上 下
62 / 71
九章 魔法使いに見送られて旅立つ二人

61 呪いの代償②

しおりを挟む
 ラウムは呪文を唱えるだけで良いと言っていた。まさか、こんなに苦しいなんて思いもしなかった。
 やはり、先人の言うことは聞くべきだった。悪魔の呪いは恐ろしいものだと、レーヴは身をもって知らしめられる。

 その一方で、呪文が短くて良かったとも思った。術によっては本一冊分の詠唱が必要なものもあると聞く。こんな痛みを抱えながら唱え続けるなんて、どんなにデュークが好きでも出来なかったかもしれない。

「レーヴ!」

 どれくらいそうしていたのか。長かったような気もするし、ほんの数秒だったような気もする。
 怒鳴り声に、遠退いていた意識が浮上した。

 胸の痛みは引き、わずかに熱を持っているようだ。
 躊躇いながらゆっくりと深呼吸しても、痛みは感じない。

 地面に投げ出していた体が、そっと抱き上げられた。
 大事なものを扱う丁寧な手つきに、思わず笑みが浮かぶ。

 頭の上から足の先までくまなく観察された。
 それから、おもむろに着ていた軍服の胸元を寛げられる。手際が良すぎて、恥ずかしさも感じないくらいだ。

「あぁ……」

 見たくないものを見てしまったように、デュークの薄い唇から吐息が漏れた。

 デュークの視線を辿り、レーヴも視線を移す。
 左胸の心臓の上に、奇妙な痣が浮かんでいるのが見えた。チェスのナイトを模したような刻印だ。赤い肌が痛々しい。

 自分のことながら、痛そうだとレーヴは思った。
 見た目ほど、痛みはない。ただ、過敏にはなっているようだ。風が肌を撫でる感触が、やけに気になる。

 けれど、これくらいで済んで良かったのかもしれない。
 魔術を使えないはずのレーヴが、こうして呪いをかけたのだ。きっと、理を大きく逸脱する行為に違いない。

 レーヴは生きているし、デュークも生きている。
 それだけで、大成功な気がする。

「大丈夫、だよ?」

 ゆっくりと手を持ち上げて、デュークの頰を撫でる。
 つるりとした、人の肌。
 手を滑らせて輪郭を確かめると、髪に埋もれた、今までの彼には無かったものを見つけた。

「はは……出来ちゃった」

 むぎゅむぎゅと見つけたものを摘む。肌色をしたそれは、どう見てもレーヴの持つものと同じに見える。

「馬鹿!なにが、出来ちゃった、だ!一体誰に聞いた?こんな、死ぬかもしれない……禁呪だぞ⁈」

 デュークは見たことがないくらい怒っているようだ。紳士らしさのかけらもない。
 言葉遣いも余裕がないし、粗野さが滲んでいる。

「怒ってるデュークも、好きだなぁ」

「なに呑気なこと言ってる!」

「だって、好きなんだもの」

 ヘラリと力なく笑えば、デュークの目が更に吊り上がった。馬なのに、狐みたいだ。

「だからって、こんな……」

 ヘラヘラと笑い続けるレーヴに、デュークの怒りも続かない。
 だんだんとその目からは怒り消え、涙が浮かぶ。

「大丈夫だよ、デューク。痛かったけど……大丈夫。生きてる」

 証明するように頰を撫でたら、縋るように手を握られる。
 デュークの手は、震えていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

陛下の溺愛するお嫁様

さらさ
恋愛
こちらは【悪役令嬢は訳あり執事に溺愛される】の続編です。 前作を読んでいなくても楽しんで頂ける内容となっています。わからない事は前作をお読み頂ければ幸いです。 【内容】 皇帝の元に嫁ぐ事になった相変わらずおっとりなレイラと事件に巻き込まれるレイラを必死に守ろうとする皇帝のお話です。 ※基本レイラ目線ですが、目線変わる時はサブタイトルにカッコ書きしています。レイラ目線よりクロード目線の方が多くなるかも知れません(^_^;)

英国紳士は甘い恋の賭け事がお好き!

篠原愛紀
恋愛
『賭けは私の勝ちです。貴方の一晩をいただきます』  親の言いつけ通り生きてきた。『自分』なんて何一つ持って いない。今さら放り出されても、私は何を目標に生きていくのか分からずに途方にくれていた。 そんな私の目の前に桜と共に舞い降りたのは――……。 甘い賭け事ばかりしかけてくる、――優しくて素敵な私の未来の旦那さま? 国際ショットガンマリッジ! ―――――――――――――― イギリス人で外交官。敬語で日本語を話す金髪碧眼 David・Bruford(デイビット・ブラフォード)二十八歳。 × 地味で箱入り娘。老舗和菓子『春月堂』販売員 突然家の跡取り候補から外された舞姫。 鹿取 美麗 (かとり みれい)二十一歳。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

辺境の娘 英雄の娘

リコピン
恋愛
魔物の脅威にさらされるイノリオ帝国。魔の森に近い辺境に育った少女ヴィアンカは、大切な人達を守るため魔との戦いに生きることを選ぶ。帝都の士官学校で出会ったのは、軍人一家の息子ラギアス。そして、かつて国を救った英雄の娘サリアリア。志を同じくするはずの彼らとの対立が、ヴィアンカにもたらしたものとは― ※全三章 他視点も含みますが、第一章(ヴィアンカ視点)→第二章(ラギアス視点)→第三章(ヴィアンカ視点)で進みます ※直接的なものはありませんが、R15程度の性的表現(セクハラ、下ネタなど)を含みます ※「ざまぁ」対象はサリアリアだけです

【完結】巻き戻してとお願いしたつもりだったのに、転生?そんなの頼んでないのですが

金峯蓮華
恋愛
 神様! こき使うばかりで私にご褒美はないの! 私、色々がんばったのに、こんな仕打ちはないんじゃない?   生き返らせなさいよ! 奇跡とやらを起こしなさいよ! 神様! 聞いているの?  成り行きで仕方なく女王になり、殺されてしまったエデルガルトは神に時戻し望んだが、何故か弟の娘に生まれ変わってしまった。    しかもエデルガルトとしての記憶を持ったまま。自分の死後、国王になった頼りない弟を見てイライラがつのるエデルガルト。今度は女王ではなく、普通の幸せを手に入れることができるのか? 独自の世界観のご都合主義の緩いお話です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...