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四章 シュエット・ミリーレデルの新生活
52 試練〜手を繋いで歩く〜②
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『やだ、シュエット。本当に、そうなの?』
『こんなに綺麗な人なのだもの。ちょっと触れたいと思ったって、ちっともおかしなことじゃないわ』
耳の奥で、友人たちのからかうような笑い声が聞こえるような気がする。
シュエットは心の声を振り切るように、首を振った。
「シュエット、どうかしたのか?」
「……なんでもないわ。それより、早く買い物を済ませてしまいましょう。夜ご飯は、エリオットにお願いしても良いかしら?」
「ああ、任せてくれ。料理も、得意だから」
つないだ手が、キュッと握り込まれる。
痛くはないが、なんだか強く抱きしめられたような錯覚を覚えて、シュエットの胸がドキリと早鐘を打つ。
あっさりドキドキしてしまう自分の心を叱咤して、シュエットは「お願いね」と笑い返した。
「シュエットは、嫌いなものや苦手なものはあるか?」
キラキラと目を輝かせて、エリオットが問いかける。
何をつくるか悩むように、つないでいない方の手を顎に当てていた。
「そうですねぇ。レバーは、苦手かしら。食べられないこともないのだけれど、匂いが嫌で」
「……あの、シュエット」
「なんですか? レバーが嫌いとか、子どもっぽい?」
「いや、大人でも嫌いなものの一つや二つ、あるだろう。そうではなくて、だな……」
言い淀むように黙ったエリオットに、シュエットも気になって足が止まる。
ツアーの団体客がその横を通りながら、「なんだなんだ」と期待するような視線を向けてきた。
「エリオット。注目されているから、話したいことがあるなら早く言ってちょうだい?」
「その……敬語を、やめてほしいなぁと」
エリオットの言葉に、シュエットはキョトンと目を瞬かせた。
シュエットとエリオットは頭ひとつ分くらい身長差があって、猫背でも彼は上から見下ろしているというのに、なぜだか上目遣いで懇願されているような気になる。
シュエットの頭は、
(かわいい)
と思った。
(どこのお嬢様よ⁉︎)
とも思った。
なんてかわいい要求だろう。
いい歳した青年が言う言葉ではないが、その顔があまりに整いすぎているせいで補正がかかっているらしい。
シュエットの頭は、ネジが飛んでしまったかのように、かわいいとしか認識できなかった。
「ねぇねぇ、ママ。あのお兄ちゃんとお姉ちゃん、どうして道の真ん中で立ち止まっているの? 道の真ん中で立ち止まったら危ないって、知らないのかなぁ?」
「シッ! 見ちゃいけません! ほら、行くわよ、アントン」
バカップルに向けられるお決まりのセリフを聞いて、シュエットはハッと我に返った。
その瞬間、ボボボッと彼女の顔が赤く染まる。
「わかりまし……わかったわ、エリオット。敬語は、やめる。あなたも気楽に話してちょうだい」
好奇の視線に晒されて、シュエットは居た堪れない気持ちでいっぱいだ。
なんとかそれだけ絞り出すように早口で答えると、つないだままだった手を引っ張るように歩き出した。
「ああ。嬉しいよ、シュエット。ありがとう」
エリオットは周りの視線なんて気付いていないのか、それとも気にしていないのか。
破壊力抜群の顔でほほえみかけられて、シュエットは「うぐ」と呻いた。
『こんなに綺麗な人なのだもの。ちょっと触れたいと思ったって、ちっともおかしなことじゃないわ』
耳の奥で、友人たちのからかうような笑い声が聞こえるような気がする。
シュエットは心の声を振り切るように、首を振った。
「シュエット、どうかしたのか?」
「……なんでもないわ。それより、早く買い物を済ませてしまいましょう。夜ご飯は、エリオットにお願いしても良いかしら?」
「ああ、任せてくれ。料理も、得意だから」
つないだ手が、キュッと握り込まれる。
痛くはないが、なんだか強く抱きしめられたような錯覚を覚えて、シュエットの胸がドキリと早鐘を打つ。
あっさりドキドキしてしまう自分の心を叱咤して、シュエットは「お願いね」と笑い返した。
「シュエットは、嫌いなものや苦手なものはあるか?」
キラキラと目を輝かせて、エリオットが問いかける。
何をつくるか悩むように、つないでいない方の手を顎に当てていた。
「そうですねぇ。レバーは、苦手かしら。食べられないこともないのだけれど、匂いが嫌で」
「……あの、シュエット」
「なんですか? レバーが嫌いとか、子どもっぽい?」
「いや、大人でも嫌いなものの一つや二つ、あるだろう。そうではなくて、だな……」
言い淀むように黙ったエリオットに、シュエットも気になって足が止まる。
ツアーの団体客がその横を通りながら、「なんだなんだ」と期待するような視線を向けてきた。
「エリオット。注目されているから、話したいことがあるなら早く言ってちょうだい?」
「その……敬語を、やめてほしいなぁと」
エリオットの言葉に、シュエットはキョトンと目を瞬かせた。
シュエットとエリオットは頭ひとつ分くらい身長差があって、猫背でも彼は上から見下ろしているというのに、なぜだか上目遣いで懇願されているような気になる。
シュエットの頭は、
(かわいい)
と思った。
(どこのお嬢様よ⁉︎)
とも思った。
なんてかわいい要求だろう。
いい歳した青年が言う言葉ではないが、その顔があまりに整いすぎているせいで補正がかかっているらしい。
シュエットの頭は、ネジが飛んでしまったかのように、かわいいとしか認識できなかった。
「ねぇねぇ、ママ。あのお兄ちゃんとお姉ちゃん、どうして道の真ん中で立ち止まっているの? 道の真ん中で立ち止まったら危ないって、知らないのかなぁ?」
「シッ! 見ちゃいけません! ほら、行くわよ、アントン」
バカップルに向けられるお決まりのセリフを聞いて、シュエットはハッと我に返った。
その瞬間、ボボボッと彼女の顔が赤く染まる。
「わかりまし……わかったわ、エリオット。敬語は、やめる。あなたも気楽に話してちょうだい」
好奇の視線に晒されて、シュエットは居た堪れない気持ちでいっぱいだ。
なんとかそれだけ絞り出すように早口で答えると、つないだままだった手を引っ張るように歩き出した。
「ああ。嬉しいよ、シュエット。ありがとう」
エリオットは周りの視線なんて気付いていないのか、それとも気にしていないのか。
破壊力抜群の顔でほほえみかけられて、シュエットは「うぐ」と呻いた。
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