13 / 110
一章 シュエット・ミリーレデルの日常
13 フクロウ百貨店の閉店後②
しおりを挟む
シュエットの家は、ミリーレデルのフクロウ百貨店の上、三階にある。
もとは住居でもなんでもない部屋をリノベーションした部屋は、至ってシンプルな間取りだ。
玄関を入ってすぐに青いタイルが印象的な可愛らしいキッチン。続くフロアが、リビングダイニング。その左奥がユニットバスで、右奥に置かれた衝立の奥が寝室である。
少々家賃がお高めな王都で、女性の一人暮らしにしては広めな間取りになるだろう。
とはいえ、娘ラブを公言してやまないミリーレデル氏は、シュエットがここで暮らすことを良しとしていない。
結婚するまでは実家に居てほしい、というのが本音だ。
(親バカめ……!)
だが、二女アルエットの恋人が次期後継者になるかもしれないと知りながら、いつまでも長女のシュエットが居座るわけにもいかない。
うるさい小姑がいつまでも家にいたら、アルエットとその恋人もやりづらいだろう。
それに、今時「結婚するなら順番に長女から」なんて風潮はないのに、変なところで古風な母が見合い話を取り付けてきそうで嫌だった。
(貴族でもないのだし、出来ることなら恋愛結婚したいもの)
シュエットの母は、没落寸前の伯爵家の二女として生まれた。
伯爵令嬢でありながら、かなり苦労したらしい。
ミリーレデル家による資金援助と引き換えに父と結婚したことで、伯爵家は没落を免れたが、それがなかったらどうなっていたことか。
いわゆる政略結婚である両親だが、仲は良い。
特に父の方は、シュエットでさえ目を逸らしたくなるような溺愛ぶりで、母に対する愛情は娘たちの比ではないと思っている。
没落寸前とはいえ貴族として育ってきた母は、結婚後も貴族としての精神が抜けない。
結婚する順番を気にするのは、そのせいだ。
ちょっと裕福な一般人として生きてきたシュエットには、理解できない決まりである。
(結婚したい人が、結婚したい時に、結婚すれば良いのよ)
母には悪いが、シュエットに結婚の予定はない。というか、結婚する気がない。
いつかは、とは思っているが、恋愛結婚を夢見る彼女には、まだ恋人すらいないのだ。
「結婚……結婚、ねぇ……」
ボソボソと呟きながら、寝室の窓を開ける。
心地よい春の宵の風が部屋の中へ吹いてきて、シュエットの前髪を揺らした。
きつく結い上げた髪をほどくと、長い髪がふわりと風になびく。緩やかに波打つ髪を指で梳きながら、シュエットは物憂げにため息を吐いた。
楽しげな子供の声が聞こえる。
つられるようにベランダから階下に目を落とすと、外食帰りらしい親子連れが仲良く手を繋いで歩いていくのが見えた。
「幸せそう……」
学校を卒業して早々に結婚した友人たちはみんな幸せそうだけれど、一方で、会えば旦那の悪口大会になるのもしばしば。
読んだ本の一節に『結婚は人生の墓場である』なんて書いてあって、結婚イコール幸せというわけでもないのだな、と幸せな結婚を夢見ていたシュエットが、ほんのちょっぴり残念な気持ちになったのは、つい最近のことである。
「でもやっぱり、幸せそうな家族を見ているといいなぁって思っちゃうわ」
たとえ、その先にあるのが旦那の悪口大会でも、墓場だとしても。
いつかは自分も、と夢見ることは自由だろう。
「多くは望まないわ。お芝居みたいな身分違いの恋だとか、障害のある恋だとか、そういうのはいらないの。ゆっくりと穏やかで、優しい家庭をつくれたら。それだけで、いいの」
だって、長女だから。
もう口癖になってしまったジンクスを言い聞かせるように呟いて、シュエットは手すりにもたれた。
──その時だった。
もとは住居でもなんでもない部屋をリノベーションした部屋は、至ってシンプルな間取りだ。
玄関を入ってすぐに青いタイルが印象的な可愛らしいキッチン。続くフロアが、リビングダイニング。その左奥がユニットバスで、右奥に置かれた衝立の奥が寝室である。
少々家賃がお高めな王都で、女性の一人暮らしにしては広めな間取りになるだろう。
とはいえ、娘ラブを公言してやまないミリーレデル氏は、シュエットがここで暮らすことを良しとしていない。
結婚するまでは実家に居てほしい、というのが本音だ。
(親バカめ……!)
だが、二女アルエットの恋人が次期後継者になるかもしれないと知りながら、いつまでも長女のシュエットが居座るわけにもいかない。
うるさい小姑がいつまでも家にいたら、アルエットとその恋人もやりづらいだろう。
それに、今時「結婚するなら順番に長女から」なんて風潮はないのに、変なところで古風な母が見合い話を取り付けてきそうで嫌だった。
(貴族でもないのだし、出来ることなら恋愛結婚したいもの)
シュエットの母は、没落寸前の伯爵家の二女として生まれた。
伯爵令嬢でありながら、かなり苦労したらしい。
ミリーレデル家による資金援助と引き換えに父と結婚したことで、伯爵家は没落を免れたが、それがなかったらどうなっていたことか。
いわゆる政略結婚である両親だが、仲は良い。
特に父の方は、シュエットでさえ目を逸らしたくなるような溺愛ぶりで、母に対する愛情は娘たちの比ではないと思っている。
没落寸前とはいえ貴族として育ってきた母は、結婚後も貴族としての精神が抜けない。
結婚する順番を気にするのは、そのせいだ。
ちょっと裕福な一般人として生きてきたシュエットには、理解できない決まりである。
(結婚したい人が、結婚したい時に、結婚すれば良いのよ)
母には悪いが、シュエットに結婚の予定はない。というか、結婚する気がない。
いつかは、とは思っているが、恋愛結婚を夢見る彼女には、まだ恋人すらいないのだ。
「結婚……結婚、ねぇ……」
ボソボソと呟きながら、寝室の窓を開ける。
心地よい春の宵の風が部屋の中へ吹いてきて、シュエットの前髪を揺らした。
きつく結い上げた髪をほどくと、長い髪がふわりと風になびく。緩やかに波打つ髪を指で梳きながら、シュエットは物憂げにため息を吐いた。
楽しげな子供の声が聞こえる。
つられるようにベランダから階下に目を落とすと、外食帰りらしい親子連れが仲良く手を繋いで歩いていくのが見えた。
「幸せそう……」
学校を卒業して早々に結婚した友人たちはみんな幸せそうだけれど、一方で、会えば旦那の悪口大会になるのもしばしば。
読んだ本の一節に『結婚は人生の墓場である』なんて書いてあって、結婚イコール幸せというわけでもないのだな、と幸せな結婚を夢見ていたシュエットが、ほんのちょっぴり残念な気持ちになったのは、つい最近のことである。
「でもやっぱり、幸せそうな家族を見ているといいなぁって思っちゃうわ」
たとえ、その先にあるのが旦那の悪口大会でも、墓場だとしても。
いつかは自分も、と夢見ることは自由だろう。
「多くは望まないわ。お芝居みたいな身分違いの恋だとか、障害のある恋だとか、そういうのはいらないの。ゆっくりと穏やかで、優しい家庭をつくれたら。それだけで、いいの」
だって、長女だから。
もう口癖になってしまったジンクスを言い聞かせるように呟いて、シュエットは手すりにもたれた。
──その時だった。
0
お気に入りに追加
86
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
私をもう愛していないなら。
水垣するめ
恋愛
その衝撃的な場面を見たのは、何気ない日の夕方だった。
空は赤く染まって、街の建物を照らしていた。
私は実家の伯爵家からの呼び出しを受けて、その帰路についている時だった。
街中を、私の夫であるアイクが歩いていた。
見知った女性と一緒に。
私の友人である、男爵家ジェーン・バーカーと。
「え?」
思わず私は声をあげた。
なぜ二人が一緒に歩いているのだろう。
二人に接点は無いはずだ。
会ったのだって、私がジェーンをお茶会で家に呼んだ時に、一度顔を合わせただけだ。
それが、何故?
ジェーンと歩くアイクは、どこかいつもよりも楽しげな表情を浮かべてながら、ジェーンと言葉を交わしていた。
結婚してから一年経って、次第に見なくなった顔だ。
私の胸の内に不安が湧いてくる。
(駄目よ。簡単に夫を疑うなんて。きっと二人はいつの間にか友人になっただけ──)
その瞬間。
二人は手を繋いで。
キスをした。
「──」
言葉にならない声が漏れた。
胸の中の不安は確かな形となって、目の前に現れた。
──アイクは浮気していた。
「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】
清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。
そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。
「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」
こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。
けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。
「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」
夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。
「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」
彼女には、まったく通用しなかった。
「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」
「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」
「い、いや。そうではなく……」
呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。
──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ!
と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。
※他サイトにも掲載中。
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。
木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。
そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。
ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。
そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。
こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる