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六章

79 帰りたくない

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 懐かしい。

 そう昔のことでもないのに、ロキースはそう思った。

 懐かしいと思うのはきっと、今のロキースとエディの距離が変わったからだろう。

 最初は「お付き合いする前の男女には適正な距離が」なんて言っていたエディも、抱っこしたり唇以外にキスをしたりしても注意しなくなった。

 もっとも、欲望が抑えきれずに指を食んでしまった時は、さすがに逃げ出されたのだけれど。

 ふぅふぅと熱い紅茶に息を吹きかけるエディの唇は、つんと尖って可愛らしい。

 突き出された唇を見ていると、どうしてもキスがしたくてたまらなくなってくる。

 ムラムラする気持ちを鎮めるように、ロキースは紅茶を飲み干した。

 唇にキスをする日がくるのは、もう間もなくだろうか。

 その日が来るのを想像すると、ロキースは嬉しいような寂しいような気持ちになった。

 紅茶を一口二口飲んで、エディは溜め込んでいたものを吐き出すようにフゥとため息を吐いた。

 それからちらりと窓の外を見て、何故か安堵したように唇に笑みを浮かべる。

 なにか見たのだろうかとロキースが同じところを見つめても、そこにあるのは先程よりも藍色が濃くなった夕方の空が見えるだけ。藍色というより、もう紺色に近い。もう夜と言っていい時間帯だ。

 夜の魔の森は、昼間以上に危険になる。

 危険な魔獣は、夜行性が多いからだ。

 魔の森で最強とも言える魔熊が護衛につくから問題はないが、それでも少しは心配になる。

「エディ。そろそろ──」

 帰らないと、という言葉を遮るように、エディが静かに呟いた。

「夜になっちゃったね」

「ああ、じゃあ──」

 送っていく、という言葉を遮るように、エディが言葉を重ねた。

「夜行性の魔獣が出るかもしれない。ねぇ、ロキース。今夜は、ここに泊まっても良い?」

 エディの言葉は、最後の方が震えていた。

 きっと一生懸命、頑張って言ったのだろう。

 男女の距離を気にする彼女の精一杯が、その言葉に詰まっているようだった。

 婚前の男女が一つ屋根の下で夜を過ごすことは、彼女の常識では有り得ないことのはずだ。

 それでも、彼女は恥を忍んでそう言ったのである。

 ロキースは、エディの言葉をしばらく反芻する時間が欲しくて、もう空っぽのティーカップを口につけて飲んだフリをした。

 そろそろお泊りも良いのではないか。

 そう思ったこともある。

 だが、彼女の指を舐めるという前科がある以上、一晩紳士でいる自信など、ロキースにはなかった。
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