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六章
73 夢見る元令嬢
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ルタはまるで、菓子でも強請るように軽く言う。
それがどうしようもなく、エディには腹が立った。
「ちょうだいって……ロキースはものじゃないんだよ?」
エディが目を吊り上げて睨みつけても、ルタはちっとも動じない。
レオポルドのことを語った時のように、つまらなそうな目でエディを見下ろしてくる。
「ふぅん。ロキースっていうの。変な名前ね。でも、いいわ。そんなこと、些末なことだもの。重要なのは、獣人ということだから」
「獣人なら、誰だって良いの?」
「いいわよ。それくらいなら目を瞑れるもの」
「誰だって良いなら、ロキースじゃなくたって良いでしょ」
そうだ。そんなに獣人が好きなら、魔の森へ行って、好きになってもらえば良い。
果たして彼女のような人が、魔獣に恋をして貰えるかあやしいところではあるけれど。
そう思って言った言葉だったが、ルタは違う意味で捉えたらしい。
ルタの目は笑っていないのに、唇がニタァと笑みを浮かべる。
気持ち悪い。
まるで人形のようだとエディは思った。
体を揺らすとまぶたが開閉する人形。小さな頃、夜に見ると泣き叫びたくなるほど苦手だったそれに、今のルタは似ている。
「じゃあ、リディアの相手を狙って良いの? あなたの大事なお友達なのでしょう? 彼女が傷ついても構わないってこと? あぁ、やっぱりあなたも女なのね。自分の相手が取られるくらいなら、他の女が不幸になる方がマシだと。たとえそれが親友の相手だとしても、構わないのだわ」
「そんなこと、僕は一言も言っていない! リディアの相手も、ロキースも駄目に決まっているだろう。それ以外の、魔の森にいる魔獣を相手にしろって言っているんだ」
「嫌だわ、エディ。あなた、知らないの? 魔獣はね、そう簡単に人を好きになったりしないのよ?」
「知っていて、言っている」
ギリギリギリ。
交わった視線が、相容れないもの同士のように引き攣れて捻じ曲がる。
それまで感情のないように見えていたルタの目が、忌々しげにエディを睨みつけた。
赤い唇を噛み締めて、怒っているのか、鼻がピクピクしている。
「意地悪な子」
「意地悪で結構。夫がいる身で、他の男に奪われることを夢見ている方がもっと悪いよ」
「だって、レオポルドはつまらない。夢見るくらいなら誰にも迷惑をかけていないでしょう?」
「妄想だけなら、ね。でもねえさんは……いや、ルタさんは違う。僕からロキースを奪おうとしているじゃないか」
「だって、あなたはいらないでしょう? どうせ消滅してしまう運命なら、私を代わりにして生き存える方が幸せよ」
ルタの言葉に、エディは激昂した。
(消滅なんてさせない! だって僕は、ロキースのことが大好きなんだから!)
立ち上がった衝撃でテーブルが揺れて、カフェオレボウルが床に落ちる。
「ロキースは僕のものだよ。あんたなんかにはあげない!」
──ガシャァァァン!
エディの叫び声といっしょに、ボウルが割れる派手な音が食堂に響き渡った。
「何があったのですか⁉︎」
音に気付いたエグレが、食堂に駆けつけてくる。
その後ろからゆっくりと追ってきたミハウは、エディの様子を見て何か気付いたのだろう。エディと同じように目に怒りを滲ませて、ルタを睨んだ。
「なんでもないわ。ちょっと、口喧嘩をしてしまっただけ。ごめんなさいね、エディ。この話は、また日を改めてしましょう」
「二度としたくない」
「……」
ルタはエグレにニッコリと微笑んで去っていった。
ミハウの隣を通過した瞬間、彼女は振り返ってエディに微笑んで見せる。
それは、宣戦布告のような、不敵な笑みだった。
それがどうしようもなく、エディには腹が立った。
「ちょうだいって……ロキースはものじゃないんだよ?」
エディが目を吊り上げて睨みつけても、ルタはちっとも動じない。
レオポルドのことを語った時のように、つまらなそうな目でエディを見下ろしてくる。
「ふぅん。ロキースっていうの。変な名前ね。でも、いいわ。そんなこと、些末なことだもの。重要なのは、獣人ということだから」
「獣人なら、誰だって良いの?」
「いいわよ。それくらいなら目を瞑れるもの」
「誰だって良いなら、ロキースじゃなくたって良いでしょ」
そうだ。そんなに獣人が好きなら、魔の森へ行って、好きになってもらえば良い。
果たして彼女のような人が、魔獣に恋をして貰えるかあやしいところではあるけれど。
そう思って言った言葉だったが、ルタは違う意味で捉えたらしい。
ルタの目は笑っていないのに、唇がニタァと笑みを浮かべる。
気持ち悪い。
まるで人形のようだとエディは思った。
体を揺らすとまぶたが開閉する人形。小さな頃、夜に見ると泣き叫びたくなるほど苦手だったそれに、今のルタは似ている。
「じゃあ、リディアの相手を狙って良いの? あなたの大事なお友達なのでしょう? 彼女が傷ついても構わないってこと? あぁ、やっぱりあなたも女なのね。自分の相手が取られるくらいなら、他の女が不幸になる方がマシだと。たとえそれが親友の相手だとしても、構わないのだわ」
「そんなこと、僕は一言も言っていない! リディアの相手も、ロキースも駄目に決まっているだろう。それ以外の、魔の森にいる魔獣を相手にしろって言っているんだ」
「嫌だわ、エディ。あなた、知らないの? 魔獣はね、そう簡単に人を好きになったりしないのよ?」
「知っていて、言っている」
ギリギリギリ。
交わった視線が、相容れないもの同士のように引き攣れて捻じ曲がる。
それまで感情のないように見えていたルタの目が、忌々しげにエディを睨みつけた。
赤い唇を噛み締めて、怒っているのか、鼻がピクピクしている。
「意地悪な子」
「意地悪で結構。夫がいる身で、他の男に奪われることを夢見ている方がもっと悪いよ」
「だって、レオポルドはつまらない。夢見るくらいなら誰にも迷惑をかけていないでしょう?」
「妄想だけなら、ね。でもねえさんは……いや、ルタさんは違う。僕からロキースを奪おうとしているじゃないか」
「だって、あなたはいらないでしょう? どうせ消滅してしまう運命なら、私を代わりにして生き存える方が幸せよ」
ルタの言葉に、エディは激昂した。
(消滅なんてさせない! だって僕は、ロキースのことが大好きなんだから!)
立ち上がった衝撃でテーブルが揺れて、カフェオレボウルが床に落ちる。
「ロキースは僕のものだよ。あんたなんかにはあげない!」
──ガシャァァァン!
エディの叫び声といっしょに、ボウルが割れる派手な音が食堂に響き渡った。
「何があったのですか⁉︎」
音に気付いたエグレが、食堂に駆けつけてくる。
その後ろからゆっくりと追ってきたミハウは、エディの様子を見て何か気付いたのだろう。エディと同じように目に怒りを滲ませて、ルタを睨んだ。
「なんでもないわ。ちょっと、口喧嘩をしてしまっただけ。ごめんなさいね、エディ。この話は、また日を改めてしましょう」
「二度としたくない」
「……」
ルタはエグレにニッコリと微笑んで去っていった。
ミハウの隣を通過した瞬間、彼女は振り返ってエディに微笑んで見せる。
それは、宣戦布告のような、不敵な笑みだった。
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