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十一章

5、約束の地

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 視察とは名ばかりのお出かけ。対岸にカシアの国境の町であるオスティアがぼんやりと見える湖畔に、布が敷かれた。
 そこにアフタルとシャールーズが腰を下ろしている。
 ラウルは少しだけ離れた場所で、木にもたれるように立っている。

「ほら、湖がきれいだぞ。アフタル」

 シャールーズが声をかけても、アフタルはうつむいたままだ。
 侍女が用意してくれた飲み物を黙って飲んでいる。

「恥ずかしがることでもないだろ」
「……ちゃんと寝間着を着て寝るべきでした」
「あー、それはごめん」

 彼女の顔にかかる金髪を、シャールーズは手で払ってやった。
 アフタルはきゅっと強く瞼を閉じ、頬も耳も赤く染めていた。
 
 大公となり、結婚してから四か月。その間にも、アフタルはどんどん大人びてきた。
 年齢を重ねただけではなく、人の上に立つという自覚のせいだろう。

 だが、こんな風に時折見せてくれる初々しさが、懐かしくも好ましい。
 今のシャールーズはアフタルの夫であり、守護精霊の立場はラウルに譲っている。

 それでも、ふと思う。
 おとなしいのに気丈なお姫さまと過ごした日々は、今もずっと輝いている。
 
 泣かせても傷つけても、自分を信じてくれる。まっすぐに見つめてくれる。そんなアフタルを、嫌いになれるはずがない。

(俺の約束の地は、アフタルの隣なんだよな)

 湖を渡る風が、草を揺らした。
 青い小花をつけた草の葉が、しゃらしゃらと鈴のような音を立てて風になびく。

 シャールーズはアフタルの手を取ると、その手の甲にくちづけた。

「機嫌を直せよ。我が主」

 懐かしい呼称に、アフタルが顔を上げた。その瞳は潤み、唇は真横に引き結んでいる。

「わたくしのこと、好きですか?」
「当り前のことを訊くなよ」
「……返事になってません」
「嫌いなら、こんな風に一緒にいないだろ」

(俺はお前にみさおを立てていたんだぜ)

 口にするには恥ずかしいので、それは言葉にはしない。

「ちゃんと好きって言ってください。いつもみたいに、甘く囁いてください」
「……っ」

 思いがけない要求に、シャールーズはラウルを見遣った。
 ラウルは、こんな風に甘えてくるアフタルを見るのが初めてなのか、驚いた表情を浮かべている。

 だが、シャールーズは知っている。
 彼女が手にしたグラスの中に、レモンとミントが入っているのを確認してしまったから。
 となると、この液体は蜂蜜酒だ。

「誰だよ。酒を入れたのは」

 草の上に置かれた籠の中を見ると、紙が一枚入っていた。

 ――大公配殿下、襲われないでくださいね。

 ミーリャ! と叫ぶシャールーズの声に、木々にとまっていた鳥が一斉に飛び立った。

 パラティアは今日も平和だ。
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