上 下
73 / 94
六章

73 夢見る元令嬢

しおりを挟む
 ルタはまるで、菓子でも強請るように軽く言う。

 それがどうしようもなく、エディには腹が立った。

「ちょうだいって……ロキースはものじゃないんだよ?」

 エディが目を吊り上げて睨みつけても、ルタはちっとも動じない。

 レオポルドのことを語った時のように、つまらなそうな目でエディを見下ろしてくる。

「ふぅん。ロキースっていうの。変な名前ね。でも、いいわ。そんなこと、些末なことだもの。重要なのは、獣人ということだから」

「獣人なら、誰だって良いの?」

「いいわよ。それくらいなら目を瞑れるもの」

「誰だって良いなら、ロキースじゃなくたって良いでしょ」

 そうだ。そんなに獣人が好きなら、魔の森へ行って、好きになってもらえば良い。

 果たして彼女のような人が、魔獣に恋をして貰えるかあやしいところではあるけれど。

 そう思って言った言葉だったが、ルタは違う意味で捉えたらしい。

 ルタの目は笑っていないのに、唇がニタァと笑みを浮かべる。

 気持ち悪い。
 まるで人形のようだとエディは思った。

 体を揺らすとまぶたが開閉する人形。小さな頃、夜に見ると泣き叫びたくなるほど苦手だったそれに、今のルタは似ている。

「じゃあ、リディアの相手を狙って良いの? あなたの大事なお友達なのでしょう? 彼女が傷ついても構わないってこと? あぁ、やっぱりあなたも女なのね。自分の相手が取られるくらいなら、他の女が不幸になる方がマシだと。たとえそれが親友の相手だとしても、構わないのだわ」

「そんなこと、僕は一言も言っていない! リディアの相手も、ロキースも駄目に決まっているだろう。それ以外の、魔の森にいる魔獣を相手にしろって言っているんだ」

「嫌だわ、エディ。あなた、知らないの? 魔獣はね、そう簡単に人を好きになったりしないのよ?」

「知っていて、言っている」

 ギリギリギリ。

 交わった視線が、相容れないもの同士のように引き攣れて捻じ曲がる。

 それまで感情のないように見えていたルタの目が、忌々しげにエディを睨みつけた。

 赤い唇を噛み締めて、怒っているのか、鼻がピクピクしている。

「意地悪な子」

「意地悪で結構。夫がいる身で、他の男に奪われることを夢見ている方がもっと悪いよ」

「だって、レオポルドはつまらない。夢見るくらいなら誰にも迷惑をかけていないでしょう?」

「妄想だけなら、ね。でもねえさんは……いや、ルタさんは違う。僕からロキースを奪おうとしているじゃないか」

「だって、あなたはいらないでしょう? どうせ消滅してしまう運命なら、私を代わりにして生きながらえる方が幸せよ」

 ルタの言葉に、エディは激昂した。

(消滅なんてさせない! だって僕は、ロキースのことが大好きなんだから!)

 立ち上がった衝撃でテーブルが揺れて、カフェオレボウルが床に落ちる。

「ロキースは僕のものだよ。あんたなんかにはあげない!」

 ──ガシャァァァン!

 エディの叫び声といっしょに、ボウルが割れる派手な音が食堂に響き渡った。

「何があったのですか⁉︎」

 音に気付いたエグレが、食堂に駆けつけてくる。

 その後ろからゆっくりと追ってきたミハウは、エディの様子を見て何か気付いたのだろう。エディと同じように目に怒りを滲ませて、ルタを睨んだ。

「なんでもないわ。ちょっと、口喧嘩をしてしまっただけ。ごめんなさいね、エディ。この話は、また日を改めてしましょう」

「二度としたくない」

「……」

 ルタはエグレにニッコリと微笑んで去っていった。

 ミハウの隣を通過した瞬間、彼女は振り返ってエディに微笑んで見せる。

 それは、宣戦布告のような、不敵な笑みだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子は幼馴染み従者に恋をする∼薄幸男装少女は一途に溺愛される∼

四つ葉菫
恋愛
クリスティーナはある日、自由を許されていない女性であることに嫌気が差し、兄の服を借りて、家を飛び出す。そこで出会った男の子と仲良くなるが、実は男の子の正体はこの国の王太子だった。王太子もまた決められた将来の道に、反発していた。彼と意気投合したクリスティーナは女性であることを隠し、王太子の従者になる決意をする。 すれ違い、両片思い、じれじれが好きな方は、ぜひ読んでみてください! 最後は甘々になる予定です。 10歳から始まりますが、最終的には18歳まで描きます。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

背高王女と偏頭痛皇子〜人質の王女ですが、男に間違えられて働かされてます〜

二階堂吉乃
恋愛
辺境の小国から人質の王女が帝国へと送られる。マリオン・クレイプ、25歳。高身長で結婚相手が見つからず、あまりにもドレスが似合わないため常に男物を着ていた。だが帝国に着いて早々、世話役のモロゾフ伯爵が倒れてしまう。代理のモック男爵は帝国語ができないマリオンを王子だと勘違いして、皇宮の外れの小屋に置いていく。マリオンは生きるために仕方なく働き始める。やがてヴィクター皇子の目に止まったマリオンは皇太子宮のドアマンになる。皇子の頭痛を癒したことからマリオンは寵臣となるが、様々な苦難が降りかかる。基本泣いてばかりの弱々ヒロインがやっとのことで大好きなヴィクター殿下と結ばれる甘いお話。全27話。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

処理中です...