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九章

14、新しい国

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「何を言うの? ティルダード」

 思わぬ提案に、アフタルは瞠目した。けれど冗談ではない証拠に、ティルダードの表情は真剣だ。

「ぼくは、エラ伯母さまの操り人形になんてなりたくない」
「それは分かるけれど。話が飛躍しているわ」
「してない」

 ティルダードは、むっとしたように頬を膨らませた。
 子どもらしいそのしぐさに、なぜかほっとする。
 ようやく、元のティルダードが戻ってきたのだと感じることが出来て。

「このサラーマは、カシアとウェドの脅威にさらされ続けてきたんだよ」
「え、ええ。そうね」
「じゃあ、もしもの仮定だけど。カシアとウェドが協定を結んだら、どうするのさ。一国だけでは何ともできないよ」

 弟の言葉に、呆気にとられた。素直な感情をぶつける彼を、子どもらしいと思ったばかりなのに。
 今のティルダードは、国を治める立場で話している。

「エラ伯母さまがカシアの王子と結婚して、両国の関係が良いかというと、別にそんなこともないでしょ?」
「嫁がれて一年ほどは、良好だったそうですが。今となっては同盟も形骸化していますね」

 無理もない。アフタルは肩をすくめた。

 形だけの政略結婚。伯母さまは、カシアでは妖婦と渾名あだなされるほど、男性を好むことで有名だったのだから。しかも現在は、サラーマに戻ってきている。

 彼女が髪を決して伸ばさないのは、夫に対する貞淑さではなく、今もなお妃殿下であることを誇示するためだろう。

「姉さま、剣闘士の助力を得たんでしょ。それは今だけのこと?」
「いいえ。彼らに安住の土地を与えようと思っています。パラティア地方に」

 事後承諾になってしまったが。大臣たちが反対したとしても、アフタルは一歩も退くつもりはなかった。
 国が混乱していても、彼らは動こうともしない。ただ遠巻きに成り行きを見ているだけだ。

 広間で矢を射かけられた時、幾人かの大臣の姿を見かけた。階段の上の衛兵の後ろに。ただ脅えるような瞳で、アフタル達を見下ろしていた。

「一国だけでは、なんともできないと言いましたよね? ティル」
「う、うん」

 アフタルは自分の閃きに、顔を輝かせた。
 そう、旧態依然として動かない人たちに頼れないのなら。自分たちで、動かしていけばいい。
 きっと賛同して協力してくれる人はいる。

「ティルダード。あなたはやはりサラーマの王になってください」
「だから、それは」

「わたくしはパラティアに国を作ります。剣闘士達と共に暮らせる国を。そうすれば、わたくし達がサラーマを守ることができます」
「姉さま」

 ティルダードは口をぽかんと開いた。
 それこそ、考えもしない思いがけぬ提案だったようだ。
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