上 下
36 / 71
七章 所詮は軍人、姫になどなれません

36 少女よ、優秀な軍人たれ

しおりを挟む
「罪滅ぼしのつもり……?」

 レーヴにナイフを投げた、その謝罪の代わりだろうか。

「ううん、違う」

 けれどレーヴは、そんな憶測を瞬時に消し去った。

 普段のジョージなら、こんな雑な助け方はしないはずだ。なんだかんだ彼は真面目なのである。石橋を叩いて渡るタイプの男だ。レーヴを助け出すなら、用意周到に準備してから来るはず。

 叫ぶジョージの様子は尋常じゃなかった。レーヴは彼があんなに取り乱す顔を見たことがない。

「それだけ、事態は深刻だということ」

 レーヴは扉から一歩後退ると、一呼吸した。そうすると、逆上せていた頭が冷静さを取り戻していく。

(ジョージは何を訴えていた?)

「急いで部隊に戻れ」

 そうだ。ジョージは確かにそう言っていた。

「早馬部隊になにかあったの……?」

 レーヴの心が、不安でいっぱいになった。ジョシュアやアーニャ、他のみんなは無事だろうか。しばらく会えていない彼らに何があったのかと、胸が押しつぶされそうになる。

 ジョージはジョシュアから何か指示されたのかもしれない。早急にレーヴが必要となるようなことがーー早馬を必要とするようなことが起きたのだろう。

「戦争が始まる……?」

 早馬部隊が必要になるなんて、それくらいしかない。

 何十年も平和だったから、必要ないと思っていた。「もう郵便屋さんでいいじゃないか」なんて仲間と笑い合っていたくらいなのに。

「どうして、今!」

 本当に間が悪い。レーヴとデュークは前世で何か悪いことでもしたのだろうか。熱心な信者ではないけれど、レーヴは神を恨みたくなった。

「こんちくしょう!」

 レーヴは女性に有るまじき言葉をイライラと吐き出した。もしもここにデュークがいたら、苦笑いしながらレーヴをそっと抱き締めて遠回しに黙らせていたに違いない。手は早いが、デュークは意外と紳士なのである。

 しかし、レーヴにそんなことを考える余裕はない。狼の咆哮の如く耳に優しくない言葉を吐きながら、ダンダンと地団駄を踏んだ。

 せっかく自覚した初恋がここまで拗れるのは一体どうしてなのか。初恋は実らないなんて聞くけれど、実らせないとデュークは消滅してしまうのである。

(そんな根拠のないジンクスなんて糞食らえ!)

 とはいえ、まずは部隊に戻るのが先決だ。

 いくら仲違い中とはいえ、ジョージをこんな所に置き去りにするのも気が引けた。けれど、軍事国家で任務を無視することは死を意味する。

 わりと穏やかな国ではあるが、軍関係は容赦がない。二つ名を持つレーヴだって、吹けば飛ぶような存在なのだ。

 躊躇っている場合ではなかった。少なくとも、エカチェリーナにさえ会えればジョージの件は解決するはずだ。

(エカチェリーナにとってはジョージがここにいることが何よりの罰でしょうね)

「ジョージ、ごめんっ」

 レーヴは、扉に向かって深々と頭を下げた。そして勢いよく上げた顔に使命感を滲ませて、駆け出していく。

 スッと伸びた背は凛として美しく、靡く髪は勇ましい駿馬の尾のようだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

陛下の溺愛するお嫁様

さらさ
恋愛
こちらは【悪役令嬢は訳あり執事に溺愛される】の続編です。 前作を読んでいなくても楽しんで頂ける内容となっています。わからない事は前作をお読み頂ければ幸いです。 【内容】 皇帝の元に嫁ぐ事になった相変わらずおっとりなレイラと事件に巻き込まれるレイラを必死に守ろうとする皇帝のお話です。 ※基本レイラ目線ですが、目線変わる時はサブタイトルにカッコ書きしています。レイラ目線よりクロード目線の方が多くなるかも知れません(^_^;)

英国紳士は甘い恋の賭け事がお好き!

篠原愛紀
恋愛
『賭けは私の勝ちです。貴方の一晩をいただきます』  親の言いつけ通り生きてきた。『自分』なんて何一つ持って いない。今さら放り出されても、私は何を目標に生きていくのか分からずに途方にくれていた。 そんな私の目の前に桜と共に舞い降りたのは――……。 甘い賭け事ばかりしかけてくる、――優しくて素敵な私の未来の旦那さま? 国際ショットガンマリッジ! ―――――――――――――― イギリス人で外交官。敬語で日本語を話す金髪碧眼 David・Bruford(デイビット・ブラフォード)二十八歳。 × 地味で箱入り娘。老舗和菓子『春月堂』販売員 突然家の跡取り候補から外された舞姫。 鹿取 美麗 (かとり みれい)二十一歳。

溺れかけた筆頭魔術師様をお助けしましたが、堅実な人魚姫なんです、私は。

氷雨そら
恋愛
転生したら人魚姫だったので、海の泡になるのを全力で避けます。 それなのに、成人の日、海面に浮かんだ私は、明らかに高貴な王子様っぽい人を助けてしまいました。 「恋になんて落ちてない。関わらなければ大丈夫!」 それなのに、筆頭魔術師と名乗るその人が、海の中まで追いかけてきて溺愛してくるのですが? 人魚姫と筆頭魔術師の必然の出会いから始まるファンタジーラブストーリー。 小説家になろうにも投稿しています。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

辺境の娘 英雄の娘

リコピン
恋愛
魔物の脅威にさらされるイノリオ帝国。魔の森に近い辺境に育った少女ヴィアンカは、大切な人達を守るため魔との戦いに生きることを選ぶ。帝都の士官学校で出会ったのは、軍人一家の息子ラギアス。そして、かつて国を救った英雄の娘サリアリア。志を同じくするはずの彼らとの対立が、ヴィアンカにもたらしたものとは― ※全三章 他視点も含みますが、第一章(ヴィアンカ視点)→第二章(ラギアス視点)→第三章(ヴィアンカ視点)で進みます ※直接的なものはありませんが、R15程度の性的表現(セクハラ、下ネタなど)を含みます ※「ざまぁ」対象はサリアリアだけです

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...