上 下
65 / 71
九章 魔法使いに見送られて旅立つ二人

64 胸を彩るは二人の想い②

しおりを挟む
(ぴゃぁぁぁぁ)

 思わず奇声を上げてしまうくらいのこの気持ちは、どこへぶつければ良いのだろう。
 ベッドに飛び込んで枕に顔を押し付け、思う存分叫べば良いのか。それとも、恥ずかしさに熱を帯びる体でジタバタと暴れたら良いのか。

 どちらにしても、今すぐベッドに飛び込みたい。デュークの膝では落ち着くこともままならないのだ。

 レーヴがこんなだというのに、デュークはぽやぽやと幸せそうなオーラを出して微笑んでいる。
 腕の中に収まるレーヴをぎゅうぎゅうと抱きしめ、「ふふっ」なんて笑って、頭のネジが何本か外れてしまったのかもしれない。

 だが、締まりのない顔をさせているのが自分だと思うと、レーヴの不機嫌も続かない。
 不満げに歪んでいた唇も、ゆるゆると笑みを浮かべた。

 アハハ、ウフフと笑い合う。
 まるで、バカップルのようだ。
 今まで眉を潜めていた状態に、まさか自分が陥ろうとは。それを悪くないどころか幸せだと思ってしまうレーヴも、頭のネジが何本か外れているに違いない。

 デュークは、ようやく笑ってくれた彼女の胸元に、そっと視線を落とした。
 寛げられた胸元に、馬の紋様が見える。
 自分のせいで浮かぶことになったものだが、デュークは面白くなかった。
 彼女が傷ついたことが、悲しい。まるで自分の所有印のような痣が、彼女を縛り付けているようにも思えた。

「これ……」

 そっと指を這わせると、レーヴの肩がピクリと跳ねる。抱きしめる腕を緩めて、彼女の顔を覗き込んだ。

「痣?もう、痛くないよ」

 安心させようとしているのだろう。レーヴは、気遣わしげに笑う。
 そしてそっと痣を撫でるその顔は、どこか満足そうにも見えた。呪いの証であるそれを、彼女は勲章のように思ってるらしい。堂々として、恥じている様子はなかった。

 けれど、デュークはその証が嫌でたまらなかった。
 なんとか消せないかと昨夜こっそり頑張ってみたが、禁呪であるそれが消えることはなかった。

「ここに、キスをしてもいいかな?」

 昨夜されたことを思えば、それくらいはなんてことはなかったから、レーヴはあっさり「いいよ」と答えた。「でも一回だけね?」と釘をさすことも忘れない。

 もとより一回きりのつもりだったデュークは、おとなしく頷いてレーヴの胸元に唇を寄せた。痣の部分は過敏になっているのか、唇が触れるとレーヴは小さな声を漏らす。

 ゆっくりと唇を押し付け、デュークは目を閉じた。脳裏に、彼女のために咲かせたミルクティー色の小さな薔薇を思い浮かべる。

 解呪が出来ないなら、デザインを変えるまでである。
 馬だけの紋様がデュークの所有印のように思えるならば、レーヴをイメージした紋様を加えれば良い。
 そうすれば、忌まわしい呪いの証もレーヴとデューク、二人の記念になる気がするのだ。

 デュークは魔術を使い、少しだけ干渉することにした。
 この呪いはデュークとレーヴの命を繋ぐものである。関係者であるデュークがデザインを足すくらいは問題がない。

 馬の紋様に薔薇の紋様を組み合わせたそれは、ステンドグラスのデザインのように美しい。
 一見すると貴族の紋章のようなそれは、後にオロバス家の紋章となるのだが、それはまだ先の話である。

 唇を離すと、痣が変わっていた。
 不思議そうに見つめてくるレーヴに、デュークは苦笑いを浮かべる。

「こういうのは、嫌い?」

「ううん、綺麗」

 嬉しそうに頰を緩めて痣を眺めるレーヴに、デュークはそっと安堵した。

 レーヴは、デュークが胸の痣に責任を感じていることを察していた。
 いつかこの痣を見ながら「こんなこともあったね」と笑い合えれば良い。そう思っていたが、思わぬサプライズに愛しさが溢れそうだ。

 胸を彩る薔薇の紋様は、とても美しい。どんな彫り師だって、こんな精巧なデザインを刻むことは出来ないだろう。

 この気持ちを伝えたくて、レーヴはデュークの頰を引き寄せると唇を押し付けた。
 一回、二回と続けるうちに、デュークがモゾモゾし始める。どうしてなのか思い至ったレーヴは、わざと焦らすように頰にキスをし続けた。

「ねぇ、レーヴ……」

「なぁに?デューク」

「キス、させて」

「しているでしょう?」

「分かっていて、言ってるよね?」

「もちろん」

 クスクスとレーヴは笑う。
 デュークはそんな彼女が小悪魔のようだと思った。

 純粋で初心だと思っていた彼女は、次々に違う面を見せてくれる。
 これからデュークは、彼女の新たな一面を知っていくのだろう。知っていくだけじゃ足りなくて、探してしまうかもしれない。

 そうして彼女の全てを愛して生きていく。それは、とても幸せな日々だろう。

「振り回されるんだろうな」

「そう?」

 ガタリと馬車が揺れる。
 傾くレーヴの体を支えるついでに、デュークは彼女の唇にキスを落とした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

陛下の溺愛するお嫁様

さらさ
恋愛
こちらは【悪役令嬢は訳あり執事に溺愛される】の続編です。 前作を読んでいなくても楽しんで頂ける内容となっています。わからない事は前作をお読み頂ければ幸いです。 【内容】 皇帝の元に嫁ぐ事になった相変わらずおっとりなレイラと事件に巻き込まれるレイラを必死に守ろうとする皇帝のお話です。 ※基本レイラ目線ですが、目線変わる時はサブタイトルにカッコ書きしています。レイラ目線よりクロード目線の方が多くなるかも知れません(^_^;)

逆襲のグレイス〜意地悪な公爵令息と結婚なんて絶対にお断りなので、やり返して婚約破棄を目指します〜

シアノ
恋愛
伯爵令嬢のグレイスに婚約が決まった。しかしその相手は幼い頃にグレイスに意地悪をしたいじめっ子、公爵令息のレオンだったのだ。レオンと結婚したら一生いじめられると誤解したグレイスは、レオンに直談判して「今までの分をやり返して、俺がグレイスを嫌いになったら婚約破棄をする」という約束を取り付ける。やり返すことにしたグレイスだが、レオンは妙に優しくて……なんだか溺愛されているような……? 嫌われるためにレオンとデートをしたり、初恋の人に再会してしまったり、さらには事件が没発して── さてさてグレイスの婚約は果たしてどうなるか。 勘違いと鈍感が重なったすれ違い溺愛ラブ。

王様とお妃様は今日も蜜月中~一目惚れから始まる溺愛生活~

花乃 なたね
恋愛
貴族令嬢のエリーズは幼いうちに両親を亡くし、新たな家族からは使用人扱いを受け孤独に過ごしていた。 しかし彼女はとあるきっかけで、優れた政の手腕、更には人間離れした美貌を持つ若き国王ヴィオルの誕生日を祝う夜会に出席することになる。 エリーズは初めて見るヴィオルの姿に魅せられるが、叶わぬ恋として想いを胸に秘めたままにしておこうとした。 …が、エリーズのもとに舞い降りたのはヴィオルからのダンスの誘い、そしてまさかの求婚。なんとヴィオルも彼女に一目惚れをしたのだという。 とんとん拍子に話は進み、ヴィオルの元へ嫁ぎ晴れて王妃となったエリーズ。彼女を待っていたのは砂糖菓子よりも甘い溺愛生活だった。 可愛い妻をとにかくベタベタに可愛がりたい王様と、夫につり合う女性になりたいと頑張る健気な王妃様の、好感度最大から始まる物語。 ※1色々と都合の良いファンタジー世界が舞台です。 ※2直接的な性描写はありませんが、情事を匂わせる表現が多々出てきますためご注意ください。

英国紳士は甘い恋の賭け事がお好き!

篠原愛紀
恋愛
『賭けは私の勝ちです。貴方の一晩をいただきます』  親の言いつけ通り生きてきた。『自分』なんて何一つ持って いない。今さら放り出されても、私は何を目標に生きていくのか分からずに途方にくれていた。 そんな私の目の前に桜と共に舞い降りたのは――……。 甘い賭け事ばかりしかけてくる、――優しくて素敵な私の未来の旦那さま? 国際ショットガンマリッジ! ―――――――――――――― イギリス人で外交官。敬語で日本語を話す金髪碧眼 David・Bruford(デイビット・ブラフォード)二十八歳。 × 地味で箱入り娘。老舗和菓子『春月堂』販売員 突然家の跡取り候補から外された舞姫。 鹿取 美麗 (かとり みれい)二十一歳。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

辺境の娘 英雄の娘

リコピン
恋愛
魔物の脅威にさらされるイノリオ帝国。魔の森に近い辺境に育った少女ヴィアンカは、大切な人達を守るため魔との戦いに生きることを選ぶ。帝都の士官学校で出会ったのは、軍人一家の息子ラギアス。そして、かつて国を救った英雄の娘サリアリア。志を同じくするはずの彼らとの対立が、ヴィアンカにもたらしたものとは― ※全三章 他視点も含みますが、第一章(ヴィアンカ視点)→第二章(ラギアス視点)→第三章(ヴィアンカ視点)で進みます ※直接的なものはありませんが、R15程度の性的表現(セクハラ、下ネタなど)を含みます ※「ざまぁ」対象はサリアリアだけです

処理中です...