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八章 シュエット・ミリーレデルの失恋

102 煌びやかな世界②

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 めげそうになるシュエットの頰を、夜風がそっと撫でていく。

 誘われるように窓の外を見てみれば、魔導式ランプでライトアップされた中庭が見えた。

 親密な様子の男女がふらりと中庭へ出て行くのを見て、

(あそこで告白されたら、思わずイエスと答えてしまいそう)

 とシュエットは思った。

 そんなことを思うのも、仕方のないことだ。

 だって、どうしたって意識してしまう。

 エリオットが決めた期日は今日まで。舞踏会が終わるまでなのだから。

(舞踏会が終わったら、きっと聞かれるわ。私はエリオットを選ぶのか、選ばないのか)

 すべてはシュエットの決断次第。

 あるようにも、ないようにも、できてしまう。

 ピピに出された最後の試練は、自分の気持ちと向き合うこと。

 エリオットをどう思っているのか、エリオットとどうなりたいのか、自分はどうしたいのか。

 馬車が迎えに来るタイムリミットまで、シュエットは考えた。それはもう、いろいろと考えた。

 もしも一生涯のうちに恋に悩める時間が定められているのだとしたら、シュエットのそれはもう限りなくゼロに近いと断言できる。

 それほどまでに、悩んだのだ。

(結論は、出した、けど……)

 でもやっぱり、口にするには勇気が足りない。

(あぁぁぁぁ……もう、どうしたら……)

 胸がドコドコ連打している。

 こんなことは初めてで、どうしたら良いのかわからない。

 放っておけば、認めたばかりのこの気持ちが弾け飛んでしまいそうで、シュエットは持っていた扇子でそっと唇を押さえた。

 その時だ。

 隣でエリオットが「あ」と小さく声を漏らす。

 気まずそうに一歩引いた彼に、シュエットはどうしたのだろうと視線を追った。

 エリオットは、会場へ入ってくる男を見ていた。

 会場内でヒソヒソとささやかれる言葉が、シュエットの耳にも届く。

 人々は口々に「公爵様」と、確かにそう言っていた。

「あら?」

 男は、一度だけ会ったことのある人によく似ていた。

 随分前に、フクロウが迷子になったと店を覗き込んでいた不審者だ。

(でも、ちょっと色が違うわ)

 シュエットが見たのは、艶やかな黒髪とオレンジ色の目をした青年だ。

 浅黒い肌に鮮やかなオレンジ色の髪ではない。

(オレンジ色の目は、合っているけれど)

「もしかして、変装していたとか?」

 公爵様ともなれば、市井でお忍びの格好をするものだ。

 ましてや、母譲りの浅黒い肌と父譲りの鮮やかな髪色は目立って仕方がないだろう。

 少なくとも、シュエットの情報源である恋愛小説ではそういうものだった。

「ねぇ、エリオット。あの人が公爵様なの?」

「いや、どうだろう。遠目でよくわからないが」

 おかしなこともあるものだ。

 エリオットの目は都合よく悪くなっている。

(もしかして、苦手なのかしら? わざと見ないようにしているみたい。公爵様なら上司だし、いろいろあるのかもしれないわね)

 公爵様が相手では、やりづらいことが多々あるだろう。

 そんなものかと、シュエットは勝手に納得しておいた。

「公爵様は、変装することがあるの?」

「ないことも、ないような……」

「ふぅん?」

「どうしてそんな質問をするのかな?」

「あの人……私、一度だけ会ったことがある人に似ているの。でも、肌や髪の色が違うから、どうしてなのかなと思って」

「なるほど」

「迷子のフクロウを探しているって言っていたから、お忍びで変装して探していたのかしらね?」

「どうだろう?」

 曖昧に言葉を返すエリオットに、彼はやはり公爵様が苦手なのだと結論づける。

 華やかな舞踏会でせっかくカッコよく決めているエリオットを、これ以上困らせるのは忍びない。

 シュエットは「そう」とだけ言って、口を閉じた。
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