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九章
4、囚われの身
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窓の外からは、虫の鳴く声がする。
離宮のあるパラティアよりも、王都の方が涼しい。
神殿の部屋でラウルは立ち上がると、横たわるアフタルの首元まで毛布を掛けた。
「どうぞ、ゆっくりとお休みください」
促されて、瞼を閉じる。
ひどく疲れていたらしい。アフタルはすぐに眠りに落ちた。
これが夢だと分かったのは、辺りに色がなかったからだ。
白い靄の中を、アフタルは歩いていた。
ぼんやりと見える木々の影は黒。黒と白、そしてその濃淡だけで出来ている世界。
裸足のまま歩いていると、前方に誰かが倒れていた。
「大丈夫ですか?」
アフタルは思わず駆けよった。その人は、アフタルに向かって手を伸ばしている。
靄がかかって、その人の姿ははっきりとは見えないが、輪郭から男性であることは分かった。
手を差し伸べようとしたアフタルは、瞠目した。
彼の手が鮮血で染まっていたから。
白黒の世界で、その血だけが目に痛いほどに赤い。
風が吹き、白い靄が晴れた。そこに倒れていたのは、口から血を流したシャールーズだった。
「きゃああああっ!」
自分の悲鳴で、目が覚めた。
「大丈夫ですか。アフタルさま」
ラウルがかけつけ、飛び起きたアフタルを支えてくれる。
がくがくと体が震えて、止まらない。寒いわけではないのに、寒気を感じる。
(シャールーズが……)
手で顔を覆い、きつく瞼を閉じる。思い出したくもないのに。血を吐いた彼の姿がまざまざと甦る。
「ラウル。わたくし、王宮に行かなくては」
来るなと命じられた。もう興味がない、つきまとわれると迷惑だ、とも。
「アフタルさま、今は夜中です。動くことはできません」
「でも……」
あれがただの夢とは思えない。
シャールーズにすでに嫌われているのなら、さらに嫌悪されても同じこと。
「せめて朝までお待ちください。姫さま一人を向かわせることはできませんし。ミーリャやカイも疲労がたまっているでしょう」
たしなめられて、はっとした。
そうだ、自分は王女なのだ。個人の気持ちだけで動けば、何人にも無理を強いることになる。
「分かりました。わたくしも眠って体力を残しておきます」
「あ、ありがとうございます」
自ら提案したのに、あっさりとアフタルが承諾したことを、ラウルは意外に思ったようだ。
(視界が狭くなってはいけません)
アフタルはうなずき、ベッドに横たわった。
◇◇◇
「あー、参ったぜ」
石の床にごろりと寝転がったシャールーズは、服に染み込んだ酒のにおいにうんざりしていた。
口にした毒の酒は飲みこむことなく、手首まで覆う袖の中に吐いた。
こぼれ落ちた分は、膝の上に落とした布巾に染み込ませて。
「目眩がするんだよな。あと気持ち悪ぃ 」
少しは毒を吸収してしまったのだろうか。
「っていうか、どこだよ。ここ」
小部屋なのだが。入り口にあるはずの壁はなく、代わりに金属の格子が天井から床まで嵌めてある。
鈍く痛む頭を手で押さえながら、窓から外を覗く。
「……まじぃな」
まず目に入ったのは、屋根だ。しかも上から見下ろす状態で。
見慣れた庭は遥か下方にあり、やたらと夜空が近い。門番なんてまるで昆虫のような小ささだ。
「俺、もしかして囚われの身ってヤツか?」
おいおい。普通は塔に囚われるのって、お姫さまとかじゃねぇのか?
こんな筋肉質の姫は、聞いたことがねぇ。
離宮のあるパラティアよりも、王都の方が涼しい。
神殿の部屋でラウルは立ち上がると、横たわるアフタルの首元まで毛布を掛けた。
「どうぞ、ゆっくりとお休みください」
促されて、瞼を閉じる。
ひどく疲れていたらしい。アフタルはすぐに眠りに落ちた。
これが夢だと分かったのは、辺りに色がなかったからだ。
白い靄の中を、アフタルは歩いていた。
ぼんやりと見える木々の影は黒。黒と白、そしてその濃淡だけで出来ている世界。
裸足のまま歩いていると、前方に誰かが倒れていた。
「大丈夫ですか?」
アフタルは思わず駆けよった。その人は、アフタルに向かって手を伸ばしている。
靄がかかって、その人の姿ははっきりとは見えないが、輪郭から男性であることは分かった。
手を差し伸べようとしたアフタルは、瞠目した。
彼の手が鮮血で染まっていたから。
白黒の世界で、その血だけが目に痛いほどに赤い。
風が吹き、白い靄が晴れた。そこに倒れていたのは、口から血を流したシャールーズだった。
「きゃああああっ!」
自分の悲鳴で、目が覚めた。
「大丈夫ですか。アフタルさま」
ラウルがかけつけ、飛び起きたアフタルを支えてくれる。
がくがくと体が震えて、止まらない。寒いわけではないのに、寒気を感じる。
(シャールーズが……)
手で顔を覆い、きつく瞼を閉じる。思い出したくもないのに。血を吐いた彼の姿がまざまざと甦る。
「ラウル。わたくし、王宮に行かなくては」
来るなと命じられた。もう興味がない、つきまとわれると迷惑だ、とも。
「アフタルさま、今は夜中です。動くことはできません」
「でも……」
あれがただの夢とは思えない。
シャールーズにすでに嫌われているのなら、さらに嫌悪されても同じこと。
「せめて朝までお待ちください。姫さま一人を向かわせることはできませんし。ミーリャやカイも疲労がたまっているでしょう」
たしなめられて、はっとした。
そうだ、自分は王女なのだ。個人の気持ちだけで動けば、何人にも無理を強いることになる。
「分かりました。わたくしも眠って体力を残しておきます」
「あ、ありがとうございます」
自ら提案したのに、あっさりとアフタルが承諾したことを、ラウルは意外に思ったようだ。
(視界が狭くなってはいけません)
アフタルはうなずき、ベッドに横たわった。
◇◇◇
「あー、参ったぜ」
石の床にごろりと寝転がったシャールーズは、服に染み込んだ酒のにおいにうんざりしていた。
口にした毒の酒は飲みこむことなく、手首まで覆う袖の中に吐いた。
こぼれ落ちた分は、膝の上に落とした布巾に染み込ませて。
「目眩がするんだよな。あと気持ち悪ぃ 」
少しは毒を吸収してしまったのだろうか。
「っていうか、どこだよ。ここ」
小部屋なのだが。入り口にあるはずの壁はなく、代わりに金属の格子が天井から床まで嵌めてある。
鈍く痛む頭を手で押さえながら、窓から外を覗く。
「……まじぃな」
まず目に入ったのは、屋根だ。しかも上から見下ろす状態で。
見慣れた庭は遥か下方にあり、やたらと夜空が近い。門番なんてまるで昆虫のような小ささだ。
「俺、もしかして囚われの身ってヤツか?」
おいおい。普通は塔に囚われるのって、お姫さまとかじゃねぇのか?
こんな筋肉質の姫は、聞いたことがねぇ。
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