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五章 シュエット・ミリーレデルの悩み
74 ミリーレデル夫妻③
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男が見せてきたプランは、文句の言いようもない完璧なプランだった。
ミスでも見つければ突いてやろうと、大人げなく息巻いていたパングワンは、しかし目を輝かせることとなる。
動物を愛でるためのカフェというのが、隣国で流行っているらしいといううわさは耳にしていた。
動物を商売にする者として、そのうち旅行がてら視察してみようか、と妻と話をしたのは、つい最近のことである。
なんといっても魅力的だったのが、初期費用の低さ。
カフェというなら、テーブルや椅子など買いそろえなくてはいけないものがたくさんある。
金がかかるそれらを、男は、まもなく移転するヴォラティル魔導書院から譲り受ける約束まで取り付けていた。
ヴォラティル魔導書院に置いてあるのは、品の良いアンティークである。
通常のカフェだって、蒐集家だって手に入れるのが困難なそれらを、ほぼ無償で提供するというのだから、男の手腕には驚かされた。
「ふむ……」
パングワンは、男に興味を抱いた。
頼りなげに見えて、なかなかに優秀な青年だ。
いや、なかなかに、というのを取り払ったって良い。娘の恋人でないのなら。
娘の恋人ならば、非常に優秀な青年だと言えるだろう。後継ぎに据えたいくらいには。
「きみ、名前は?」
「お父さん、私、最初に紹介したでしょう? 失礼よ! ……ごめんなさいね、エリオット。父が失礼なことをしたわ」
「大丈夫だよ、シュエット。気にしないで。では、改めまして……僕は、エリオット・ピヴェールと申します。シュエットとはミグラテール学院で知り合い、卒業以来交流はありませんでしたが、つい最近再会して、以来仲良くしてもらっています」
パングワンは男の名を聞いて、まさかと思った。
だって、『ピヴェール』なんて。
まさか、あの『ピヴェール』なのか?
仕事中はポーカーフェイスが常であるパングワンが、わずかに目を見開く。
目を凝らしてようやく気づく程度の小さな変化に、シーニュだけが気付いていた。さすが妻である。
ピヴェールの名を与えられるのは、王族の第二子だけ。
公爵位を賜るのと同時にその名を与えられ、その代わりヴォラティル魔導書院の糧にされる。
この話は、公にされていない。
限られたごく一部の者しか知らない国家機密である。
ではなぜ、ただの商家であるミリーレデル家が国家機密を知っているのか。
それは、ミリーレデル家が古い家柄で、王家とも付き合いが長いからである。
長い時間をかけて積み上げてきた信頼により、ミリーレデル家にはこの秘密が伝わっている、というわけだ。
シュエットは、幼いころから『三人きょうだいの一番上はうまくいかない』というジンクスを信じていて、堅実に生きることをモットーにしている。
だからまさか、こんな大物と知り合いになるなんて、パングワンは思ってもみなかった。
「シュエット、おまえは……」
もしも彼女が、エリオットのことを少なからず想っているなら。この先の未来は、彼女が望む堅実な生活とは、かけ離れたものになる。
知っているのか? 彼のことを。
そう言おうとしたパングワンだったが、扇子をパチンと閉じた妻に「あなた」と呼ばれて口を閉じた。
「なぁに? お父さん」
「あ、いや……」
「お父様は、あなたが一人でカフェをやっていけるか心配で仕方がないのよ。あなたはもう、大人なのだもの。やりたいことがあるなら、チャレンジしていくべきよ。それに……心強い味方もいるようだし、きっとうまくいくわ」
シーニュの言葉に、シュエットが戸惑いを滲ませた顔でエリオットを見る。
そんな彼女へ、優しげに微笑みかけながら「任せて」と答えるエリオットに、シーニュは安心したように穏やかな笑みを浮かべていた。
ミスでも見つければ突いてやろうと、大人げなく息巻いていたパングワンは、しかし目を輝かせることとなる。
動物を愛でるためのカフェというのが、隣国で流行っているらしいといううわさは耳にしていた。
動物を商売にする者として、そのうち旅行がてら視察してみようか、と妻と話をしたのは、つい最近のことである。
なんといっても魅力的だったのが、初期費用の低さ。
カフェというなら、テーブルや椅子など買いそろえなくてはいけないものがたくさんある。
金がかかるそれらを、男は、まもなく移転するヴォラティル魔導書院から譲り受ける約束まで取り付けていた。
ヴォラティル魔導書院に置いてあるのは、品の良いアンティークである。
通常のカフェだって、蒐集家だって手に入れるのが困難なそれらを、ほぼ無償で提供するというのだから、男の手腕には驚かされた。
「ふむ……」
パングワンは、男に興味を抱いた。
頼りなげに見えて、なかなかに優秀な青年だ。
いや、なかなかに、というのを取り払ったって良い。娘の恋人でないのなら。
娘の恋人ならば、非常に優秀な青年だと言えるだろう。後継ぎに据えたいくらいには。
「きみ、名前は?」
「お父さん、私、最初に紹介したでしょう? 失礼よ! ……ごめんなさいね、エリオット。父が失礼なことをしたわ」
「大丈夫だよ、シュエット。気にしないで。では、改めまして……僕は、エリオット・ピヴェールと申します。シュエットとはミグラテール学院で知り合い、卒業以来交流はありませんでしたが、つい最近再会して、以来仲良くしてもらっています」
パングワンは男の名を聞いて、まさかと思った。
だって、『ピヴェール』なんて。
まさか、あの『ピヴェール』なのか?
仕事中はポーカーフェイスが常であるパングワンが、わずかに目を見開く。
目を凝らしてようやく気づく程度の小さな変化に、シーニュだけが気付いていた。さすが妻である。
ピヴェールの名を与えられるのは、王族の第二子だけ。
公爵位を賜るのと同時にその名を与えられ、その代わりヴォラティル魔導書院の糧にされる。
この話は、公にされていない。
限られたごく一部の者しか知らない国家機密である。
ではなぜ、ただの商家であるミリーレデル家が国家機密を知っているのか。
それは、ミリーレデル家が古い家柄で、王家とも付き合いが長いからである。
長い時間をかけて積み上げてきた信頼により、ミリーレデル家にはこの秘密が伝わっている、というわけだ。
シュエットは、幼いころから『三人きょうだいの一番上はうまくいかない』というジンクスを信じていて、堅実に生きることをモットーにしている。
だからまさか、こんな大物と知り合いになるなんて、パングワンは思ってもみなかった。
「シュエット、おまえは……」
もしも彼女が、エリオットのことを少なからず想っているなら。この先の未来は、彼女が望む堅実な生活とは、かけ離れたものになる。
知っているのか? 彼のことを。
そう言おうとしたパングワンだったが、扇子をパチンと閉じた妻に「あなた」と呼ばれて口を閉じた。
「なぁに? お父さん」
「あ、いや……」
「お父様は、あなたが一人でカフェをやっていけるか心配で仕方がないのよ。あなたはもう、大人なのだもの。やりたいことがあるなら、チャレンジしていくべきよ。それに……心強い味方もいるようだし、きっとうまくいくわ」
シーニュの言葉に、シュエットが戸惑いを滲ませた顔でエリオットを見る。
そんな彼女へ、優しげに微笑みかけながら「任せて」と答えるエリオットに、シーニュは安心したように穏やかな笑みを浮かべていた。
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