上 下
152 / 153
番外編

6、仲いいな

しおりを挟む
 王宮から少し歩いた森の中に、塀が建ててあった。
 そういえば、以前から工事をしていた気がする。アフタルの管轄だから、シャールーズは関わっていなかったが。

「その中なんです。入ってください」

 アフタルに指示され、彼女を抱えたままシャールーズは塀の中に入った。
 塀は三面だけあり、残る一面は湖に面している。湖畔の近くに、広いくぼみがあった。
 くぼみの全体は、大きめの石で覆われ、その中には水が満ちている。
 池かと思ったが、よく見ると風に湯気が流されていた。

「ね、素敵でしょう? 温泉なんですよ。カイたち、騎士団の体力が余って掘っていたら、温泉が出たんですよ」
「ほう、そうだったのか」

 シャールーズは納得したが、温泉ってのはわりと深く掘らないと出ないんじゃなかったか? 故郷のシンハは火山島だったから、熱水泉や温泉もなじみがあるが。

(あいつら、どれだけ体力がありあまってんだよ)

「こっちも見てください。そのまま湖に出られるように。ほら、もう波が打ち寄せる場所なんですよ」

 アフタルは頬を上気させて、いくつかの温泉を案内してくれた。
 大小合わせて五つ。サラーマにあった公衆浴場ほどの大きさはないが、屋内の施設だった公衆浴場とは違い、空の下なので解放感がある。

「ゆくゆくは、国民のための公衆浴場も造りたいと思っています。男性、女性それぞれに分かれますが。古くからある社交場ですからね」
「それに財源にもなるしな」
「まぁ、シャールーズったら。そんな……まぁ、一つの意見として聞いておきますけど」

 施設を見せたことで、アフタルは満足したようだ。
 心配したほどには酔っていない。かといって、完全に酔いが醒めているわけでもない。
 これくらいなら平気だろ。
 
「じゃあ、戻りましょう」
「え? まさかもう終わりなのか?」

 さも、驚いたような声を、シャールーズはあえて出した。
 首を傾げるアフタル。そして警戒の色を露わにするラウル。

 うん、お前は立派な守護精霊だよ。
 アフタルを害する者が、なんであってもお前は彼女を守るだろう。

(けどな、ラウル。間違っちゃいけない。俺は例外で特例で、特別枠なんだからな)

「アフタル大公殿下」
「はい、なんでしょう?」

 シャールーズの呼びかけに、アフタルがにこやかに返事をする。

「俺、風呂に入りたくなりました」
「あらまぁ。そうですね、さっき戻ったばかりですものね。お湯も入ってますし、どうぞ。ゆっくりくつろいでくださいね」

 にこにこ。アフタルは優しい笑みを浮かべる。
 だが、それもここまでだ。

「俺、大公殿下と一緒がいいです」
「はい?」「はいー?」

 アフタルとラウルが声をそろえた。お前ら、本当に仲いいな。こちとら二日間も王宮を空けていたんだ。ちょっと嫉妬しちまうぞ。

「あ、あの。シャールーズ。冗談はよしてください」
「俺はいたって本気だが」
「無理ですよ。外ですもの」

「けど、外で入るために周囲を塀で囲ってんだろ。自然の風を感じて入るんだよな。じゃなかったら、ちゃんと建物の中に温泉を造るだろ」

 シャールーズの指摘に、アフタルは口ごもった。
 困ったようにラウルに視線を向けているが、ラウルもどう反論していいのか分からないようだ。

「あと、脱衣室が見えないけどな。湖畔で全部脱いじまっていいのか?」
「きゃー」

 ばっ! と自分の上着をとって上半身を露わにしたシャールーズを見て、アフタルが手で顔を覆う。
 うん。そんなに酔ってないな。
 けど、なんでしらふの時は、俺の裸が苦手なんだ?

「つ、作りますから。脱衣室」
「うん。そのうちな。今からじゃ間に合わない」

 逃げようとするアフタルの手首を、シャールーズは掴んだ。ラウルが二人の間に割って入って来たが、それを睨みつける。

「なんだ、ラウル。お前もアフタルと一緒に風呂に入りたいのか?」
「まさか! 失礼なことを言わないでください」
「じゃーあ、外で待ってるんだな。ちゃんとアフタルのことは俺が守るから。なんせ、元守護精霊だからな。任せておけ」

 不満顔のラウルの背中を、シャールーズは押して追い出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大嫌いな後輩と結婚することになってしまった

真咲
BL
「レオ、お前の結婚相手が決まったぞ。お前は旦那を誑かして金を奪って来い。その顔なら簡単だろう?」 柔和な笑みを浮かべる父親だが、楯突けばすぐに鞭でぶたれることはわかっていた。 『金欠伯爵』と揶揄されるレオの父親はギャンブルで家の金を食い潰し、金がなくなると娘を売り飛ばすかのように二回りも年上の貴族と結婚させる始末。姉達が必死に守ってきたレオにも魔の手は迫り、二十歳になったレオは、父に大金を払った男に嫁ぐことになった。 それでも、暴力を振るう父から逃げられることは確かだ。姉達がなんだかんだそうであるように、幸せな結婚生活を送ることだって── 「レオ先輩、久しぶりですね?」 しかし、結婚式でレオを待っていたのは、大嫌いな後輩だった。 ※R18シーンには★マーク

皇帝(実の弟)から悪女になれと言われ、混乱しています!

魚谷
恋愛
片田舎の猟師だった王旬果《おうしゅんか》は 実は先帝の娘なのだと言われ、今上皇帝・は弟だと知らされる。 そしていざ都へ向かい、皇帝であり、腹違いの弟・瑛景《えいけい》と出会う。 そこで今の王朝が貴族の専横に苦しんでいることを知らされ、形の上では弟の妃になり、そして悪女となって現体制を破壊し、再生して欲しいと言われる。 そしてこの国を再生するにはまず、他の皇后候補をどうにかしないといけない訳で… そんな時に武泰風(ぶたいふう)と名乗る青年に出会う。 彼は狼の魁夷(かいい)で、どうやら旬果とも面識があるようで…?

私の恋人はイケメン妖なので、あなた達とは次元が違います!

つきの しおり
恋愛
私の名前は桃原 姫(ももはら ひめ)、16歳。 見て分かる通り、私は「姫」と名付けられたけど、性格はお世辞にもお姫様みたいにお淑やかとは言えない。 だからこの名前で揶揄われることも少なくなかった。 ーー『もっと可愛くお淑やかにできねぇの?』 ーー『姫って呼ぶの、恥ずかしいよなぁー。』 ーー『名前負けにも程があるだろ。そんな性格じゃ恋人なんてできねぇよ!』 悲しくて、悔しくて、名前で呼ばれる事が嫌になった。 でも、このまま言われっぱなしはもっと嫌! いつかイイ男を捕まえて、私を否定した奴らを絶対に見返してやる! …とまぁそんな訳で、学校の男子達とは間違っても恋なんか生まれる事は無かった。 でもついに、私にも好きな人ができたの! 誰もが羨む程の超イケメンで、ちょっと意地悪だけどドキドキさせてくれる、 『律(りつ)』という妖にーー。 ※この物語はフィクションです。実在の人物、国、団体には一切関係ございません。 ※名前に関して中傷している描写がありますが、蔑視している訳ではございません。ご理解頂けた上でお読み頂きますようお願い致します。 ※3/22タイトル変更しました。元「姫の初恋物語」

菊松と兵衛

七海美桜
BL
陰間茶屋「松葉屋」で働く菊松は、そろそろ引退を考えていた。そんな折、怪我をしてしまった菊松は馴染みである兵衛に自分の代わりの少年を紹介する。そうして、静かに去ろうとしていたのだが…。※一部性的表現を暗喩している箇所はありますので閲覧にはお気を付けください。

壊れた番の直し方

おはぎのあんこ
BL
Ωである栗栖灯(くりす あかり)は訳もわからず、山の中の邸宅の檻に入れられ、複数のαと性行為をする。 顔に火傷をしたΩの男の指示のままに…… やがて、灯は真実を知る。 火傷のΩの男の正体は、2年前に死んだはずの元番だったのだ。 番が解消されたのは響一郎が死んだからではなく、Ωの体に変わっていたからだった。 ある理由でαからΩになった元番の男、上天神響一郎(かみてんじん きょういちろう)と灯は暮らし始める。 しかし、2年前とは色々なことが違っている。 そのため、灯と険悪な雰囲気になることも… それでも、2人はαとΩとは違う、2人の関係を深めていく。 発情期のときには、お互いに慰め合う。 灯は響一郎を抱くことで、見たことのない一面を知る。 日本にいれば、2人は敵対者に追われる運命… 2人は安住の地を探す。 ☆前半はホラー風味、中盤〜後半は壊れた番である2人の関係修復メインの地味な話になります。 注意点 ①序盤、主人公が元番ではないαたちとセックスします。元番の男も、別の女とセックスします ②レイプ、近親相姦の描写があります ③リバ描写があります ④独自解釈ありのオメガバースです。薬でα→Ωの性転換ができる世界観です。 表紙のイラストは、なと様(@tatatatawawawaw)に描いていただきました。

自分勝手な側妃を見習えとおっしゃったのですから、わたくしの望む未来を手にすると決めました。

Mayoi
恋愛
国王キングズリーの寵愛を受ける側妃メラニー。 二人から見下される正妃クローディア。 正妃として国王に苦言を呈すれば嫉妬だと言われ、逆に側妃を見習うように言わる始末。 国王であるキングズリーがそう言ったのだからクローディアも決心する。 クローディアは自らの望む未来を手にすべく、密かに手を回す。

【完結】入れ替わった双子の伯爵令息は、優美で獰猛な獣たちの巣食う復讐の檻に囚われる

.mizutama.
BL
『僕は殺された。 この世でたった一人の弟である君に、僕は最初で最後のお願いをしたい。 僕を殺した犯人を、探し出してくれ。 ――そして、復讐して欲しい』 山間の小さな村でひっそりと暮らしていた、キース・エヴァンズ。 存在すら知らされていなかった双子の兄、伯爵令息のルイ・ダグラスの死をきっかけに、キースは兄としての人生を歩むことになる。 ――視力を取り戻したキースが見た、兄・ルイが生きてきた世界は、憎悪と裏切りに満ちていた……。 美しき執事、幼馴染、従兄弟、王立学院のライバルたち……。 「誰かが『僕』を殺した」 双子の兄・ルイからのメッセージを受け取ったキースは「ルイ・ダグラス」となり、兄を殺害した真犯人を見つけだすことを誓う。 ・・・・・・・・・・・・ この作品は、以前公開していた作品の設定等を大幅に変更して改稿したものです。 R18シーンの予告はありません。タグを確認して地雷回避をお願いします。

婚約破棄された公爵令嬢は流浪の皇太子に愛される。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 モンザーマー王国の選帝公の位を望む王弟は、四大選帝公の一つティッチフィールド公爵家の令嬢に誑かされた王太子ウェルズと結託し、選帝公ダファリン公爵家に謀叛の罪を着せて令嬢マーリアとの婚約を破棄した上で処刑しようとした。

処理中です...