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九章
15、言えたよ
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「わたくしは、常々思っていました。他国との同盟のため、経済的な事情のために、政略結婚に頼るのは違うのではないかと」
だが、それを口にすると単なる我儘だと言われそうで。アフタルは黙っていたけれど。
「たとえカシアやウェドが侵攻しようとしても、サラーマに至るには必ずパラティア地方を通らなければなりません。ただの王領地であるよりも、あの地に建国した方が有益だと思いませんか?」
「ぼくがサラーマの王で、姉さまがパラティアの王?」
「わたくしが王というのは、おこがましいですから。なにかそれらしい称号でもあれば」
自治権があって、なおかつサラーマとの強いつながりのある国。
アフタルが考えあぐねていると、何か思いついたのか、ティルダードがパンッと手を叩いた。明るく弾ける音だった。
「大公! 位でいったら王の下で、公の上。大公が治めてる国があるって、習ったよ。パラティア大公国、どうかな」
「パラティア大公国」
その名を口にすると、あの湖を吹き抜ける風を感じた。
滞在していた期間は、そう長くはないはずなのに。さざ波の音と温い風を懐かしく感じる。
そこに、あの人がいればいいのに……と思うのは、未練なのだろうか。
ミーリャには、シャールーズの元へ向かってもらうように頼んでいる。王宮に入ってから一度も彼の姿を見ていないし、気配も感じない。
王宮内に詳しいミーリャと、偵察が得意なカイならば、きっと彼の居場所を探り出してくれるだろう。
心配していないと言えば嘘になるけれど。
自分はこれからの未来のことを現実にしていかなければならない。
「姉さま?」
「あ、ごめんなさい。少しぼうっとしていました」
「この国を二つにするの、賛成だよ。蒼氷のダイヤモンドは姉さまが持つのにふさわしいもの。だから……ラウルは、姉さまと一緒がいいんだよ」
言い終わったティルダードは、びっくりしたように口に手を当てた。
自分の口から出てきた言葉が、信じられないように。
「すごい。言えたよ。全然、ラウルの名前を言えなかったのに」
「光栄でございます、殿下」
ラウルが姿勢を正して、頭を下げる。
扉が開いたままの入り口で、ササンが優しい笑みを浮かべていた。ティルダードとラウルを見つめるその目は、とても穏やかだ。
「バカなことを言わないで!」
けたたましい足音を立てて、部屋に乗り込んできたのはエラだった。
「ササン。あなた、それでも見張りなの?」
「はて、いつのまに王女が侵入したのやら」
それは明らかな嘘だけれど。どうやらササンはエラが来たことにも気づかなかったようだ。
暢気にもほどがある。
だが、それを口にすると単なる我儘だと言われそうで。アフタルは黙っていたけれど。
「たとえカシアやウェドが侵攻しようとしても、サラーマに至るには必ずパラティア地方を通らなければなりません。ただの王領地であるよりも、あの地に建国した方が有益だと思いませんか?」
「ぼくがサラーマの王で、姉さまがパラティアの王?」
「わたくしが王というのは、おこがましいですから。なにかそれらしい称号でもあれば」
自治権があって、なおかつサラーマとの強いつながりのある国。
アフタルが考えあぐねていると、何か思いついたのか、ティルダードがパンッと手を叩いた。明るく弾ける音だった。
「大公! 位でいったら王の下で、公の上。大公が治めてる国があるって、習ったよ。パラティア大公国、どうかな」
「パラティア大公国」
その名を口にすると、あの湖を吹き抜ける風を感じた。
滞在していた期間は、そう長くはないはずなのに。さざ波の音と温い風を懐かしく感じる。
そこに、あの人がいればいいのに……と思うのは、未練なのだろうか。
ミーリャには、シャールーズの元へ向かってもらうように頼んでいる。王宮に入ってから一度も彼の姿を見ていないし、気配も感じない。
王宮内に詳しいミーリャと、偵察が得意なカイならば、きっと彼の居場所を探り出してくれるだろう。
心配していないと言えば嘘になるけれど。
自分はこれからの未来のことを現実にしていかなければならない。
「姉さま?」
「あ、ごめんなさい。少しぼうっとしていました」
「この国を二つにするの、賛成だよ。蒼氷のダイヤモンドは姉さまが持つのにふさわしいもの。だから……ラウルは、姉さまと一緒がいいんだよ」
言い終わったティルダードは、びっくりしたように口に手を当てた。
自分の口から出てきた言葉が、信じられないように。
「すごい。言えたよ。全然、ラウルの名前を言えなかったのに」
「光栄でございます、殿下」
ラウルが姿勢を正して、頭を下げる。
扉が開いたままの入り口で、ササンが優しい笑みを浮かべていた。ティルダードとラウルを見つめるその目は、とても穏やかだ。
「バカなことを言わないで!」
けたたましい足音を立てて、部屋に乗り込んできたのはエラだった。
「ササン。あなた、それでも見張りなの?」
「はて、いつのまに王女が侵入したのやら」
それは明らかな嘘だけれど。どうやらササンはエラが来たことにも気づかなかったようだ。
暢気にもほどがある。
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