89 / 94
七章
89 エディの矢
しおりを挟む
ヴィリニュスの屋敷の最上階、屋根裏部屋と思しき場所にある丸い窓から、ミハウの顔がヒョコリと覗く。
その顔はどこか必死で、どうやら力一杯窓を叩いているようだ。
ロキースが耳を澄ませると、ミハウの声が微かに聞こえる。それから、こんな時でも冷静なエグレの声も。
『鍵、取り戻したんでしょ! 僕が壊すから、ここまで持ってきて!』
『魔笛はルタ様がお持ちのようです。屋敷を通ってここへ来るのは少々危ういかと。お嬢様なら、得意の弓技でここまで飛ばせるのでは?』
ロキースはなるほど、と頷いた。
確かに、エディほどの腕前であれば、彼らがいるところまで鍵を飛ばせるだろう。
だが、とロキースは思う。
フーフーと猫のように威嚇しながら声を荒らげる彼女が、果たして彼らに気付いているのか。それが問題である。
「エディ」
エディに気付いてもらいたくて、ロキースは名前を呼ぶ。
彼女は父親から目を離さないまま、「なに?」と短く答えた。
「俺が、好きか?」
「うん……って、はいぃ?」
まさかこんな場面でロキースがそんなことを聞いてくるとは思ってもみなかったエディは、素直に頷いてからギョッとした顔で彼を見上げた。
「うん。俺も」
ロキースは、それはもう清々しい笑みをエディに向けると、彼女を見つめたまま、彼女にだけ聞こえる声で囁いた。
体を屈めて顔を近づけた二人は、傍目から見ればキスをしているようにも見えたかもしれない。
丸窓から「はぁぁぁ?」とミハウの怒りの声が聞こえたが、ロキースは無視を決め込んだ。
「屋敷の最上階にある丸窓。あそこでミハウが鍵を壊すから寄越せと言っている。エグレが、きみならここまで飛ばせるはずだと言っているが……出来そうか?」
「丸窓?」
エディがチラリと上階を見上げると、ミハウと目が合った。
ギリギリと歯軋りしているような不穏な視線は、遠く離れたここまでしっかりと届く。
待っていましたというように、丸窓が開かれる。
あそこへ、矢を放てというのだろう。
エディの技術でも、届くか届かないかといった距離。
「屋敷に入って届けた方が確実なんじゃ……」
「屋敷の中には、魔笛を持ったルタがいるそうだ」
「うわ、面倒な……」
出来ることなら二度と会いたくない相手が、持っていて欲しくない物を持って待ち構えているなんて。最悪としか言いようがない。
コソコソと話し合う二人に、チャンスだと思ったエディの父が威勢良く突っ込んでくるのが見えた。
ロキースはエディから離れると、突っ込んできた父をどっせいと持ち上げた。
「あぁぁぁぁ! は、離せぇぇ!」
なんとも情けない父の声を聞きながら、エディは背負っていた弓矢を取り出した。
矢筒から矢を取り出し、予備に持っていた弦で鍵を縛り付ける。
「おい、お前! 一体何をしている!」
離れたところで傍観していたマルゴーリスが、ここでようやくエディがしようとしていることに気がついた。
だが、もう遅い。
あっという間に弓に矢をつがえたエディは、真っ直ぐ丸窓を見据えている。
いち、に、さん、よん……狙いを定めて、矢を放つ。
エディの放った矢は、まっすぐ天に向かって飛んでいく。
いけるところまで上がっていって、それから緩やかに弧を描いて落ちて──丸窓の中へ吸い込まれるように入っていった。
その顔はどこか必死で、どうやら力一杯窓を叩いているようだ。
ロキースが耳を澄ませると、ミハウの声が微かに聞こえる。それから、こんな時でも冷静なエグレの声も。
『鍵、取り戻したんでしょ! 僕が壊すから、ここまで持ってきて!』
『魔笛はルタ様がお持ちのようです。屋敷を通ってここへ来るのは少々危ういかと。お嬢様なら、得意の弓技でここまで飛ばせるのでは?』
ロキースはなるほど、と頷いた。
確かに、エディほどの腕前であれば、彼らがいるところまで鍵を飛ばせるだろう。
だが、とロキースは思う。
フーフーと猫のように威嚇しながら声を荒らげる彼女が、果たして彼らに気付いているのか。それが問題である。
「エディ」
エディに気付いてもらいたくて、ロキースは名前を呼ぶ。
彼女は父親から目を離さないまま、「なに?」と短く答えた。
「俺が、好きか?」
「うん……って、はいぃ?」
まさかこんな場面でロキースがそんなことを聞いてくるとは思ってもみなかったエディは、素直に頷いてからギョッとした顔で彼を見上げた。
「うん。俺も」
ロキースは、それはもう清々しい笑みをエディに向けると、彼女を見つめたまま、彼女にだけ聞こえる声で囁いた。
体を屈めて顔を近づけた二人は、傍目から見ればキスをしているようにも見えたかもしれない。
丸窓から「はぁぁぁ?」とミハウの怒りの声が聞こえたが、ロキースは無視を決め込んだ。
「屋敷の最上階にある丸窓。あそこでミハウが鍵を壊すから寄越せと言っている。エグレが、きみならここまで飛ばせるはずだと言っているが……出来そうか?」
「丸窓?」
エディがチラリと上階を見上げると、ミハウと目が合った。
ギリギリと歯軋りしているような不穏な視線は、遠く離れたここまでしっかりと届く。
待っていましたというように、丸窓が開かれる。
あそこへ、矢を放てというのだろう。
エディの技術でも、届くか届かないかといった距離。
「屋敷に入って届けた方が確実なんじゃ……」
「屋敷の中には、魔笛を持ったルタがいるそうだ」
「うわ、面倒な……」
出来ることなら二度と会いたくない相手が、持っていて欲しくない物を持って待ち構えているなんて。最悪としか言いようがない。
コソコソと話し合う二人に、チャンスだと思ったエディの父が威勢良く突っ込んでくるのが見えた。
ロキースはエディから離れると、突っ込んできた父をどっせいと持ち上げた。
「あぁぁぁぁ! は、離せぇぇ!」
なんとも情けない父の声を聞きながら、エディは背負っていた弓矢を取り出した。
矢筒から矢を取り出し、予備に持っていた弦で鍵を縛り付ける。
「おい、お前! 一体何をしている!」
離れたところで傍観していたマルゴーリスが、ここでようやくエディがしようとしていることに気がついた。
だが、もう遅い。
あっという間に弓に矢をつがえたエディは、真っ直ぐ丸窓を見据えている。
いち、に、さん、よん……狙いを定めて、矢を放つ。
エディの放った矢は、まっすぐ天に向かって飛んでいく。
いけるところまで上がっていって、それから緩やかに弧を描いて落ちて──丸窓の中へ吸い込まれるように入っていった。
0
お気に入りに追加
332
あなたにおすすめの小説
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる
佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます
「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」
なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。
彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。
私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。
それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。
そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。
ただ。
婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。
切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。
彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。
「どうか、私と結婚してください」
「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」
私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。
彼のことはよく知っている。
彼もまた、私のことをよく知っている。
でも彼は『それ』が私だとは知らない。
まったくの別人に見えているはずなのだから。
なのに、何故私にプロポーズを?
しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。
どういうこと?
============
番外編は思いついたら追加していく予定です。
<レジーナ公式サイト番外編>
「番外編 相変わらずな日常」
レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。
いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。
※転載・複写はお断りいたします。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り
楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。
たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。
婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。
しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。
なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。
せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。
「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」
「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」
かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。
執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?!
見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。
*全16話+番外編の予定です
*あまあです(ざまあはありません)
*2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪
【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから
gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる