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おっさん、唱和される

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「脅威度測定不可――
 最初から全力でいくよ!」
「ん。承知した」
「了解ですわ!」

 13魔将と名乗ったパンドゥールを前にボク達は距離を保ち陣形を組む。
 前衛は勿論、勇者であるボク。
 中衛は回復と防御の法術に秀でた聖女フィーナ。
 後衛は戦闘の要である攻撃魔術のエキスパートである賢者ミザリアだ。
 以前ならここに遊撃として動いてくれるおっさんがいた。
 器用貧乏を自嘲するおっさんだったけど……適切で的確なサポートとフォローには幾度も助けられていた。
 彼を失って初めて分かるパーティの不協和因子。
 けれど――ないものねだりをしてても仕方ない。
 おっさんの未来の為――今は自らに為せることを為すんだ。
 瞬く間に戦闘態勢に入ったボク達をパンドゥールは面白そうに眺めている。
 それは余裕というより完全上位者が箱庭の生き物を眺めるかの様なゆとり。
 くそ、なめやがって――
 血気盛んに速攻を掛けようとするボクを二人が諫める。

「焦りは禁物ですわ、シア」
「そう、フィーの言う通り。
 奴が仕えるといった魔神は遥かなるいにしえの時代に神々と争った存在。
 おそらく各所に封印されている一柱がここに眠っていた。
 魔将クラスならいざ知らず、魔神……しかもその皇が復活すれば比喩でなく世界が滅ぶ。何としてもここで潰す」

 奴の動向を窺いながら二人は補助呪文や強化の祝祷を唱える。
 全身体能力向上【フルポテンシャル】
 対魔力障壁展開【マジックシールド】
 主神の護り手【ガーディアン】
 主神の癒し手【リジェネレイター】
 およそ短時間で展開可能な秘儀が矢継ぎ早に唱えられボク達をブーストする。
 これならば……きっと!
 しかしパンドゥールは全ての準備が終わるのを見届けるや、嫌らしい嘲笑を浮かべ舞台俳優のように大仰に両手を広げる。

「さあ、ご準備は終わりですかな?
 これより始まりますは華麗なる乙女たちの殺戮ショー……
 観客がいないのはまことに残念ですが、どうぞ最後までご覧あれ!」

 指揮者の様に手を振るうパンドゥール。
 そしてボク達は驚愕する。
 地面を割ってボク達へ襲い掛かる無数の影。
 その正体とは――

「これは殲滅した筈の魔狼!」
「巨人族の姿もありますわ!」
「まさか奴は高位のネクロマンサー!?」

 襲撃者の正体はここ一月の間で討伐した者達だった。
 恨めし気に開いた瞳孔で無音のまま襲い掛かってくる。
 とはいえ、奇襲に多少は驚くも戦い慣れたボク達にとってはいかほどでもない。
 返す刀で斬り伏せリアの呪文が炸裂する。
 何より――アンデットなら、奴等の天敵ともいえるフィーがいる!

「お願い、フィー!」
「お任せください――主神の輝き手【セイント】よ!」

 神の威光を顕現させるフィーの退魔の祝祷。
 この光の前にはいかなる不死者もその呪いを打ち砕かれ土へと還る。
 ――はずなのに。

「どうして!?」
「何故効かないんですの!?」
「動揺するのは後。手を休めない!」

 フィーの祝祷に安寧を得るどころか奴等はますます凶暴さを増して襲い来る。
 しかし疑う余地すらなく死体であることは間違いない。
 死者は厄介だ。
 何せ元から死んでるだけに傷ついても死なない。
 精神活動もないのでひるまないし揺るがない。
 ただ生者を憎み貪欲に襲い掛かってくる。
 退魔の祝祷が効かないとなると、殲滅戦に移行するしかない。
 こいつらの腕一本すら許さず打ち砕く。
 それこそが死者を動かなくする為に必要な所業。
 なので襲撃を懸命に躱し、斬り突け、魔力の許す限り魔法剣を扱い対処する。
 それは二人も一緒だ。
 己が力の限りを尽くし死者を再殺する。
 悪夢の様に長い時を経て――
 ボク達はどうにかアンデット達を完全に破壊した。

「これはこれは……
 まさか私の手駒を倒すとは、ね。
 正直、感嘆せざるを得ません。お見事です」
「あとはお前だけだ……」
「本当に?
 本当にそう思うのですか、勇者殿?」
「え……?」
「おいでなさい、お前達」

 パチン、と指を鳴らすパンドゥール。
 そしてボク達は絶望する。
 荒い息を吐くボク達を囲むように地面から湧き出る新しい死者。
 おっさんに斃された筈のペイルライダー。
 確実に潰した筈の邪教信者や山賊。
 ボクが手に掛けたワイバーンやフィーが祓ったという悪魔すらいる。

「ど、どうして……」
「おやおや……まだ理解できないのですか?」
「どういうことです……の?」
「貴女らは身を以て理解はしていた筈だ。
 ここ最近世間を騒がせる数多の厄災を。
 それらは全て私の手によるものなのですよ――」
「まさか……あたし達がやっていたのは……」
「さすがは賢者殿、敏いですな。
 そう――この地方を舞台とした生贄の儀式。
 こいつらが死を撒き散らす度、我が主が復活する糧となる。
 殺し合う度に純化していく死の螺旋。
 これはね、蟲毒という名の呪術なのですよ。
 さあ仕上げの時間だ。
 強大に育て上がった貴女達――蟲毒の主を捧げれば儀式は完了です」

 悦に浸る奴の話を最後まで聞くまでもない。
 ボク達は咄嗟に動こうとして――指一つ身動きを取れない事に気付く。

「これは――」
「まさか――」
「そうか、奴はネクロマンサーではない。
 奴の正体は――」
「ご名答。
 私は傀儡師【マリオネットマスター】
 不可視の魔力糸【死技】に掛かれば死と戯れる事すら可能とする。
 私が黙って貴女達を見ていたと思いますか?
 貴女達が儚くも華麗に戦う裏で少しずつ少しずつ糸を絡めてたのですよ。
 高レベルの技量を誇る貴女達――
 とはいえこうなれば、最早木偶人形でございますな。
 さあ、戯言はこれほどにしてフィナーレと参りましょう」

 哄笑を上げるパンドゥールの指揮の下、ペイルライダーが近付いてくる。
 手にした大鎌を振り上げるペイルライダー。
 きっとアレでボク達の首を刎ねようとするのだろう。
 動けないボク達に抗う術はない。
 悔しい……こんなところで終わるなんて。
 冒険者になった以上、死は平等に訪れる。
 いつかこんな日が来る事は覚悟していた。
 しかし心残りなのは――彼の事。
 もう会えないおっさんの顔が頭に浮かぶ。
 会いたい……逢って抱き締めてほしい。
 そんな資格はないのに――唯一自由になる口で呟いてしまう。

「……すけて」
「はい? なんですと?」
「――助けてよ、おっさん!!」
「馬鹿な事を仰る。
 こんな山奥に助けなど、来る筈は――」
「おう、任せろ」

 いつも聞き慣れた安請け合いの返答。
 次の瞬間――ボク達の前に立つペイルライダーが一刀両断される。
 最初は幻聴かと思った。
 次に幻覚かと疑った。
 最後に彼を求めた自分が作り出した都合の良い妄想なのかと。
 しかし――彼はそこにいた。
 ボサボサの黒髪に無精ひげ。
 紫水晶のような瞳を鋭くしてパンドゥールを睨みながらボク達の前に。
 まるで幼子を守る父のごとく、堅牢に立ちはだかる。
 だから思いの丈を込めて――ボク達は叫ぶ。

「「「ガリウス!!!」」」

「遅くなってすまなかったな。
 もう安心していいぞ、お前ら」

 気負いや気兼ねなど一切ない気安い返事で――
 彼、ガリウス・ノーザンはボク達へと微笑むのだった。



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