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七章 シュエット・ミリーレデルの試練
95 お礼にかこつけて②
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チラリとエリオットの方を見ると、彼はソファに座ってテーブルに片頬をくっつけながら、店内をぼんやりと見ているようだった。
サイドの髪が表情を隠すように顔にかかっていて、まるで学生時代の彼のよう。
(そういえば……私に合うのは世話焼きタイプの男の人だって、コルネーユが言っていたわね。エリオットは甘えん坊タイプだから、なしだって……でも実際は、逆だったわね)
甘えるどころか、気づけばシュエットが世話を焼かれている。
掃除、洗濯、料理。それだけでも助かるのに、店のことまで。
店がオープンしてからは、慣れないながらも一生懸命接客してくれている。
戸惑う姿がかわいいと、お客様たちからは大好評だ。
そのたびに、シュエットは「エリオットよりもフクロウを見なさいよ」という言葉を飲み込んでいる。
(エリオットに頼ってばかりね。たまには、私が何かしてあげられたら良いのだけれど)
なにが良いかしらと考えながらエリオットを眺めていると、学生時代の彼はよく、中庭の大きな木のそばで昼寝をしていたことを思い出した。
午睡にちょうど良さそうな日差しが中庭を照らしていて、穏やかに吹く風がサラサラと葉を揺らす。
芝生の上に寝転がって目を瞑ったら、数秒で眠りに落ちてしまいそうだなんて思ったものだ。
(次の休みは、ピクニックなんてどうかしら)
ピクニックならば、ピピも試練を出しやすいだろう。
膝枕に、そういえば“あーん”もまだだった、なんて恥ずかしげもなく思う。
すっかり慣らされたものだなぁなんて感慨深く思いながら、シュエットは何気なくカウンターの上に置かれたカレンダーを見た。
次の定休日は、エリオットと再会してからひと月。
そう、終わりの日だった。
「あ……」
ワクワクしていた気持ちが、萎んでいく。
彼が決めた期日が、迫っていた。
シュエットがエリオットを選ばなければ、ピピは記憶を消してしまう。
(でももし、エリオットを選んだとしたら? たぶんだけど、エリオットだって私のことを嫌だとは思っていないはず。そうでなかったら、試練に関係がない店のことなんて考えないもの)
ふと、シュエットは思いつく。
エリオットがシュエットを憎からず思っているのか試してみよう、と。
シュエットはおもむろに立ち上がると、エリオットが座るソファの隣へトスンと腰を下ろした。
「シュエッ、ト……?」
眠そうなかすれた声で、エリオットが名前を呼ぶ。
「エリオット。今日も、ありがとう。お礼になるかはわからないけれど……ここ、使ってちょうだい?」
そう言って、シュエットは太ももを指し示した。
前髪の隙間から、エリオットの目がのぞいている。
シュエットの指につられるように、彼の視線は彼女の太ももへ落ちた。
サイドの髪が表情を隠すように顔にかかっていて、まるで学生時代の彼のよう。
(そういえば……私に合うのは世話焼きタイプの男の人だって、コルネーユが言っていたわね。エリオットは甘えん坊タイプだから、なしだって……でも実際は、逆だったわね)
甘えるどころか、気づけばシュエットが世話を焼かれている。
掃除、洗濯、料理。それだけでも助かるのに、店のことまで。
店がオープンしてからは、慣れないながらも一生懸命接客してくれている。
戸惑う姿がかわいいと、お客様たちからは大好評だ。
そのたびに、シュエットは「エリオットよりもフクロウを見なさいよ」という言葉を飲み込んでいる。
(エリオットに頼ってばかりね。たまには、私が何かしてあげられたら良いのだけれど)
なにが良いかしらと考えながらエリオットを眺めていると、学生時代の彼はよく、中庭の大きな木のそばで昼寝をしていたことを思い出した。
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芝生の上に寝転がって目を瞑ったら、数秒で眠りに落ちてしまいそうだなんて思ったものだ。
(次の休みは、ピクニックなんてどうかしら)
ピクニックならば、ピピも試練を出しやすいだろう。
膝枕に、そういえば“あーん”もまだだった、なんて恥ずかしげもなく思う。
すっかり慣らされたものだなぁなんて感慨深く思いながら、シュエットは何気なくカウンターの上に置かれたカレンダーを見た。
次の定休日は、エリオットと再会してからひと月。
そう、終わりの日だった。
「あ……」
ワクワクしていた気持ちが、萎んでいく。
彼が決めた期日が、迫っていた。
シュエットがエリオットを選ばなければ、ピピは記憶を消してしまう。
(でももし、エリオットを選んだとしたら? たぶんだけど、エリオットだって私のことを嫌だとは思っていないはず。そうでなかったら、試練に関係がない店のことなんて考えないもの)
ふと、シュエットは思いつく。
エリオットがシュエットを憎からず思っているのか試してみよう、と。
シュエットはおもむろに立ち上がると、エリオットが座るソファの隣へトスンと腰を下ろした。
「シュエッ、ト……?」
眠そうなかすれた声で、エリオットが名前を呼ぶ。
「エリオット。今日も、ありがとう。お礼になるかはわからないけれど……ここ、使ってちょうだい?」
そう言って、シュエットは太ももを指し示した。
前髪の隙間から、エリオットの目がのぞいている。
シュエットの指につられるように、彼の視線は彼女の太ももへ落ちた。
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