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八章

10、もちろん追いかけます

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 シャールーズが出発してから数日後、アフタルは離宮を抜け出した。

 まだ朝靄あさもやの残る白い道を、馬に乗って駆けていく。
 数少ない御者に馬車を出してもらうわけにもいかず、乗合馬車の存在も知らない王女にとっては、唯一の手段だった。
 なびく髪は、すぐにしっとりと湿り気を帯びる。

(彼一人で、どうにかなるものでもないはずです)

 近衛騎士団がついているエラに比べ、こちら側は圧倒的に人が足りない、力が足りない。

 数日前、カイも姿を消した。ミーリャは彼について多くを語らないけれど。常にそわそわしている様子を見ると、恐らくはシャールーズと共に王都へ向かったのだろう。

(カイは、彼の足手まといにはなりませんものね)

 自分が共にいれば、シャールーズはどうしてもアフタルを守らなければならない。危険な目に遭わせたくないのも理解できる。

(でも、だからといって安全な場所で、問題が解決するのを待ってなどいられません)

 ――ラウル、いらない。姉さま、いらない。

 ティルダードの最後の手紙が、今も脳裏に焼き付いている。
 アフタルは唇を噛み、馬の速度を上げた。

 一刻も早くティルダードに会わなければ。
 あの子を残して去ったのは事実。今更何を言っても、言い訳にしかならないかもしれないけれど。それでも……。

 考え事をしながら進んでいると、急に前方に光が満ちた。

「えっ、なに?」

 馬が驚いて立ち止まり、前足を高く掲げる。
 蒼と鮮やかな緑の光の粒が、渦巻くように降りてくる。

「アフタルさま。困りますね」

 朝露あさつゆのような輝きをまとわせながら、音もなく地面に降り立ったのは、ラウルだった。

「お出かけの際は、私に一言申してくださらねば」

 ばれていたのかと、アフタルは肩を落とした。
 反対されるから、黙って離宮を出てきたのに。蒼穹そうきゅう聖道せいどうを利用されたら、簡単に追いつかれてしまう。

(連れ戻されたら、監視されてしまいますね。次に抜け出すには、どうすればいいでしょうか)

 アフタルはすでに脱出方法について、考え始めた。
 なので、気付かなかった。ラウルがひらりと、馬の背に飛び乗ったことに。

「手綱は私が握りましょうか? それともアフタルさまが? 私は王都に入ってからは道がよく分かりませんが」
「ラウル?」

 それって、つまり。
 問いかける前に、ラウルはうなずいた。

「何度もあなたを阻止したり、追いかけるのも時間の無駄ですからね。さ、参りましょう」

「そーゆーことっ!」

 どさどさっ! 派手な音を立てて目の前に人が落ちてきた。
 足を踏ん張って着地する姉、ミトラ。腰には相変わらず釘つき棒を下げ、ミーリャを肩車している。
 不思議な光景だ。

 ミトラの頭にしがみついたミーリャは、目を回している。
 人の瞳が、ぐるぐると動くところを初めて見た。

「訳分かんないんですけどっ。なんで回転しながら着地するんですか? ラウルみたいに、こう『すっ』とか『ひらり』とか、降りれませんかね」

 ぼさぼさに乱れた短い髪を揺らしながら、ミーリャはどなった。

「あー、うるさい。カイって熊男がいなくなったから、びーびー泣いてたくせに。だから、あんたも連れてきてあげたのよ」
「泣いてません。失礼ですね」

 まだミトラは、ミーリャを地面に下ろそうとしない。
 姉との付き合いが長いアフタルには、大体の予想はついている。

(言ってあげた方が親切なのでしょうか? それとも黙っておいた方が、いいのでしょうか)

「あたし達は、どうやって移動するんですか? またあの変な空の道を通るんですか?」
「あたし一人であんたを飛ばせるわけないじゃない」
「じゃあ、乗合馬車を使いますか?」
「まっさかー」

 ミトラは口の端を上げて、唇をぺろりと舐めた。

(あ、これは本気状態の姉さまです)

「しっかりあたしに掴まってなさいよ。ミーリャ。振り落とされたら骨折じゃすまないわよ。あと、急には止まれないからね」
「へ?」
「行っくわよー」
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