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四章

97 親離れは唐突に②

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「ヴィアベル! あなたのせいでローズマリーお嬢様に嫌われちゃったじゃない! どうしてくれるのよ。もうあんな姿も、こんな姿も見せてもらえないわ。神絵師による美麗スチルよりも素晴らしい光景を、もう拝むことができないなんて……ひどすぎる!」

 ギャンギャンと文句を言いながら、ペリーウィンクルはヴィアベルの胸をたたいた。
 どこにでもいる女の子だが、ペリーウィンクルは庭師である。
 傍目からはポカポカとたたいているように見えても、実際はかなりのダメージがあった。
 だからヴィアベルはこっそり妖精魔法で衝撃を和らげたのだが、それに気付いたペリーウィンクルは、ますます憤った。

「素直に殴られろ、ばか!」

「先ほどから馬鹿馬鹿と。どうして私が馬鹿だと言うのだ。私にはさっぱりわからないのだが」

 煩わしげに眉を寄せるヴィアベルは、ペリーウィンクルの目には白々しく見えて仕方がない。
 もともとそういう顔だとわかっているが、怒りに身を任せているせいか、やけに鼻についた。

「ローズマリーお嬢様に、妖精王の茶会の招待状を出したでしょ!」

「ああ、出したな」

「しれっと言うな! よりにもよってソレル殿下と一緒に招待するなんて……あり得ない!」

「あり得なくはないだろう。ソレルとローズマリーは婚約しているのだから」

「そうだけど、違うの!」

「何が違う? もたもたしていたら、尻軽女にソレルを取られてしまうぞ? いや、もう遅いかもしれん……どうしてこうなるまで放っておいた。私を頼れば、もっとうまくやれたのに」

 そうじゃないと言っているのに、責めるような物言いをされて、ペリーウィンクルの怒りが頂点を超えた。

 普段ならこんなに容易く怒ったりしないのに、ヴィアベルが相手だと理性が働かない。
 さんざん甘やかされた弊害なのか、彼に対して遠慮というものがなくなっている。

 なにをしたってヴィアベルは受け入れてくれる。
 それを試すかのように、ペリーウィンクルの口は止まらない。
 頭のどこかで止まれと警鐘が鳴ったが、彼女が従うことはなかった。

「ローズマリーお嬢様は……お嬢様はねぇ、他に好きな人がいるの。だから、ソレル殿下から婚約破棄、その人と幸せになりたいのよ。このままじゃあ、お嬢様は私の両親みたいに駆け落ち婚しなくちゃならなくなるわね。ヴィアベルのせいで」

 ペリーウィンクルの口から吐き出されたとは思えない冷たい声に、ヴィアベルは反論も謝罪も忘れて黙った。
 とびきり強く、とびきり冷ややかに言われた『ヴィアベルのせいで』は、生まれ故郷の湖の水より冷たく感じる。

 ヴィアベルは、自身を構成する全てのものが、崩れていくような気がした。
 全身が氷のように冷たくなっていくのを感じながら、ヴィアベルは「ああこれが」と納得する。

 妖精は基本的に一人だ。
 だが、つがいを見つけた妖精は一人では生きられない。
 番から無視されたり、要らないと言われたりした日には死にそうになるのだ。

 誇張ではなく本当に、死にそうだった。
 人が死ぬ原因に凍死というものがあるらしいが、妖精にもあるのだろうか。聞いたこともないが。

 そもそも、番を失っても妖精は死なない。
 シナモンの父がそうであるように、番を失った妖精を待っているのは、緩やかな死である。
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