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四章

104 妖精の過ち①

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 誰かの泣いている声がする。
 ペリーウィンクルはまたか、と思った。

 きっとこれは、いつもの悪夢。
 泣いているのは幼い時の自分で、祖父母と父の元婚約者に害されたのか、もしくは両親がいない寂しさから泣いているに違いない。

(きっと目を覚ましても、ヴィアベルはいない。それならこのままずっと、夢の中にいようか)

 ペリーウィンクルが再び意識を深く沈めようとしていると、涙まじりの声が彼女を呼んだ。

「ペリーウィンクル様、ペリーウィンクル様。お願いです、どうか起きてください」

 ユサユサと体を揺さぶられて意識が浮上したペリーウィンクルは、うっすらと目を開いた。

(ああ、起きちゃった)

 残念だ。このまま悪夢に身を任せていたかったのに。
 そうしたら、ヴィアベルがいないことを悲しまなくて済む。

 ぼんやりした頭でそんなことを考えていたら、声の主が焦り出した。

「ペリーウィンクル様。お願いですから、起きてください。はっ! も、もしや死んでいませんよね⁉︎」

 ふわふわした毛玉のようなものが、ペリーウィンクルの胸に押し当てられる。
 首筋にあたる感触がこそばゆい。
 ペリーウィンクルは思わず吹き出しそうになった。

「くすぐったい」

 払い除けようと、ペリーウィンクルが体を起こす。

「わあぁぁぁ!」

 こん、ころり。
 体に乗り上げていた生き物が、叫び声を上げながら転がり落ちる。
 彼女の前に、タンポポ色をした毛玉がコロリと転がった。

「おぅ、もふもふ……」

 大きさは、ペリーウィンクルの両手に収まるくらいだろうか。
 毛玉は「いてて」と言いながら、みょーんと背伸びをするように体を伸ばして、後ろ足で立った。

(かっ、かわいい~~!)

 蜂蜜色のくりくりとした目が、ペリーウィンクルを見上げる。
 小さな鼻を忙しなくヒクヒクさせるその姿は、どう見ても長いお耳のウサギさんだ。

「ああ、良かった! このまま目覚めなかったらどうしようかと思っていたのです」

 もふもふのおててを、これまたもふもふのほっぺたに押し当てて、ウサギは変顔になりながら「えへへ」と笑った。
 あざとい。だがしかし、とてもかわいい。
 さきほどまでの陰鬱な気分が吹っ飛んでしまうくらいの衝撃である。

 ペリーウィンクルは二足歩行の愛らしいウサギを前にして、プルプル震えた。
 彼女の悪い癖だ。かわいいものを前にすると、あらゆるネジが緩んでしまう。
 もしもヴィアベルがこの場にいたら、呆れていたに違いない。

「わぁぁぁ! かわいいうさちゃん、どこから来たの?」

「む! かわいいうさちゃんではないのです。わたしの名前はスヴェート。ひだまりの妖精です」

「スヴェートって……リコリス様と契約している?」

「ええ、ええ、そう通り。わたしが契約しているのはリコリスです」

「えっと。そのスヴェートは、どうして私を起こしているのかな? それに、ここはどこ? 私、部屋で寝て……」

 言いかけて、ペリーウィンクルはピタリと止まった。
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