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番外編
1、ひん剥かれるのでしょうか
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「あちゃー!」
アフタルさまの侍女であるミーリャの声が、王宮の廊下に響き渡った。ラウルは眉をひそめた。
パラティア大公国の王宮は、かつてのサラーマ王国の離宮をそのまま使用している。
なので手狭ではあるのだが、なにしろ小さな新興国なのでとくに問題はない。
問題は、ミーリャの言葉遣いだ。
「なんですか、あちゃーって。カシアの方言ですか」
ラウルは冷ややかな視線をミーリャに向けた。もっとも効果がないのは知っているが。
「方言じゃないわよ。使うでしょ、普通」
「いいえ」
「おっかしいなぁ」
元は隣国カシアの王女とも思えぬ荒っぽさ。王女にしても侍女にしても相応しいとは思えない。
「で、なにが『あちゃー』なのですか?」
「あ、そうそう。あのさー、実はさっきアフタルさまに午後のお菓子をお持ちしたのよ」
「特に問題があるとは思えませんが」
「いやー、ラウル。あんたはそう言ってくれるから助かるわ」
「ええ、私は大公配殿下ほど心が狭くはありませんから」
今は共同君主となった兄(……とは、認めたくはないけれど)にも等しい存在のシャールーズは、大公配殿下としてサラーマの王都を訪れている。
確かそろそろ戻って来るはずだ。
「じゃ、問題なしってことで」
「お待ちなさい。話は終わっていません」
その場を立ち去ろうとするミーリャの肩を、ラウルは掴んだ。「たいしたことないのにぃ」と、そっぽを向く彼女に理由を問い詰める。
そもそも、目を逸らすところが怪しい。下手くそな口笛を吹くところも、存分に怪しい。
「……今日もまた失敗をしたと、カイに伝えますよ」
「うっ。それだけは」
ミーリャは観念したのか、うなだれた。彼女は恋人のカイの前では大人ぶるくせがあるようで、こうした駆け引きにはもってこいだ。もっともミーリャはそれに気づいていないようだし、教えるつもりもないが。
「さっきアフタルさまにお持ちしたお菓子がねー」
「それは聞きました」
「バブカだったのよ。あ、ちゃんと生クリームも添えてね。おいしそうだったわよ」
「バブカとは?」
そもそも食事をしないラウルは、菓子の名前を聞いてもぴんとこない。生クリームというのが、白いふわっとした塊というのは分かるのだが。
「固めに焼いたケーキに、サクランボ酒のシロップをたっぷりとしみこませてね。そう、少し押さえたらシロップがぼたぼたこぼれるくらいにね。ここの料理人の作るお菓子って、おいしいのよ」
「ほぅ、サクランボ酒のシロップ……」
ラウルは自分が口にした言葉に、顔面が蒼白になった。
酒ということは、酒精が入っているではないか。それをあの方の口に……。
「い、今。シャールーズはいないんですよ」
「そうなのよー。困っちゃたね」
そんな気楽に言われても困る。
酒に弱いアフタルは、酔うとご陽気になるというか、夫のシャールーズの服がひん剥かれているところを、何度か目撃したことがある。
恐ろしい。
普段は落ち着いていて、優しいあの方の豹変が。
「しょうがないわねー、お水でも持っていこうかな」
「ミーリャ。あなた、ひん剥かれますよ」
「……なんで?」
しばし辺りに沈黙が漂った。ミーリャはにやにやと妙な笑みを浮かべると、ラウルの肩を指で小突いた。
「うん、そうね。あたしじゃなくて、主に水を届けるのはあんたの仕事だわ。ラウル」
アフタルさまの侍女であるミーリャの声が、王宮の廊下に響き渡った。ラウルは眉をひそめた。
パラティア大公国の王宮は、かつてのサラーマ王国の離宮をそのまま使用している。
なので手狭ではあるのだが、なにしろ小さな新興国なのでとくに問題はない。
問題は、ミーリャの言葉遣いだ。
「なんですか、あちゃーって。カシアの方言ですか」
ラウルは冷ややかな視線をミーリャに向けた。もっとも効果がないのは知っているが。
「方言じゃないわよ。使うでしょ、普通」
「いいえ」
「おっかしいなぁ」
元は隣国カシアの王女とも思えぬ荒っぽさ。王女にしても侍女にしても相応しいとは思えない。
「で、なにが『あちゃー』なのですか?」
「あ、そうそう。あのさー、実はさっきアフタルさまに午後のお菓子をお持ちしたのよ」
「特に問題があるとは思えませんが」
「いやー、ラウル。あんたはそう言ってくれるから助かるわ」
「ええ、私は大公配殿下ほど心が狭くはありませんから」
今は共同君主となった兄(……とは、認めたくはないけれど)にも等しい存在のシャールーズは、大公配殿下としてサラーマの王都を訪れている。
確かそろそろ戻って来るはずだ。
「じゃ、問題なしってことで」
「お待ちなさい。話は終わっていません」
その場を立ち去ろうとするミーリャの肩を、ラウルは掴んだ。「たいしたことないのにぃ」と、そっぽを向く彼女に理由を問い詰める。
そもそも、目を逸らすところが怪しい。下手くそな口笛を吹くところも、存分に怪しい。
「……今日もまた失敗をしたと、カイに伝えますよ」
「うっ。それだけは」
ミーリャは観念したのか、うなだれた。彼女は恋人のカイの前では大人ぶるくせがあるようで、こうした駆け引きにはもってこいだ。もっともミーリャはそれに気づいていないようだし、教えるつもりもないが。
「さっきアフタルさまにお持ちしたお菓子がねー」
「それは聞きました」
「バブカだったのよ。あ、ちゃんと生クリームも添えてね。おいしそうだったわよ」
「バブカとは?」
そもそも食事をしないラウルは、菓子の名前を聞いてもぴんとこない。生クリームというのが、白いふわっとした塊というのは分かるのだが。
「固めに焼いたケーキに、サクランボ酒のシロップをたっぷりとしみこませてね。そう、少し押さえたらシロップがぼたぼたこぼれるくらいにね。ここの料理人の作るお菓子って、おいしいのよ」
「ほぅ、サクランボ酒のシロップ……」
ラウルは自分が口にした言葉に、顔面が蒼白になった。
酒ということは、酒精が入っているではないか。それをあの方の口に……。
「い、今。シャールーズはいないんですよ」
「そうなのよー。困っちゃたね」
そんな気楽に言われても困る。
酒に弱いアフタルは、酔うとご陽気になるというか、夫のシャールーズの服がひん剥かれているところを、何度か目撃したことがある。
恐ろしい。
普段は落ち着いていて、優しいあの方の豹変が。
「しょうがないわねー、お水でも持っていこうかな」
「ミーリャ。あなた、ひん剥かれますよ」
「……なんで?」
しばし辺りに沈黙が漂った。ミーリャはにやにやと妙な笑みを浮かべると、ラウルの肩を指で小突いた。
「うん、そうね。あたしじゃなくて、主に水を届けるのはあんたの仕事だわ。ラウル」
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