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四章 シュエット・ミリーレデルの新生活

40 試練〜握手〜③

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「うむ。では、手を握ってくれ」

 手を握る。

 要は、握手だろうか。

 試練、試練と何度も言われて緊張していただけに、シュエットは肩透かしを食った気分だった。

 それくらいなら、とシュエットはテーブルの上に手を出す。

 握手をするように、ほんの少し傾けた。

 向かいでエリオットが、表情を痙攣ひきつらせてシュエットの手を凝視していた。

 まるでシュエットの手に触れたら爆発してしまうとでも思っているような、この世の終わりのような顔をしている。

「あの……大丈夫?」

「あ、ああ……」

 ああ、なんて言っているが、エリオットはちっとも大丈夫そうに見えない。

 心なしか、彼の体が震えているようにも見える。

(そんなに嫌なのかしら?)

 まさか握手をすることさえ嫌がられるほど嫌われているとは思っていなかったので、シュエットは少し悲しくなった。いや、本当はわりと傷ついた。

(かわいいとか言うから、少しは好意的だと思っていたのに……!)

 騙された気分だ。

 かわいいと言われて、あっさり警戒を解いた自分にも腹が立つ。

 シュエットは、目を伏せた。

 そんな彼女を見て、エリオットが「あ……」とか細く声を漏らす。

 なんだろうとシュエットが視線を上げると、エリオットまで悲しそうな顔をしていた。

(なんで、あなたまでそんな顔をするのよ)

 悲しいのはこっちだ。握手をしてくれないのはエリオットで、悲しいのも彼のせいなのに、どうして。

 責めるようにジトリと睨むと、エリオットは何か言おうと唇を開いた。はくはくと小さく開閉して、しかし何も言わないまま貝のように閉じてしまう。

(握手一つでこんなにかかるなら、これ以上の試練はいつ終わるのかしら)

 先が思いやられる。

 深々とため息を吐くと、エリオットがボソボソと「ごめん」と謝ってきた。

「謝ってほしいわけじゃないわ」

 言い方がつい、キツくなる。

 本当に、謝ってほしいわけじゃないのだ。ただ、第一の試練とやらを早くクリアしたいだけ。それだけ、のはずだ。放って置かれた手が寂しいとか、そう思ってなんかいない、はず。

「……エリオット」

 ズン、と重みのある声がエリオットの名を呼ぶ。

 シュエットではない。ピピの声だ。

「早くしろ。お嬢さんを待たせるなんて、それでも男か? わらわは魔導書なのだぞ?」

「うっ」

 わかりやすく目を逸らしているエリオットに、シュエットはまさか、と思った。とても信じ難いことだ。

 まさか、と思いつつも、即座にそんなわけないじゃないと突っ込みたくなるような考えが、脳裏に浮かぶ。

(この美貌で、どう考えても女の子たちが放って置かなそうなこの顔で、誰とも握手をしたことがないの……?)

 だが、学生時代は得体が知れない男だった。

 シュエットは、いつも遠巻きにされていた彼を思い出す。

 いつも物言いたげにジトリと見てきて、なのにその顔はいつだって前髪で隠れていて表情が読めない。

 前髪の奥にこんな美貌があったなんて、誰が想像できただろう。

 そう考えると、シュエットの考えはあながち不正解とも思えない。

 それどころか、かなりの確率で正解なんじゃないかとさえ思えてくる。
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