上 下
66 / 71
九章 魔法使いに見送られて旅立つ二人

65 未来に想いを馳せて

しおりを挟む
 
 ガタンという大きな音と同時に、肩を揺り動かされるような揺れを感じて、レーヴの意識がふわりと浮上した。

「んあ……」

 どうやら、うたた寝をしていたようだ。
 パカっと開いていた唇を閉じ、半目のまま暫しぼんやりしていたレーヴだったが、唐突にパチリと目を大きく見開いた。

「え……まさか、夢だったんじゃ……⁉︎」

 レーヴはギョッとした。
 今までのことを走馬灯のように夢でみて、夢と現実の区別がつかなかった。

 慌てて身を起こしたレーヴの隣で同じく眠りこけていたデュークの体がズルリと傾ぐ。レーヴは慌てて座り直した。

 絶妙なバランスを保って、二人して寄りかかり合いながら馬車の中で眠っていたようだ。
 デュークは深く眠っているのか、レーヴにもたれかかったまま、すよすよと規則正しく寝息を立てている。

 安心しきった穏やかな寝顔に、レーヴはふにゃりと柔らかな微笑みを浮かべた。
 蕩けきった甘い眼差しで、彼女は感慨深さを感じながらデュークを見つめる。

(夢じゃ、なかった)

 馬の姿で、意思疎通も出来なかった時はもう終わりかと思って泣いてしまった。
 こんなに無防備な姿を見せてくれることが、奇跡のようだ。

 額に落ちる長めの髪を、デュークの耳にかけてやる。それだけのことなのに、そう出来ることが嬉しくてたまらない。

 もう隠す必要もなくなったから、デュークは髪を切るだろうか。
 長い髪は彼をよりミステリアスに見せていたが、短い髪の彼も見てみたい。

(どんなデュークも、好きだけど)

 残っていた眠気に、くわぁと大口を開けながら欠伸を一つしたレーヴは、うっすらと浮かんだ涙を拭った。

 窓を覆うカーテンの隙間に手を差し込んでそっと外を窺うと、遠くに見慣れた王都の街並みが見える。

「時間、かかったなぁ……」

 行きは恐るべきスピードと有り得ないルートで走ったので、通常数日かかる距離を数時間で踏破するという前代未聞な強行だった。

 帰りはまったりと馬車に揺られ、途中で宿に泊まりながら丸一週間かけてロスティの王都に帰還した。

 帰路の途中、「そういうのは結婚してから」と突っぱねるレーヴに煩悩を爆発させたデュークが、町外れの教会で結婚式を強行しようとしたせいで、本来五日で戻れる距離を一週間もかけることになった。

 もちろん、二人はまだ未婚である。
 せっかく恋人になったのだから、その期間も楽しみたいとレーヴが言うので、町外れの教会では急遽、結婚式ではなく婚約式を挙げたのだ。

 レーヴはデュークが町で調達してきたリネンの白いワンピースを着て、デュークは黒に近い深緑色の礼服を着た。

 二人の前には牧師も誰もいなかった。後ろに並ぶ椅子に、参列者さえもいない。

 小さな教会で二人きり。窓に嵌められたステンドガラスを通る光を浴びながら、ひっそりと執り行う。

 これが結婚式だったら、大概の花嫁は怒るだろう。花嫁ならやはり、素敵なウエディングドレスが必須だ。そして、参列者も。

 庶民であるレーヴには婚約式など不要なものだ。
 だが、これから名を貰い、上層部に名を連ねるデュークには簡素すぎる式だったと思う。

(結婚式は、ちゃんとやろう)

 純白の衣装はデュークの黒い髪と目に映えるだろう。
 胸元を飾るブートニアは何にしようか。

 花婿衣装に想いを馳せるレーヴの隣で、デュークが本当は狸寝入りを決め込んでいるなんて、彼女は思いもしない。
 ムニャムニャしながら彼女の膝に倒れこむ方法はないだろうかと考えたり、健やかな寝息を偽装しながら、いかに早く結婚してもらえるかと算段しているなんて、気付くわけもない。

(髪を切ったら、首がスッキリするから……それなら、アスコットタイも似合いそう)

 ウキウキと可愛らしい笑みを浮かべるレーヴを、薄目を開けてこっそり見つめるデュークだが、その心の内は彼女に見せられたものじゃない。

 結婚しなくても出来る範囲はどこまでか、と至極真面目に考えていた。

 間も無く、馬車は王都に到着するだろう。

 それぞれ違うことを考えていた二人は、不意に思う。

((まずはレーヴの家でひと息つきたい))

 なんだかんだ気の合う恋人同士なのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

陛下の溺愛するお嫁様

さらさ
恋愛
こちらは【悪役令嬢は訳あり執事に溺愛される】の続編です。 前作を読んでいなくても楽しんで頂ける内容となっています。わからない事は前作をお読み頂ければ幸いです。 【内容】 皇帝の元に嫁ぐ事になった相変わらずおっとりなレイラと事件に巻き込まれるレイラを必死に守ろうとする皇帝のお話です。 ※基本レイラ目線ですが、目線変わる時はサブタイトルにカッコ書きしています。レイラ目線よりクロード目線の方が多くなるかも知れません(^_^;)

英国紳士は甘い恋の賭け事がお好き!

篠原愛紀
恋愛
『賭けは私の勝ちです。貴方の一晩をいただきます』  親の言いつけ通り生きてきた。『自分』なんて何一つ持って いない。今さら放り出されても、私は何を目標に生きていくのか分からずに途方にくれていた。 そんな私の目の前に桜と共に舞い降りたのは――……。 甘い賭け事ばかりしかけてくる、――優しくて素敵な私の未来の旦那さま? 国際ショットガンマリッジ! ―――――――――――――― イギリス人で外交官。敬語で日本語を話す金髪碧眼 David・Bruford(デイビット・ブラフォード)二十八歳。 × 地味で箱入り娘。老舗和菓子『春月堂』販売員 突然家の跡取り候補から外された舞姫。 鹿取 美麗 (かとり みれい)二十一歳。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

ハズレの姫は獣人王子様に愛されたい 〜もしかして、もふもふに触れる私の心の声は聞こえていますか?〜

五珠 izumi
恋愛
獣人の国『マフガルド』の王子様と、人の国のお姫様の物語。  長年続いた争いは、人の国『リフテス』の降伏で幕を閉じた。 リフテス王国第七王女であるエリザベートは、降伏の証としてマフガルド第三王子シリルの元へ嫁ぐことになる。 「顔を上げろ」  冷たい声で話すその人は、獣人国の王子様。 漆黒の長い尻尾をバサバサと床に打ち付け、不愉快さを隠す事なく、鋭い眼差しを私に向けている。 「姫、お前と結婚はするが、俺がお前に触れる事はない」 困ります! 私は何としてもあなたの子を生まなければならないのですっ! 訳があり、どうしても獣人の子供が欲しい人の姫と素直になれない獣人王子の甘い(?)ラブストーリーです。 *魔法、獣人、何でもありな世界です。   *獣人は、基本、人の姿とあまり変わりません。獣耳や尻尾、牙、角、羽根がある程度です。 *シリアスな場面があります。 *タイトルを少しだけ変更しました。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

辺境の娘 英雄の娘

リコピン
恋愛
魔物の脅威にさらされるイノリオ帝国。魔の森に近い辺境に育った少女ヴィアンカは、大切な人達を守るため魔との戦いに生きることを選ぶ。帝都の士官学校で出会ったのは、軍人一家の息子ラギアス。そして、かつて国を救った英雄の娘サリアリア。志を同じくするはずの彼らとの対立が、ヴィアンカにもたらしたものとは― ※全三章 他視点も含みますが、第一章(ヴィアンカ視点)→第二章(ラギアス視点)→第三章(ヴィアンカ視点)で進みます ※直接的なものはありませんが、R15程度の性的表現(セクハラ、下ネタなど)を含みます ※「ざまぁ」対象はサリアリアだけです

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...