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四章 シュエット・ミリーレデルの新生活

53 市場で値切無双①

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「エリオット」

「なんだ?」

「どうして、あなたは食料品ばかり見ているの?」

「どうしてって……居候させてもらう代わりに、僕が家事を担当するからだろう?」

 何を今更、と当たり前のように答えられて、シュエットは腑に落ちない様子でエリオットを後ろから眺めた。彼は、荷車に並べられた野菜を真剣なまなざしで吟味している。

(どうして、こうなっちゃったのかしら)

 おかしい。

 シュエットがエリオットの手を引いていたはずなのに、気づけば目的地にしていたイロンデル家具店を通り過ぎて、ペルッシュ横丁を抜けた先にある、市場マーケットに着いていた。

(ベッドを買わないと困るじゃない)

 まさか、シュエットのシングルベッドで体の大きなエリオットと仲良く就寝、なんてことはないだろう。

(どう考えたって無理よ)

 エリオットの体格もそうだが、それ以上にシュエットが落ち着かない。

 恋人でもない顔見知り程度の男とひとつ屋根の下、というのはまだ許せても、一つのベッドを仲良く半分こはない。

(母さんが知ったら卒倒しそうな案件よ……!)

 もしも母に知れたら──考えるだけでも頭痛がしそうだが、考えずにはいられない。

 実家に連れ戻されるのは必至だろう。

 そして最悪、「責任を取ってもらう」と言って強制的にエリオットと婚約させられそうだ。

 脳裏に、母の暴挙がありありと浮かぶ。そして、それに付き従う父の姿も。

 敏腕商売人である父だが、愛する母にはとことん弱い。娘にも弱いが、母には及ばない。

 たとえシュエットが渾身の演技で父に懇願したとしても、母の一言で全ては決まる。

(駄目よ。それだけは、駄目)

 だって、シュエットは恋愛結婚派なのだ。

 結婚するなら、好きな人と。

 なにもかもうまくいかないのだとしても、恋愛くらいは自由にさせてもらいたい。
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