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九章
3、神話の終焉
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その夜、アフタルは何度も寝返りを打った。
ここは女神フォルトゥーナの神殿。以前、泊めてもらった簡易宿泊所とは部屋が違う。
いや、同じ部屋で良いと言ったのだが。
神官と巫女がひざまずき、地面に額を付けるほどに頭を下げて「どうか、貴賓室をお使いください」と申し出てくれたのだ。
王宮や離宮で使っているような、大きくてふかふかのベッド。それぞれに一部屋ずつ用意してくれたが。
ラウルは、心配だからとアフタルと同じ部屋を使っている。
(前回は、これで失敗したんですよね)
神殿で聖娼にされそうになったことも、今では遠い出来事のように思える。
ラウルは「私は姫さまの護衛ですから」と、何度も神官に念押ししていた。
貴賓室に簡易ベッドを持ち込んで、ラウルは横になっている。
「姫さま、眠れませんか?」
「ええ、そうですね」
さすがに巫女と顔を合わせるのはバツが悪かったが。生憎、空いている宿もなく。
ここは遠慮するよりも、相手の後ろめたさを利用しなさい、とミーリャにたしなめられた。
蝋燭に灯された室内のには、壁画が描かれている。たわわに果実を実らせた木々、その下に憩うように座る三神。
すべて女神だ。
相当古いものらしく、色あせて剥げている部分も多い。鼻が長く、耳の大きな動物を従えている女神と、女神フォルトゥーナ。
そしてカシア側の湖畔の防衛拠点である、オスティアで見たことのある女神像と同じ姿。
ラウルは、簡易ベッドに上体を起こして、壁画の女神をじっと見つめた。
蝋燭が照らす横顔が、愁いを帯びて見える。
「これはプリミゲニアの女神たちですね」
プリミゲニア。始祖の神。
「離宮にいる時に、書物で読みました。フォルトゥーナは今も信仰が盛んですが。マグナ・マテルはこの地を去り、キュベレーは信仰そのものが失われました」
「マグナ・マテル……ですか」
「いつかこの地に戻ってくると書かれていましたよ」
アフタルが付け加えると、ラウルは柔らかな微笑を浮かべた。
「そう遠くない未来だと、よろしいのですが」
「ラウル。もしや、あなた方に生命を吹き込んだのは、マグナ・マテルなのですか?」
「はい。その名前は初めて聞きましたが。私達は、天の女主人と呼んでいました。……いえ、正確ではありませんね。私は彼女のことを『おばさま』シャールーズは『おばさん』と」
始祖の女神と、宝石の精霊たち。とても親しく、近い間柄だったのだろう。
ラウルが語っているのは、女神というよりも肉親のような関係に思えた。
「でも、どうしてこの壁画で分かったのですか? かなり劣化して判別しにくいと思いますが」
「……女神の使いが描かれています」
「はい?」
「ぱお……」
奇妙な言葉を口にしかけたラウルは、突然顔を赤らめた。蝋燭の仄かな明かりでも、はっきりと分かるほどだ。
耳まで赤い。
「いえ、すみません。間違えました。象でした」
なるほど、あの動物は象といい、さらに別名があるのだとアフタルは納得した。
「ぱお……」とは、どこかで耳にした記憶があるけれど。
あまりこの話題を続けない方がよさそうな気がして、ラウルには尋ねなかった。
天の母神がマグナ・マテルなら、地の母神はキュベレーだ。
キュベレーは両性具有であったが去勢された女神で、自らの体を刃物で傷つけることが信仰の証とされていた。
それゆえ、古い時代に信仰を禁じられたと書物には記してあった。
「精霊は、神話の時代から生き続けているのですね」
「私達四人が最後ですよ」
ラウルの声は寂しげだ。
まるで彼らが、神話が静かに終わりゆく存在そのものであるかのように。とても儚い。
ここは女神フォルトゥーナの神殿。以前、泊めてもらった簡易宿泊所とは部屋が違う。
いや、同じ部屋で良いと言ったのだが。
神官と巫女がひざまずき、地面に額を付けるほどに頭を下げて「どうか、貴賓室をお使いください」と申し出てくれたのだ。
王宮や離宮で使っているような、大きくてふかふかのベッド。それぞれに一部屋ずつ用意してくれたが。
ラウルは、心配だからとアフタルと同じ部屋を使っている。
(前回は、これで失敗したんですよね)
神殿で聖娼にされそうになったことも、今では遠い出来事のように思える。
ラウルは「私は姫さまの護衛ですから」と、何度も神官に念押ししていた。
貴賓室に簡易ベッドを持ち込んで、ラウルは横になっている。
「姫さま、眠れませんか?」
「ええ、そうですね」
さすがに巫女と顔を合わせるのはバツが悪かったが。生憎、空いている宿もなく。
ここは遠慮するよりも、相手の後ろめたさを利用しなさい、とミーリャにたしなめられた。
蝋燭に灯された室内のには、壁画が描かれている。たわわに果実を実らせた木々、その下に憩うように座る三神。
すべて女神だ。
相当古いものらしく、色あせて剥げている部分も多い。鼻が長く、耳の大きな動物を従えている女神と、女神フォルトゥーナ。
そしてカシア側の湖畔の防衛拠点である、オスティアで見たことのある女神像と同じ姿。
ラウルは、簡易ベッドに上体を起こして、壁画の女神をじっと見つめた。
蝋燭が照らす横顔が、愁いを帯びて見える。
「これはプリミゲニアの女神たちですね」
プリミゲニア。始祖の神。
「離宮にいる時に、書物で読みました。フォルトゥーナは今も信仰が盛んですが。マグナ・マテルはこの地を去り、キュベレーは信仰そのものが失われました」
「マグナ・マテル……ですか」
「いつかこの地に戻ってくると書かれていましたよ」
アフタルが付け加えると、ラウルは柔らかな微笑を浮かべた。
「そう遠くない未来だと、よろしいのですが」
「ラウル。もしや、あなた方に生命を吹き込んだのは、マグナ・マテルなのですか?」
「はい。その名前は初めて聞きましたが。私達は、天の女主人と呼んでいました。……いえ、正確ではありませんね。私は彼女のことを『おばさま』シャールーズは『おばさん』と」
始祖の女神と、宝石の精霊たち。とても親しく、近い間柄だったのだろう。
ラウルが語っているのは、女神というよりも肉親のような関係に思えた。
「でも、どうしてこの壁画で分かったのですか? かなり劣化して判別しにくいと思いますが」
「……女神の使いが描かれています」
「はい?」
「ぱお……」
奇妙な言葉を口にしかけたラウルは、突然顔を赤らめた。蝋燭の仄かな明かりでも、はっきりと分かるほどだ。
耳まで赤い。
「いえ、すみません。間違えました。象でした」
なるほど、あの動物は象といい、さらに別名があるのだとアフタルは納得した。
「ぱお……」とは、どこかで耳にした記憶があるけれど。
あまりこの話題を続けない方がよさそうな気がして、ラウルには尋ねなかった。
天の母神がマグナ・マテルなら、地の母神はキュベレーだ。
キュベレーは両性具有であったが去勢された女神で、自らの体を刃物で傷つけることが信仰の証とされていた。
それゆえ、古い時代に信仰を禁じられたと書物には記してあった。
「精霊は、神話の時代から生き続けているのですね」
「私達四人が最後ですよ」
ラウルの声は寂しげだ。
まるで彼らが、神話が静かに終わりゆく存在そのものであるかのように。とても儚い。
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