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おっさん、弾劾される

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「……おっさん、デレデレしてた」
「だから――アレは必要な事だったと何回も説明してるだろう?
 シアだって知らない顔じゃないし、昔もっぱら世話になったんだぞ。
 何よりあいつのくれたファストパスのお陰で長時間並ばなくて済んだし」
「それとこれとは話が別ですわ。
 ふしだらな女性問題はちゃんと決着をつけなくてはなりません」
「ん。的確な指摘。
 鼻の下がだらしなく伸びてた」
「お前らは古女房か!」

 不機嫌そうな態度を露骨に見せる三人に俺は頭を抱える。
 俺達がいるのは『春の仔馬亭』という迷宮都市内にある、やや高めの宿だ。
 タンポポを銜えた仔馬の看板が目を引くシックな宿である。
 品がいい内装と礼儀正しい従業員、そして美味い料理。
 以前師匠と来た事があり、少々値が張るも休息を取るには最適な店だ。
 馬車移動での疲れを癒す為、ゆっくり堪能したいところなのだが……
 ゲート職員であったメイアとのやり取りが面白くなかったのだろう。
 三人が機嫌を損ねてしまい、ホトホト俺は困っていた。
 貴人用ゲート前で騒ぎはあったものの、一般用ゲートに影響はなく、メイアから貰ったファストパスを提示する事によりすんなり迷宮都市内部へ入れた。
 これには正直驚かされたものである。
 ファストパスの有用性は聞いていたがあ、かなり手続きが省略されていた。
 メイアに足を向けられないな、と俺はしきりに感謝の言葉を述べたのだが。
 これがよろしくなかったらしい。
 最初は何とか笑顔を取り繕っていた三人だったのが……
 話している内に見る見る曇っていき、今は曇天である。
 まあ俺に大きな非がないので雷雨へならないのが幸いか。
 俺は溜息をつくと注文していたワインに口を付ける。
 酸味の中にも際立つ濃厚なまろやかさがあり、美味い。
 さすがにこういうところは酒からして違う。
 コルクを抜いて酸化が進んだ粗悪品による瓶管理じゃなく、きちんと適温で保存された樽で管理がなされているのだろう。
 こだわりに金を掛けるか否かが一流とそれ以外の差だと俺は思う。
 一人だけ上機嫌でワインを堪能していると料理が運ばれてきた。
 店の名物、イベル豚のシチューとエセル海老のフライである。
 丁寧な工程で山海の旨味をぎゅっと凝縮させたこの組み合わせは、味にうるさい師匠すら黙らせたほどだ。
 懐かしさを感じながら俺は早速食べ始める。
 うん、シンプルに美味い。
 本当に美味いものは余計な感想など吹っ飛ばす力がある。
 腹が減っていた為、一心不乱に匙を動かす俺。
 そんな俺の様子に食指を惹かれたのだろう
 三人も釣られて匙を口へと運び――驚愕の声を上げる。

「美味しい!」
「なんですのこれ!」
「げ、言語化出来ない美味……計測不明」
「美味いだろう?
 ここの料理はグルメな俺ですら唸る程だ。
 怒って食べないなんて勿体ないぞ。
 せっかくの可愛い顔が台無しだ」
「う”っ……
 確かに少し大人げなかったかも」
「まあせっかくお褒めの言葉を頂きましたし……
 和平交渉に応じてましょうか」
「ん。同意」
「お、仲直り成立か?
 実はな、常連だけが知っている激旨の海老味噌リゾットがある。
 この後出てくる予定だから楽しみにしてろよ?」
「ホント!? やった」
「はは、食いしん坊は機嫌が悪くても変わらないな。
 まあ俺も至らぬところがあったし、悪いと思う」
「素直な謝罪が心に浸みますわ。
 でも時間がほしいのも確かですの」
「フィーの言う通り。
 ああいう時はそっとしておいてほしい。
 ヘタな干渉は逆効果」
「リアが言うと説得力あるな」
「ふっ。伊達に学院でボッチやってない」
「威張るとこか、それ?
 後――あんまり張る胸がないぞ」
「今のは貧乳界に対する挑戦と受け取った!」
「魔力を解放するな!
 一応高級宿なんだぞ、ここ!
 追い出されたらどうする!」
「ガリウスは業界の需要を理解してない!
 その身体にきっちりと教え込むべき!」
「キレるポイントと意味がよく分かんわ!
 っていうか、少しは止めろ二人とも!」
「う~ん……
 今のはガリウス様が悪いですわ」
「そうだね。
 死ねばいいのに」
「し、辛辣だな。
 中年男の心は意外と繊細なんだぞ……」

 乙女にとってプロポーションなどに関わる言葉はタブーらしい。
 禁忌に触れた代償は殊の外に重く――
 俺はその後も懸命に弁明と謝罪に追われるのだった。





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