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おっさん、乾杯をする

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「だから悪かったとは思っている――
 なのでいい加減、機嫌を直してくれないか?」

 夕食。
 温泉から逃走(戦略的撤退ともいう)して以来、ずっとヘソを曲げているシアとフィーに俺はひたすら頭を下げる。
 確かにヘタレとも言われても仕方ない。
 ただ……ああやって歯止めを掛けなければ、いつか自制が利かなくなりそうな気がするのだ。
 元来、俺は強い男ではない。
 強くあろうと常日頃から自分を戒めているだけなのだから。
 しかし――強いだけでは駄目な事も知っている。
 男は強くなければ生きていけない。
 けど、優しくなければ生きていく資格がない。
 俺を鍛えてくれた師匠の言葉だ。
 里を出たばかりで、当時何も知らなかった俺に冒険者としての基礎を叩き込んで(文字通りの意味で)くれた人でもある。
 今は何をしているのだろうか?
 懐かしい顔と地獄の日々が思い浮かび、俺は思わず苦笑する。
 懸命に謝る俺の誠意が通じたのだろう。
 頑なだった二人の態度が軟化する。

「そりゃ~ボク達だって怒りたくて怒ってる訳じゃないよ?」
「ええ――
 けれどわたくし達の気持ちを慮ってほしいのです」
「リアも言ってたけど、ボク達は誰にでもああいう事をする訳じゃないし」
「シアの言う通りです。
 他ならぬガリウス様だけ、なのですから」
「分かったよ。
 なら――今度はせめて水着くらい着てくれ。
 いきなり全裸は刺激が強い以前に人としてどうかと思うぞ」
「あ、あれはリアに負けたくない気持ちの勢いで――」
「確かに――短慮でしたわ」
「うんうん、早計だったね。
 でも――次回の約束だけじゃ許さないよ、おっさん」
「ならばどうすればいいんだ?」
「今日もボク達と一緒に寝る事!
 事前に言っておけばいいんでしょ?」
「それは……」
「あら――名案ですわ。
 昼間ご一緒出来なかった時間の分、せめて夜は甘えさせて頂きましょう」
「分かった分かった。
 あとはリアが賛同すれば――」
「ん。全面的に賛同する」

 やっと出来上がったのだろう。
 温泉の詫びに夕食当番を買って出たリアが鍋を手にやってくる。
 テーブルの真ん中に鍋敷きを乗せると鍋を慎重に据える。
 滅多に調理はしないが、リアの作る飯は絶品だ。
 今日はいったいどのようなものを作ったのだろう?

「わ~美味しそう!
 これは何て言う料理なの、リア?」
「東方地域で親しまれる鍋料理、おでんという。
 ダシの利いた汁に具材を投入し煮込む――
 シンプルだけど奥が深い料理。
 好みによってこっちの辛子や柚子胡椒を加えて食べてほしい」
「ホクホクで本当に美味しそうですわね。
 これにガリウス様が用意して下さったうなぎパイもあるんですもの。
 最強の組み合わせです」
「ほら、お喋りは後にして冷めない内にさっそく頂こう。
 明日からは、いよいよ迷宮都市に入るが――
 今日はしっかり休めたか?」
「うん、勿論!」
「いい気分転換になった」
「充分リフレッシュ出来ましたわ」
「ならば重畳。
 じゃあ明日からの探索の成功を祈って――乾杯!」

「「「かんぱ~い」」」

 音頭を取った俺の掛け声に合わせ、酒の入ったグラスを掲げる三人。
 中に入っている上質の葡萄酒の味を心ゆくまで堪能しながら、俺はリアが取り分けてくれたおでんを食べる事に取り掛かる。
 明日、俺達は迷宮都市と呼ばれる地へ足を踏み入れる。
 そこでどのような冒険が待ち受けているのだろう?
 先の見えない不安を覆い隠すように――
 皆は一時の宴に身を投じるのだった。












 ……貞操の危機をマジで感じ、倫理の狭間で苦悩する俺を除いて(涙)



 
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