちゃたわ」
「俺のせいなのか?」
「そうよ?
ロクでもない人の担当官になっちゃったのが運の尽き」
「――あの頃は色々無茶もしたからな」
「今は違うの?」
「少しは――先の事を考えれるようになってきたさ」
「へえ~進歩したじゃない」
「時間だけは誰しも平等だからな」
「ぷっ。なによ、それ」
「やり直したい過去は誰にだってある」
「あら、残念――
ワタシとは反対ね。
人の瞳が背中についてない理由は何故か知っている?」
「いや?」
「それはね、前に向かい生きる――未来に向かう為よ。
だから過去に囚われている時間はないの」
メイアはグラスを上品に飲み干すと一冊の封筒を差し出す。
「はい、これ。
頼まれていた事件に関する資料。
生憎だけど――ワタシは新しい出会いにチャレンジしてみるわ」
「さっきの少年か?」
「ええ、面白そうじゃない」
「彼は何者だ?
あんなレベルの魔導書を複数所持する――只者じゃない」
「内密にできる?」
「マスターがいるぞ」
「彼はギルド職員だからいいのよ」
「なるほどな、酒の席では冒険者や依頼人も口が軽くなる。
そういったところまで手を伸ばしてたんだな」
「こんなの初歩よ、初歩。
それで――聞きたい?」
「ああ」
「彼ね――この世界に生まれていない存在。
つまり異界からの客人、らしいわ。
今、ウチのところが必死に背後関係を洗ってるけど」
「異界からの客人――稀人か。
ならば頷けるな。
規格外の魔力の割に抜けていて、それでいながら全てを切り捨てる酷な感じ。
あのちぐはぐさは――従来の型には嵌らないタイプだ」
「ええ――なので今頃は各諜報機関も大騒ぎね。
マークされていない一流の召喚術師はそれだけで一騎一軍に匹敵するもの。
情報欲しさにワタシにまで接触して探りを入れろ、なんて指令が来たし」
「なるほどな。だから行くのか?」
「探りを入れるのは気は進まないけど、ね。
あの子自身は良い子そうだからそれでも楽しみなのよ」
微笑を浮かべそう告げると、メイアはストールから長い脚を下ろす。
「じゃあね、ガリウス。
あの娘たちと幸せに――」
「なあ、最後に一つ――いいか?」
「何かしら?」
「究極にドライなマティーニの楽しみ方って知ってるか?」
「……どういうこと?」
「ベルモットの瓶を横目で眺めながらジンを飲むらしい。
正視すると「甘すぎる」から駄目なんだと」
「何よ、それ――変なの。
じゃあワタシは行くわ。またね」
呆れたように苦笑するとメイアは清算を済ませBARを出て行く。
結局彼女を真っ直ぐには見れなかった。
その理由は語るまでもないだろう。
過去に囚われず未来に生きる、か。
彼女はいつもポジティブだったな。
残された俺は颯爽と去る彼女の後ろ姿を横目で見ながらグラスを傾ける。
いつもは辛いマティーニが少しだけ甘く感じたのは……
マスターが配分を間違えたせいなのだろう、きっと。
2
お気に入りに追加
213
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
何度も死に戻りで助けてあげたのに、全く気付かない姉にパーティーを追い出された 〜いろいろ勘違いしていますけど、後悔した時にはもう手遅れです〜
超高校級の小説家
ファンタジー
武門で名を馳せるシリウス男爵家の四女クロエ・シリウスは妾腹の子としてプロキオン公国で生まれました。
クロエが生まれた時にクロエの母はシリウス男爵家を追い出され、シリウス男爵のわずかな支援と母の稼ぎを頼りに母子二人で静かに暮らしていました。
しかし、クロエが12歳の時に母が亡くなり、生前の母の頼みでクロエはシリウス男爵家に引き取られることになりました。
クロエは正妻と三人の姉から酷い嫌がらせを受けますが、行き場のないクロエは使用人同然の生活を受け入れます。
クロエが15歳になった時、転機が訪れます。
プロキオン大公国で最近見つかった地下迷宮から降りかかった呪いで、公子が深い眠りに落ちて目覚めなくなってしまいました。
焦ったプロキオン大公は領地の貴族にお触れを出したのです。
『迷宮の謎を解き明かし公子を救った者には、莫大な謝礼と令嬢に公子との婚約を約束する』
そこそこの戦闘の素質があるクロエの三人の姉もクロエを巻き込んで手探りで迷宮の探索を始めました。
最初はなかなか上手くいきませんでしたが、根気よく探索を続けるうちにクロエ達は次第に頭角を現し始め、迷宮の到達階層1位のパーティーにまで上り詰めました。
しかし、三人の姉はその日のうちにクロエをパーティーから追い出したのです。
自分達の成功が、クロエに発現したとんでもないユニークスキルのおかげだとは知りもせずに。
人間だった竜人の番は、生まれ変わってエルフになったので、大好きなお父さんと暮らします
吉野屋
ファンタジー
竜人国の皇太子の番として預言者に予言され妃になるため城に入った人間のシロアナだが、皇太子は人間の番と言う事実が受け入れられず、超塩対応だった。シロアナはそれならば人間の国へ帰りたいと思っていたが、イラつく皇太子の不手際のせいであっさり死んでしまった(人は竜人に比べてとても脆い存在)。
魂に傷を負った娘は、エルフの娘に生まれ変わる。
次の身体の父親はエルフの最高位の大魔術師を退き、妻が命と引き換えに生んだ娘と森で暮らす事を選んだ男だった。
【完結したお話を現在改稿中です。改稿しだい順次お話しをUPして行きます】
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる