107 / 110
九章 三年目なつの月
105 なつの月14日、告白の練習②
しおりを挟む
「ンゲェ」
イーヴィンの声を代弁するように、首を絞められたカワダサンが憐れな声を漏らす。
どうやら、脱走癖のあるカワダサンは今日も楽しく勝手にお散歩していたようだ。
恥ずかしさのあまり、八つ当たりしたい気分である。
その手に抱かれたフカフカの毛玉ならぬ羽玉に、イーヴィンは「今夜は鳥の丸焼きにしてやろうか」と不穏な呟きを漏らす。
カワダサンは、シルキーの腕に抱かれてギュムギュムと絞め殺されそうになっていた。
シルキーといえば、イーヴィンの突然の告白に目を見開き、ピシリと硬直している。
「し、シルキー。あの、カワダサンが死んじゃいそうだから、とりあえず、放してあげて?」
まるで立てこもり犯を説得する刑事のような気分で、イーヴィンは慎重に声をかけた。
彼女の声に、シルキーは慌てて力を緩める。
拘束が緩まったのを見逃さず、カワダサンは死に物狂いで羽をバタつかせてニゴウの背へ逃げた。
「あの……今の、聞いちゃった?」
慎重に、イーヴィンは尋ねた。
首を横に振ってくれと、全力で願う。
シルキーは真顔だった。
綺麗な顔に表情がないと、こんなにも冷ややかに見えることを、イーヴィンは初めて知る。
シルキーは首を振らない。
縦にも横にも、どこにも振らず、イーヴィンだけを見つめていた。
一体なんなんだと身構える彼女の前で、シルキーは腕を広げて止まる。
(なになになになに、なんなの⁈)
腕を広げてちょっと怒ったように見つめてくるシルキーに、イーヴィンは戸惑うばかりだ。
まさか、ニゴウにしていたように抱きついて告白してもらうのを待っているとは、露ほども思わない。
ましてや、練習とはいえ、ウマに先を越されて少し怒っていると思い至るわけがなかった。
待つこと数秒。
見つめ合うだけの膠着状態に痺れを切らしたシルキーは、するりと距離を縮めてイーヴィンを抱き寄せた。
そうしてみると、シルキーは男性としては標準的な身長なのだと分かる。雰囲気や線の細さに騙されそうだが、彼はたおやかに見えても男性だった。
ぎゅっと潰さないように大切に抱きしめられたイーヴィンは、わけがわからず、ただただシルキーの腕の中で戸惑うばかり。
清涼感のあるハーブのような体臭に、いい匂いなんて現実逃避し始める彼女は、混乱していた。
(どどどどどうなってますのん⁈)
内なるイーヴィンの語尾がおかしい。
告白の練習を、告白相手に目撃されて、あまつさえ無言で抱きしめられているのだ。恥ずかしさと嬉しさで、おかしくなっても仕方がないだろう。
少し屈んだシルキーが、イーヴィンのおでこにちゅ、と唇を押し当てた。
驚いて目を丸くする彼女へ、安心してほしいと穏やかに笑いかける。
毎夜贈られるおやすみのキスと同じキスは、混乱の最中にある彼女の思考を少しずつ落ち着かせてくれた。
そうして冷静になったイーヴィンは、シルキーを見上げた。
互いの視線が絡んで、空気が甘くなっていくのが分かる。
(まるでジャムを煮るみたいに空気を煮詰めているみたい。このまま煮詰めたら、もっと甘くなるの?)
イーヴィンは落ち着かない気持ちになって、思わず逃げたくなった。
なんだか無性に長話をしたくなるのは、恥ずかしいせいだ。なんとかこの甘い雰囲気を霧散させたくて、仕方がない。
この空気を味わえるほど、彼女は恋に慣れていなかった。
それでも、今この瞬間をぶち壊すか否かは、人生の岐路と言って等しいだろう。
ゲームに例えるなら、イーヴィンの前には今、告白するか否かの選択肢が出ている。
(否かなんて、選ぶわけがない)
甘い雰囲気に耐えながら、イーヴィンはコクリと小さく喉を鳴らした。
その様子を、シルキーは何一つ見逃さないとばかりに見つめている。
(きっと、大丈夫)
そして、彼女は言った。
「シルキー。あなたが、好きです。私と、結婚してくれる?」
出てきたのは、シンプルな言葉。
だけど、シルキーにはそれで十分すぎるほどだった。
目に涙を浮かべて、コクコクと頷く。
それから嬉しそうに笑って、イーヴィンを抱き上げてクルクル回った。
動物小屋の中で、動物に囲まれながらプロポーズだなんて、ロマンチックのかけらもない。
だけど、これで良いのだ。
だって、イーヴィンは牧場主。動物たちは見届け役に相応しい。
イーヴィンの声を代弁するように、首を絞められたカワダサンが憐れな声を漏らす。
どうやら、脱走癖のあるカワダサンは今日も楽しく勝手にお散歩していたようだ。
恥ずかしさのあまり、八つ当たりしたい気分である。
その手に抱かれたフカフカの毛玉ならぬ羽玉に、イーヴィンは「今夜は鳥の丸焼きにしてやろうか」と不穏な呟きを漏らす。
カワダサンは、シルキーの腕に抱かれてギュムギュムと絞め殺されそうになっていた。
シルキーといえば、イーヴィンの突然の告白に目を見開き、ピシリと硬直している。
「し、シルキー。あの、カワダサンが死んじゃいそうだから、とりあえず、放してあげて?」
まるで立てこもり犯を説得する刑事のような気分で、イーヴィンは慎重に声をかけた。
彼女の声に、シルキーは慌てて力を緩める。
拘束が緩まったのを見逃さず、カワダサンは死に物狂いで羽をバタつかせてニゴウの背へ逃げた。
「あの……今の、聞いちゃった?」
慎重に、イーヴィンは尋ねた。
首を横に振ってくれと、全力で願う。
シルキーは真顔だった。
綺麗な顔に表情がないと、こんなにも冷ややかに見えることを、イーヴィンは初めて知る。
シルキーは首を振らない。
縦にも横にも、どこにも振らず、イーヴィンだけを見つめていた。
一体なんなんだと身構える彼女の前で、シルキーは腕を広げて止まる。
(なになになになに、なんなの⁈)
腕を広げてちょっと怒ったように見つめてくるシルキーに、イーヴィンは戸惑うばかりだ。
まさか、ニゴウにしていたように抱きついて告白してもらうのを待っているとは、露ほども思わない。
ましてや、練習とはいえ、ウマに先を越されて少し怒っていると思い至るわけがなかった。
待つこと数秒。
見つめ合うだけの膠着状態に痺れを切らしたシルキーは、するりと距離を縮めてイーヴィンを抱き寄せた。
そうしてみると、シルキーは男性としては標準的な身長なのだと分かる。雰囲気や線の細さに騙されそうだが、彼はたおやかに見えても男性だった。
ぎゅっと潰さないように大切に抱きしめられたイーヴィンは、わけがわからず、ただただシルキーの腕の中で戸惑うばかり。
清涼感のあるハーブのような体臭に、いい匂いなんて現実逃避し始める彼女は、混乱していた。
(どどどどどうなってますのん⁈)
内なるイーヴィンの語尾がおかしい。
告白の練習を、告白相手に目撃されて、あまつさえ無言で抱きしめられているのだ。恥ずかしさと嬉しさで、おかしくなっても仕方がないだろう。
少し屈んだシルキーが、イーヴィンのおでこにちゅ、と唇を押し当てた。
驚いて目を丸くする彼女へ、安心してほしいと穏やかに笑いかける。
毎夜贈られるおやすみのキスと同じキスは、混乱の最中にある彼女の思考を少しずつ落ち着かせてくれた。
そうして冷静になったイーヴィンは、シルキーを見上げた。
互いの視線が絡んで、空気が甘くなっていくのが分かる。
(まるでジャムを煮るみたいに空気を煮詰めているみたい。このまま煮詰めたら、もっと甘くなるの?)
イーヴィンは落ち着かない気持ちになって、思わず逃げたくなった。
なんだか無性に長話をしたくなるのは、恥ずかしいせいだ。なんとかこの甘い雰囲気を霧散させたくて、仕方がない。
この空気を味わえるほど、彼女は恋に慣れていなかった。
それでも、今この瞬間をぶち壊すか否かは、人生の岐路と言って等しいだろう。
ゲームに例えるなら、イーヴィンの前には今、告白するか否かの選択肢が出ている。
(否かなんて、選ぶわけがない)
甘い雰囲気に耐えながら、イーヴィンはコクリと小さく喉を鳴らした。
その様子を、シルキーは何一つ見逃さないとばかりに見つめている。
(きっと、大丈夫)
そして、彼女は言った。
「シルキー。あなたが、好きです。私と、結婚してくれる?」
出てきたのは、シンプルな言葉。
だけど、シルキーにはそれで十分すぎるほどだった。
目に涙を浮かべて、コクコクと頷く。
それから嬉しそうに笑って、イーヴィンを抱き上げてクルクル回った。
動物小屋の中で、動物に囲まれながらプロポーズだなんて、ロマンチックのかけらもない。
だけど、これで良いのだ。
だって、イーヴィンは牧場主。動物たちは見届け役に相応しい。
0
お気に入りに追加
976
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢に転生かと思ったら違ったので定食屋開いたら第一王子が常連に名乗りを上げてきた
咲桜りおな
恋愛
サズレア王国第二王子のクリス殿下から婚約解消をされたアリエッタ・ネリネは、前世の記憶持ちの侯爵令嬢。王子の婚約者で侯爵令嬢……という自身の状況からここが乙女ゲームか小説の中で、悪役令嬢に転生したのかと思ったけど、どうやらヒロインも見当たらないし違ったみたい。
好きでも嫌いでも無かった第二王子との婚約も破棄されて、面倒な王子妃にならなくて済んだと喜ぶアリエッタ。我が侯爵家もお姉様が婿養子を貰って継ぐ事は決まっている。本来なら新たに婚約者を用意されてしまうところだが、傷心の振り(?)をしたら暫くは自由にして良いと許可を貰っちゃった。
それならと侯爵家の事業の手伝いと称して前世で好きだった料理をしたくて、王都で小さな定食屋をオープンしてみたら何故か初日から第一王子が来客? お店も大繁盛で、いつの間にか元婚約者だった第二王子まで来る様になっちゃった。まさかの王家御用達のお店になりそうで、ちょっと困ってます。
◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆
※料理に関しては家庭料理を作るのが好きな素人ですので、厳しい突っ込みはご遠慮いただけると助かります。
そしてイチャラブが甘いです。砂糖吐くというより、砂糖垂れ流しです(笑)
本編は完結しています。時々、番外編を追加更新あり。
「小説家になろう」でも公開しています。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】イヴは悪役に向いてない
ちかこ
BL
「いい加減解放してあげて下さい!」
頬を叩かれた瞬間に、自分のこと、ここが以前に遊んだことのあるBLゲームの世界だと気が付いた。
次の瞬間には大勢の前で婚約破棄を言い渡され、棄てられると知っている。どうにか出来るタイミングではなかった。
この国を守っていたのは自分なのに、という思いも、誰も助けてくれない惨めさもあった。
けれど、婚約破棄や周囲の視線なんてどうでもいいんです、誰かに愛されることが出来るなら。
※執着×溺愛×家族に愛されなかった受
※攻同士でのキス有
※R18部分には*がつきます
※登場人物が多いため表を作りましたが読む必要は特にないです。ネタバレにならないよう人物追加時にメモ程度に追記します
第11回BL小説大賞奨励賞頂きました、投票閲覧ご感想ありがとうございました!
乱交パーティー出禁の男
眠りん
BL
伊吹は大学生であり、ゲイ専用ラブホテル「ラブピーチ」の経営をしている。
ホテルでは緊縛ショー等のイベントを催しているが、中でも伊吹が力を入れているのは乱交パーティーだ。
参加する者には絶対遵守のルールがあり、何人たりともそのルールから反する事は許されない。
一つ目、ゴムを着ける事。
二つ目、無理矢理しない事。
三つ目、乱パの内容をネットに書き込み禁止。
四つ目、主催者である伊吹にプライベートで話しかけない事(止むを得ない事情の場合以外)
このルールを犯した者は出禁となり、厳しい罰を受けなければならない。
今まで誰一人この罰を受ける者はいなかったのだが、運営を始めてから二年、初めてこのルールを犯す者が現れた。
乱交パーティーに初参加した翠だ。
伊吹はSMショーで罰を与えた。初心者にとって厳しいプレイをするも、翠はまたルールを犯す。
二度目のSMショーでは、もう近寄る気も起こさせないつもりで罰を与えたが、翠は予想以上に痛みに耐えてみせた。
それなら定期的にSMショーを開催し、収益を得た方が良いだろうと考えた伊吹は、翠をキャストにする事に。
伊吹の幼馴染みの瑞希もキャストに巻き込み、三者とも良好な関係を築いていたつもりだったが──。
伊吹と瑞希が危険な状況に陥った時、翠が瑞希を先に助けた事から三人の関係は変わっていく。
健気攻めの翠×ドMリバの伊吹×ドS受け瑞希。
恋愛初心者達の三角関係ラブストーリー。
※題名で乱交パーティーと言いつつ、内容はSMものです。
※一部、人によって不快に思うシーンがあります。
※不定期投稿です。
表紙:右京 梓様
悪役令息に転生したから断罪ルート回避しようとした結果、王太子殿下を溺愛してる
琥月ルル
BL
【完結】俺は、前世で姉がプレイしていた十八禁乙女ゲームに登場する当て馬役の公爵令息・ウィリアムに転生した。ゲームでは、攻略対象の王太子・エドワードとヒロイン・セシリアの恋路を邪魔する悪役として断罪され、ウィリアムは悲惨な結末を迎える。ところが、断罪ルートを回避するためにゲームとは違う行動を重ねるうちに、エドワードに惹かれていく自分に気付く。それに、なんとエドワードも俺を特別な存在だと思ってくれているようで…!?そんな期待に胸を高鳴らせていた俺だったが、ヒロイン・セシリアの乱入で俺たちの恋は予期せぬ大波乱の予感!?
黒髪垂れ目・ゆるふわ系のフェロモンあふれる無自覚スパダリな超絶美形の悪役令息(?)と、金髪碧眼・全てが完璧だけど裏で死ぬほど努力してる美人系の王子様(攻略対象)が織りなす、切なくも甘く幸せな恋の物語。
※主人公が攻めです。王子様(受け)を溺愛します。攻めも受けもお互いに一途。糖度高め。
※えろは後半に集中してます。キスやえっちなど、いちゃいちゃメインの話にはタイトルの後に♡がつきます。
最愛の推しを殺すモブに転生したので、全力で救いたい!
*
BL
後ろも前も清らかな42歳が転生したのは、RPGゲームで非難囂々の、エルフを絶滅させ、最愛の推しを殺す、世界一むかつくモブでした。
僕が最愛を殺すとか、ありえないので!!
全力で阻止するために、がんばります!
R18のお話には*をつけています。
お話の本編は完結しています。
おまけのお話を、時々更新しています。
たとえ破滅するとしても婚約者殿とだけは離れたくない。だから、遅れてきた悪役令嬢、あんたは黙っててくれないか?
桜枕
ファンタジー
【あなたは下半身のだらしなさにより、その身を破滅させるのです】
謎の電子音によって前世の記憶を取り戻した俺は、一度もプレイしたことがない乙女ゲームの世界に転生していた。
しかも、俺が転生しているのはゲーム内で顔も名前も出てこないモブ男。婚約者が居るにもかかわらず、他の令嬢に手を出してヒロインから婚約破棄されるキャラクターだったのだ。
破滅したくない一心で幼少期から煩悩を消しながら、婚約者殿と交流していた俺はいつしか彼女に惹かれて始めていた。
ある日の観劇デートで俺達の距離は一気に縮まることになる。
そして、迎えた学園入学。
ゲーム内のイケメン攻略対象キャラや悪役令嬢が次々と現れたにも関わらず、何も知らずに普通に交流を持ってしまった。
婚約者殿との仲を深めつつ、他のキャラクターとの友情を育んでいた矢先、悪役令嬢の様子がおかしくなって……。
後輩の攻略対象キャラも迎え、本格的に乙女ゲーム本編が始まったわけだが、とにかく俺の婚約者殿が可愛すぎる。
「やめて! 破滅しちゃう! え、隠しキャラ? なにそれ、聞いてない」
これは、俺が破滅の未来ではなく、愛する婚約者殿との未来を掴むために奮闘する物語である。
※カクヨム、小説家になろうでも併載しています。
本物のシンデレラは王子様に嫌われる
幸姫
BL
自分の顔と性格が嫌いな春谷一埜は車に轢かれて死んでしまう。そして一埜が姉に勧められてついハマってしまったBLゲームの悪役アレス・ディスタニアに転生してしまう。アレスは自分の太っている体にコンプレックを抱き、好きな人に告白が出来ない事を拗らせ、ヒロインを虐めていた。
「・・・なら痩せればいいんじゃね?」と春谷はアレスの人生をより楽しくさせる【幸せ生活・性格計画】をたてる。
主人公がとてもツンツンツンデレしています。
ハッピーエンドです。
第11回BL小説大賞にエントリーしています。
_______
本当に性格が悪いのはどっちなんでしょう。
_________
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる