138 / 153
十章
4、汚泥の中
しおりを挟む
シャールーズの言葉に、アフタルは小さくうなずいた。
眩しい太陽に照らされても、その顔色は青白く。見ているだけで、心が苦しくなる。
「退けよ。俺は急いでるんだ」
「奇遇ね。私も急いでるの」
エラはまるで飛びつくようにシャールーズに向かってきた。
けれど伸ばした手が掴んだのは、アフタルの結んだ髪だった。
「さぁ、もっときれいな花を咲かせましょうね」
「……くっ……」
痛みに、アフタルが呻き声を洩らす。
「ほら、皆が見てくれているのよ。泥の中でも清浄な花を咲かせる蓮が、サラーマの象徴。アフタル、あなたは私という汚泥の中、清らかなままでいられるかしらね」
「てめぇ、いい加減にしやがれ」
シャールーズはエラの手を払いのけると、思いきり彼女を蹴とばした。
どさり、とエラが地面に倒れた。
アフタルからしたたり落ちた水で、地面は濡れている。
「ふふ、悪い子ね」
髪や顔に泥をつけたエラが、上体を起こす。
そんな彼女を助け起こすかどうか、騎士達は顔を見合わせている。
「アフタルとシャールーズ。二人とも私には必要ないわ。もう殺しておしまいなさい」
騎士は動かない。ただ一人、アズレットが剣を構えた。
風を受ける銀の髪。そのまま突進してくる。
シャールーズはアフタルを庇い、うずくまった。
「いやです。もう、あなたを傷つけたくありません」
アフタルはシャールーズの腕から抜け出した。
「馬鹿。何してるんだ」
「伯母さまが憎いのは、わたくしだけのはず」
細い背中が、シャールーズの眼前にある。
駄目だ、自分を犠牲にしては。お前は護られるべき王女なのに。
シャールーズはアフタルの手首を掴んで、その体を引いた。
「ぎゃあああっ!」
目の前で起こっていることが、一瞬、信じられなかった。
アズレットの剣が貫いたのは、アフタルの体ではなく、エラだった。
「なにを……私を裏切ったの?」
「裏切るも何も。アフタル王女が謀反を起こすからと、近衛騎士団長たる私はあなたに仕えていたが。これは、どうやらただの私怨のようだ」
「謀反を起こしたじゃないの。剣闘士を引き入れたじゃないの」
げほっと咳きこむと、エラは口から血を吐いた。
「確かに。だが、この国の腐敗を招いたのは、カシアから出戻ったあなただ」
「……アズレット」
「楽しかったですか? 王たる器もないくせに、人形を操り、国を動かすのは。ですが、あなたのままごとに付き合わされるのは、もう御免だ」
エラの背中に突き立てた剣を、アズレットはさらに力まかせに押し込んだ。
腹部から、剣の切っ先が見えている。
ごとりと、無機質な音を立ててエラは倒れた。
見開かれたままの瞳は、もう何も映してはいない。
「エラさま、ご安心を。今更アフタル王女に仕えようなど、虫のいいことは申しません。私はただ、王宮を穢した輩を排除するだけ」
アズレットは、血に濡れた剣を見据えた。
眩しい太陽に照らされても、その顔色は青白く。見ているだけで、心が苦しくなる。
「退けよ。俺は急いでるんだ」
「奇遇ね。私も急いでるの」
エラはまるで飛びつくようにシャールーズに向かってきた。
けれど伸ばした手が掴んだのは、アフタルの結んだ髪だった。
「さぁ、もっときれいな花を咲かせましょうね」
「……くっ……」
痛みに、アフタルが呻き声を洩らす。
「ほら、皆が見てくれているのよ。泥の中でも清浄な花を咲かせる蓮が、サラーマの象徴。アフタル、あなたは私という汚泥の中、清らかなままでいられるかしらね」
「てめぇ、いい加減にしやがれ」
シャールーズはエラの手を払いのけると、思いきり彼女を蹴とばした。
どさり、とエラが地面に倒れた。
アフタルからしたたり落ちた水で、地面は濡れている。
「ふふ、悪い子ね」
髪や顔に泥をつけたエラが、上体を起こす。
そんな彼女を助け起こすかどうか、騎士達は顔を見合わせている。
「アフタルとシャールーズ。二人とも私には必要ないわ。もう殺しておしまいなさい」
騎士は動かない。ただ一人、アズレットが剣を構えた。
風を受ける銀の髪。そのまま突進してくる。
シャールーズはアフタルを庇い、うずくまった。
「いやです。もう、あなたを傷つけたくありません」
アフタルはシャールーズの腕から抜け出した。
「馬鹿。何してるんだ」
「伯母さまが憎いのは、わたくしだけのはず」
細い背中が、シャールーズの眼前にある。
駄目だ、自分を犠牲にしては。お前は護られるべき王女なのに。
シャールーズはアフタルの手首を掴んで、その体を引いた。
「ぎゃあああっ!」
目の前で起こっていることが、一瞬、信じられなかった。
アズレットの剣が貫いたのは、アフタルの体ではなく、エラだった。
「なにを……私を裏切ったの?」
「裏切るも何も。アフタル王女が謀反を起こすからと、近衛騎士団長たる私はあなたに仕えていたが。これは、どうやらただの私怨のようだ」
「謀反を起こしたじゃないの。剣闘士を引き入れたじゃないの」
げほっと咳きこむと、エラは口から血を吐いた。
「確かに。だが、この国の腐敗を招いたのは、カシアから出戻ったあなただ」
「……アズレット」
「楽しかったですか? 王たる器もないくせに、人形を操り、国を動かすのは。ですが、あなたのままごとに付き合わされるのは、もう御免だ」
エラの背中に突き立てた剣を、アズレットはさらに力まかせに押し込んだ。
腹部から、剣の切っ先が見えている。
ごとりと、無機質な音を立ててエラは倒れた。
見開かれたままの瞳は、もう何も映してはいない。
「エラさま、ご安心を。今更アフタル王女に仕えようなど、虫のいいことは申しません。私はただ、王宮を穢した輩を排除するだけ」
アズレットは、血に濡れた剣を見据えた。
0
お気に入りに追加
488
あなたにおすすめの小説
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします
天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。
側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。
それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星河由乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
もう彼女でいいじゃないですか
キムラましゅろう
恋愛
ある日わたしは婚約者に婚約解消を申し出た。
常にわたし以外の女を腕に絡ませている事に耐えられなくなったからだ。
幼い頃からわたしを溺愛する婚約者は婚約解消を絶対に認めないが、わたしの心は限界だった。
だからわたしは行動する。
わたしから婚約者を自由にするために。
わたしが自由を手にするために。
残酷な表現はありませんが、
性的なワードが幾つが出てきます。
苦手な方は回れ右をお願いします。
小説家になろうさんの方では
ifストーリーを投稿しております。
いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と
鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。
令嬢から。子息から。婚約者の王子から。
それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。
そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。
「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」
その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。
「ああ、気持ち悪い」
「お黙りなさい! この泥棒猫が!」
「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」
飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。
謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。
――出てくる令嬢、全員悪人。
※小説家になろう様でも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる