18 / 91
おっさん、声を掛ける
しおりを挟む「――冷たい、雨……」
曇天の空から舞い落ちる無数の雫。
ついに降り出したそれは路地裏に転がる私のからだを徐々に濡らしていく。
冬も間近に迫ったこの時期の雨は容赦なく体温を奪う。
本来なら早々とアジトである穴倉に戻らなければならない。
しかし盗みに失敗して暴行を受け、火照ったからだには――その無慈悲な冷たさが少しだけ気持ちいい。
動く気力さえ無くなった後なら尚更だ。
眼を閉ざし考える事を放棄したくなる。
ただ――徐々に迫る死神の足音だけは分かっていた。
何もしなければそいつは確実に私の下へとやって来るだろう。
「このまま……死んじゃうのかな……」
誰にも見つからず――
誰も――見返せずに。
孤児は弱い。
保護者という後ろ盾のない私達は社会という構造において最下層の存在だ。
私の死すら、世界という歯車に何も損失を与えず記録にも残らない。
雑多に処理されるその他大勢。
私はそれが悔しかった。
「――おい、生きてるか?」
そんな私に投げ掛けられた声。
私は腫れた瞼を苦心しながら開ける。
そこには――男がいた。
黒髪に紫の双眸を持つ精悍な無精髭の中年。
ゴミ以下の存在である私に対し、心配そうな顔をしている。
まったく勿体ないな――
伸びているその髭を手入れして身なりを整えれば、少しはカッコいいのに。
そんな事を思いながら眼を閉ざした私の意識は深く沈んでいく。
ああ、これは駄目なヤツだ。
これに身を任せたら次はない。
「――生きたいか?」
だから――その声は幻聴だと思った。
自分にとってあまりにも都合の良い妄想。
でも大きく無骨で……それでいて温かい手が私の手を握ってくれた瞬間、それが嘘じゃないと実感する。
こんな私の手を取ってくれた人がいる。
孤児と蔑むことなく対等な人間として見てくれている。
裏切られてもいい。
私は――私に出来る精一杯の想いを乗せ返事を口にする。
「たす……けて」
男は驚いたように眼を見開くと――
何故か嬉しそうに破顔した。
「よし――分かった。
ちゃんと助けを口にできたな、偉いぞ。
願いはきちんと聞いたから。
――おい、約束だろう?
この娘に回復法術を掛けてくれ」
「……あんたも物好きだね。
そんな孤児はこの王都にはいっぱいいるよ。
あんたはその全てを救う気かい?」
「うるせえな――
俺だって聖者のような善人じゃない。
かといって目の前で救える命があるのに放っておけるか」
「――やらない善より、やる偽善。
まったくあんたはトンだお人好しだよ。
しょうがないねえ……
あんたには借りがある事だし、一肌脱いでやるか」
「毎回がめつい金をせびりやがって」
「お布施、もしくは喜捨とお言い。
どれ――診せてみな」
男の声に応じたのは立派な法衣を来た老婆だった。
皺に埋もれても気品のある顔立ちで、若い時はさぞ美人だったと思わせる。
老婆は手を握ってくれている男の隣に座ると私の額に指を添える。
そこから溢れ出すのは身体を優しく包む金色の光。
聖なる光とでもいうべきそれは私の身体を瞬く間に癒していく。
だが次の瞬間――
爆発的な燐光を上げ弾けた私の意識は、どこまでも拡張していく。
上へ空へ天へ。
どこまでもどこまでも。
そして――そこにいる大いなる存在を知った。
矮小な私という存在を受け止め、そこに至ったことを褒めてくれた。
父のように母のように兄のように姉のように。
慈しむべきものとして――愛でてくれた。
「今のは……」
気怠い余韻と共に身を起こした私を――老婆は驚いたように見つめてくる。
「あれだけのことで御許に直結した……だって?
この娘の潜在的な素質は凄まじいの一言に尽きるね。
決めたよ、ガリウス。
わたしゃこの娘を引き取る。
何としても――わたしの後継者に鍛えてみせるさ」
宝物を見つけたかのように微笑みながら頭を撫でてくれる老婆。
孫の様に接してくれ、後に大司教と判明する彼女とのこれが出会いだった。
そして何より――
「事情はよく分からないが……
良かったな、これでどうにかなりそうだぞ」
私の行く末を我が事のように喜ぶガリウスと呼ばれた男。
それが何よりも嬉しく、泣きそうになる。
今にして思えば――
この時をもって私は、今のわたくしへとなったのだろう。
動き出した運命の導きを感じながら。
ガリウス様は否定されるけど……
フィーナ・ヴァレンシュアはいつもそう思うのだった。
26
お気に入りに追加
108
あなたにおすすめの小説
転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
スキルポイントが無限で全振りしても余るため、他に使ってみます
銀狐
ファンタジー
病気で17歳という若さで亡くなってしまった橘 勇輝。
死んだ際に3つの能力を手に入れ、別の世界に行けることになった。
そこで手に入れた能力でスキルポイントを無限にできる。
そのため、いろいろなスキルをカンストさせてみようと思いました。
※10万文字が超えそうなので、長編にしました。
異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい
増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。
目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた
3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ
いくらなんでもこれはおかしいだろ!
憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
スキルが農業と豊穣だったので追放されました~辺境伯令嬢はおひとり様を満喫しています~
白雪の雫
ファンタジー
「アールマティ、当主の名において穀潰しのお前を追放する!」
マッスル王国のストロング辺境伯家は【軍神】【武神】【戦神】【剣聖】【剣豪】といった戦闘に関するスキルを神より授かるからなのか、代々優れた軍人・武人を輩出してきた家柄だ。
そんな家に産まれたからなのか、ストロング家の者は【力こそ正義】と言わんばかりに見事なまでに脳筋思考の持ち主だった。
だが、この世には例外というものがある。
ストロング家の次女であるアールマティだ。
実はアールマティ、日本人として生きていた前世の記憶を持っているのだが、その事を話せば病院に送られてしまうという恐怖があるからなのか誰にも打ち明けていない。
そんなアールマティが授かったスキルは【農業】と【豊穣】
戦いに役に立たないスキルという事で、アールマティは父からストロング家追放を宣告されたのだ。
「仰せのままに」
父の言葉に頭を下げた後、屋敷を出て行こうとしているアールマティを母と兄弟姉妹、そして家令と使用人達までもが嘲笑いながら罵っている。
「食糧と食料って人間の生命活動に置いて一番大事なことなのに・・・」
脳筋に何を言っても無駄だと子供の頃から悟っていたアールマティは他国へと亡命する。
アールマティが森の奥でおひとり様を満喫している頃
ストロング領は大飢饉となっていた。
農業系のゲームをやっていた時に思い付いた話です。
主人公のスキルはゲームがベースになっているので、作物が実るのに時間を要しないし、追放された後は現代的な暮らしをしているという実にご都合主義です。
短い話という理由で色々深く考えた話ではないからツッコミどころ満載です。
異世界転生はうっかり神様のせい⁈
りょく
ファンタジー
引きこもりニート。享年30。
趣味は漫画とゲーム。
なにかと不幸体質。
スイーツ大好き。
なオタク女。
実は予定よりの早死は神様の所為であるようで…
そんな訳あり人生を歩んだ人間の先は
異世界⁈
魔法、魔物、妖精もふもふ何でもありな世界
中々なお家の次女に生まれたようです。
家族に愛され、見守られながら
エアリア、異世界人生楽しみます‼︎
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
生活魔法しか使えない少年、浄化(クリーン)を極めて無双します(仮)(習作3)
田中寿郎
ファンタジー
壁しか見えない街(城郭都市)の中は嫌いだ。孤児院でイジメに遭い、無実の罪を着せられた幼い少年は、街を抜け出し、一人森の中で生きる事を選んだ。武器は生活魔法の浄化(クリーン)と乾燥(ドライ)。浄化と乾燥だけでも極めれば結構役に立ちますよ?
コメントはたまに気まぐれに返す事がありますが、全レスは致しません。悪しからずご了承願います。
(あと、敬語が使えない呪いに掛かっているので言葉遣いに粗いところがあってもご容赦をw)
台本風(セリフの前に名前が入る)です、これに関しては助言は無用です、そういうスタイルだと思ってあきらめてください。
読みにくい、面白くないという方は、フォローを外してそっ閉じをお願いします。
(カクヨムにも投稿しております)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる