上 下
24 / 110
二章 シュエット・ミリーレデルの過去

24 諦めたはずの初恋①

しおりを挟む
 情けないことだが、エリオットは四年たった今でも、シュエットのことを忘れられないでいた。

 名前を忘れたなんて、本当はうそだ。

 店の看板を見なくたって、彼女の名前は頭に浮かんでいた。

(……嫁選びの書モリフクロウは、わかっていたのだろうな)

 だから、彼女はここに──シュエット・ミリーレデルのもとにいるのだろう。

(禁書も彼女を選ぶ、か)

 なるほどな、と腑に落ちるものがある。

 だが同時に、心を見透かされているようで、悔しい。

(今思えば、あれは初恋だったのだろう)

 十七歳にして。遅ればせながら。

 シュエットが視界に入るようになったのは、彼女がエリオットの周囲をうろちょろするようになったからではない。

 エリオットが無意識に、彼女を探していたからだ。

 几帳面きちょうめんで、責任感が強くて、我慢強くて、真面目で、家族思い。

 自分とはまるで違うシュエットは、エリオットの目にはキラキラと輝いて見えた。 

 目が離せない。

 まさに、そんな感じだったのだろう。

 一度目は、諦めて逃げ帰った。

 二度目は──、

(今度こそ、うまくいくだろうか)

 不安に思ってモリフクロウを見つめると、「わかっているわよ」と言うように、ゆっくりしたまばたきを返される。

 そしてエリオットの背中を押すように、

「ホゥ、ホゥ、ホゥ!」

 と鳴いた。

 どうするの?

 モリフクロウが、尋ねるように首をかしげる。

 エリオットは目を閉じた。

 ゆっくりと深呼吸して、目を開ける。

 シュエットの深い青の目が、月明かりに煌めいているのが見えた。

 思わず、

(ほしい)

 とエリオットは手を伸ばす。

 今までずっと、諦めてきた。

 両親からの愛も。

 周囲からの承認も。

 友だちも。

 将来の夢も。

『だから、これくらいは良いじゃないか』

 そうささやいたのは、自分だったのか、それとも禁書だったのか。

 気付けばエリオットの口からは、魔術を発動させる言葉が漏れていた。

「ゆるす」

 ただ一言。

 エリオットが呟くと、モリフクロウの胸に魔法陣が浮かび上がる。

 魔法陣の中央には、王家の紋章。その周りを『愛の約束』という言葉を持つアイリスの花が囲む。

 エリオットの目と同じ深紅色をした光を放ちながら、魔法陣はエリオットと、シュエット足元にも浮かび上がった。

「えっ、やだ、なに⁉︎」

 ベランダで、シュエットが慌てふためいている。

(ごめんね、シュエット。でも、キミだけは、諦めきれないみたいだ)

 泣き笑いのような顔で、エリオットはシュエットを見つめ続ける。

 足元の魔法陣から逃れるように、シュエットは足踏みしているが、そんなのは無駄だ。

 優秀な彼女ならそれくらいわかりそうなものなのに、いざと言う時は焦るらしい。

 エリオットは清々しい気持ちで、それを受け入れていた。

 だって、彼女と自分はゼロどころかマイナスからのスタートなのである。

 もう落ちるところまで落ちているから、これ以上心配することはなにもない。

 モリフクロウに後押ししてもらったおかげなのか、エリオットはやる気に満ちていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者と幼馴染があまりにも仲良しなので喜んで身を引きます。

天歌
恋愛
「あーーん!ダンテェ!ちょっと聞いてよっ!」 甘えた声でそう言いながら来たかと思えば、私の婚約者ダンテに寄り添うこの女性は、ダンテの幼馴染アリエラ様。 「ちょ、ちょっとアリエラ…。シャティアが見ているぞ」 ダンテはアリエラ様を軽く手で制止しつつも、私の方をチラチラと見ながら満更でも無いようだ。 「あ、シャティア様もいたんですね〜。そんな事よりもダンテッ…あのね…」 この距離で私が見えなければ医者を全力でお勧めしたい。 そして完全に2人の世界に入っていく婚約者とその幼馴染…。 いつもこうなのだ。 いつも私がダンテと過ごしていると必ずと言って良いほどアリエラ様が現れ2人の世界へ旅立たれる。 私も想い合う2人を引き離すような悪女ではありませんよ? 喜んで、身を引かせていただきます! 短編予定です。 設定緩いかもしれません。お許しください。 感想欄、返す自信が無く閉じています

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

ジンクス∞僕の恋に旗は立たない

はらぺこおねこ。
恋愛
斎藤 一はふと辞書を引きました。 ジンクス。 『縁起の悪いものやできこと』 それは神が気まぐれで与えた宿命。 それを見て一は思います。 「僕の恋にフラグは立たない……」 なぜなら…… 『自分が好きになった相手は他の人と幸せになる』 それが一が持つジンクスだからです。

元妃は多くを望まない

つくも茄子
恋愛
シャーロット・カールストン侯爵令嬢は、元上級妃。 このたび、めでたく(?)国王陛下の信頼厚い側近に下賜された。 花嫁は下賜された翌日に一人の侍女を伴って郵便局に赴いたのだ。理由はお世話になった人達にある書類を郵送するために。 その足で実家に出戻ったシャーロット。 実はこの下賜、王命でのものだった。 それもシャーロットを公の場で断罪したうえでの下賜。 断罪理由は「寵妃の悪質な嫌がらせ」だった。 シャーロットには全く覚えのないモノ。当然、これは冤罪。 私は、あなたたちに「誠意」を求めます。 誠意ある対応。 彼女が求めるのは微々たるもの。 果たしてその結果は如何に!?

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

愛しているからこそ、彼の望み通り婚約解消をしようと思います【完結済み】

皇 翼
恋愛
「俺は、お前の様な馬鹿な女と結婚などするつもりなどない。だからお前と婚約するのは、表面上だけだ。俺が22になり、王位を継承するその時にお前とは婚約を解消させてもらう。分かったな?」 お見合いの場。二人きりになった瞬間開口一番に言われた言葉がこれだった。 初対面の人間にこんな発言をする人間だ。好きになるわけない……そう思っていたのに、恋とはままならない。共に過ごして、彼の色んな表情を見ている内にいつの間にか私は彼を好きになってしまっていた――。 好き……いや、愛しているからこそ、彼を縛りたくない。だからこのまま潔く消えることで、婚約解消したいと思います。 ****** ・感想欄は完結してから開きます。

浮気くらいで騒ぐなとおっしゃるなら、そのとおり従ってあげましょう。

Hibah
恋愛
私の夫エルキュールは、王位継承権がある王子ではないものの、その勇敢さと知性で知られた高貴な男性でした。貴族社会では珍しいことに、私たちは婚約の段階で互いに恋に落ち、幸せな結婚生活へと進みました。しかし、ある日を境に、夫は私以外の女性を部屋に連れ込むようになります。そして「男なら誰でもやっている」と、浮気を肯定し、開き直ってしまいます。私は夫のその態度に心から苦しみました。夫を愛していないわけではなく、愛し続けているからこそ、辛いのです。しかし、夫は変わってしまいました。もうどうしようもないので、私も変わることにします。

処理中です...