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九章 魔法使いに見送られて旅立つ二人
65 未来に想いを馳せて
しおりを挟むガタンという大きな音と同時に、肩を揺り動かされるような揺れを感じて、レーヴの意識がふわりと浮上した。
「んあ……」
どうやら、うたた寝をしていたようだ。
パカっと開いていた唇を閉じ、半目のまま暫しぼんやりしていたレーヴだったが、唐突にパチリと目を大きく見開いた。
「え……まさか、夢だったんじゃ……⁉︎」
レーヴはギョッとした。
今までのことを走馬灯のように夢でみて、夢と現実の区別がつかなかった。
慌てて身を起こしたレーヴの隣で同じく眠りこけていたデュークの体がズルリと傾ぐ。レーヴは慌てて座り直した。
絶妙なバランスを保って、二人して寄りかかり合いながら馬車の中で眠っていたようだ。
デュークは深く眠っているのか、レーヴにもたれかかったまま、すよすよと規則正しく寝息を立てている。
安心しきった穏やかな寝顔に、レーヴはふにゃりと柔らかな微笑みを浮かべた。
蕩けきった甘い眼差しで、彼女は感慨深さを感じながらデュークを見つめる。
(夢じゃ、なかった)
馬の姿で、意思疎通も出来なかった時はもう終わりかと思って泣いてしまった。
こんなに無防備な姿を見せてくれることが、奇跡のようだ。
額に落ちる長めの髪を、デュークの耳にかけてやる。それだけのことなのに、そう出来ることが嬉しくてたまらない。
もう隠す必要もなくなったから、デュークは髪を切るだろうか。
長い髪は彼をよりミステリアスに見せていたが、短い髪の彼も見てみたい。
(どんなデュークも、好きだけど)
残っていた眠気に、くわぁと大口を開けながら欠伸を一つしたレーヴは、うっすらと浮かんだ涙を拭った。
窓を覆うカーテンの隙間に手を差し込んでそっと外を窺うと、遠くに見慣れた王都の街並みが見える。
「時間、かかったなぁ……」
行きは恐るべきスピードと有り得ないルートで走ったので、通常数日かかる距離を数時間で踏破するという前代未聞な強行だった。
帰りはまったりと馬車に揺られ、途中で宿に泊まりながら丸一週間かけてロスティの王都に帰還した。
帰路の途中、「そういうのは結婚してから」と突っぱねるレーヴに煩悩を爆発させたデュークが、町外れの教会で結婚式を強行しようとしたせいで、本来五日で戻れる距離を一週間もかけることになった。
もちろん、二人はまだ未婚である。
せっかく恋人になったのだから、その期間も楽しみたいとレーヴが言うので、町外れの教会では急遽、結婚式ではなく婚約式を挙げたのだ。
レーヴはデュークが町で調達してきたリネンの白いワンピースを着て、デュークは黒に近い深緑色の礼服を着た。
二人の前には牧師も誰もいなかった。後ろに並ぶ椅子に、参列者さえもいない。
小さな教会で二人きり。窓に嵌められたステンドガラスを通る光を浴びながら、ひっそりと執り行う。
これが結婚式だったら、大概の花嫁は怒るだろう。花嫁ならやはり、素敵なウエディングドレスが必須だ。そして、参列者も。
庶民であるレーヴには婚約式など不要なものだ。
だが、これから名を貰い、上層部に名を連ねるデュークには簡素すぎる式だったと思う。
(結婚式は、ちゃんとやろう)
純白の衣装はデュークの黒い髪と目に映えるだろう。
胸元を飾るブートニアは何にしようか。
花婿衣装に想いを馳せるレーヴの隣で、デュークが本当は狸寝入りを決め込んでいるなんて、彼女は思いもしない。
ムニャムニャしながら彼女の膝に倒れこむ方法はないだろうかと考えたり、健やかな寝息を偽装しながら、いかに早く結婚してもらえるかと算段しているなんて、気付くわけもない。
(髪を切ったら、首がスッキリするから……それなら、アスコットタイも似合いそう)
ウキウキと可愛らしい笑みを浮かべるレーヴを、薄目を開けてこっそり見つめるデュークだが、その心の内は彼女に見せられたものじゃない。
結婚しなくても出来る範囲はどこまでか、と至極真面目に考えていた。
間も無く、馬車は王都に到着するだろう。
それぞれ違うことを考えていた二人は、不意に思う。
((まずは私の家でひと息つきたい))
なんだかんだ気の合う恋人同士なのだった。
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