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八章
6、国の腐敗
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カイと無言のまま別れ、シャールーズは目がちかちかする黄金の馬車に乗り込んだ。
帽子を脱がないので、向かいに座るエラの孔雀の羽根が顔や頭に触れて気持ち悪い。
というか、ワゴン内にきつい香水の匂いが充満している。くさい……これは、相当くさい。たまらずに窓を下ろして開く。
王都までは道も整っているのに、シャールーズは乗り物酔いしそうになった。
水道橋をくぐり、闘技場が見えてくる。
(仲間にちゃんと会えよ。カイ)
闘技場を見送ったシャールーズだが、以前よりも街がすさんでいるのが気になった。
ゴミを食い散らかす犬、辺りには饐えた臭いが漂っている。男性に声をかけている女は、娼婦だろう。大きく肩をはだけ胸の膨らみを強調した服を着ている。
そんな彼らも豪奢な馬車が通ると、一様に頭を下げている。
「なんかひでぇな。いろんな意味で」
「庶民は好き放題するから、統治者が必要なのよ」
「ふーん。あんたが好き放題してっから、庶民とやらが真似してんのかと思ったぜ」
闘技場からの帰りだろうか。帆船の模型をのせた派手な帽子をかぶった女性も、立ち止まって頭を下げる。趣味の悪いことだ。
「まぁ」
おほほ、と扇子で真っ赤な口許を隠しながら、エラが笑う。
「私が流行を作りだしているのは否めないわね」
「ぜんぜん褒めてねぇよ」
「あら、照れてるの? 可愛いわね」
エラがはめていた手袋を外して、シャールーズの頬を撫でた。ねっとりとしたその手つきに、背筋に悪寒が走った。
「な、なな……なんだよ、お前は!」
「ねぇ、アフタルは一緒ではないのでしょ? あんなつまらない娘の護衛なんて、飽きてしまったのかしら」
おいおい、このおばさん。アフタルと同じ年くらいの娘がいるくせして、色仕掛けかよ。
「あんたさぁ、確か未亡人だよな」
「そうね。楽しくもなんともない夫だったわ。つまらない国、堅苦しい王宮。カシアは最低ね」
孔雀の羽根の陰から、物憂げな顔が見える。年齢は四十歳ほどだろうか。若く振る舞っていても、年相応の疲労感が見て取れる。
「で、あんたにとって今のサラーマは楽しい国ってわけか?」
「ふふ、民衆が望むのは暴力と刺激、そして快楽よ。私は彼らに楽しみを与えてあげているだけ」
ああ、なるほどな。
剣闘士の戦いに、賭け事。それと普通の娼婦と神殿娼婦。熱中していると自分たちは思い込んでいるだけで、実は民衆はこのおばさんに、そう仕向けられているわけか。
夢中になるものがあれば、政治なんか気にかけやしないもんな。
鼻につく腐臭と、それを消すほどの香水。それが今のサラーマなのだろう。
(アフタルを連れてこなくて、正解だったな)
白いジャスミンの花を、汚泥で穢させたくはない。
帽子を脱がないので、向かいに座るエラの孔雀の羽根が顔や頭に触れて気持ち悪い。
というか、ワゴン内にきつい香水の匂いが充満している。くさい……これは、相当くさい。たまらずに窓を下ろして開く。
王都までは道も整っているのに、シャールーズは乗り物酔いしそうになった。
水道橋をくぐり、闘技場が見えてくる。
(仲間にちゃんと会えよ。カイ)
闘技場を見送ったシャールーズだが、以前よりも街がすさんでいるのが気になった。
ゴミを食い散らかす犬、辺りには饐えた臭いが漂っている。男性に声をかけている女は、娼婦だろう。大きく肩をはだけ胸の膨らみを強調した服を着ている。
そんな彼らも豪奢な馬車が通ると、一様に頭を下げている。
「なんかひでぇな。いろんな意味で」
「庶民は好き放題するから、統治者が必要なのよ」
「ふーん。あんたが好き放題してっから、庶民とやらが真似してんのかと思ったぜ」
闘技場からの帰りだろうか。帆船の模型をのせた派手な帽子をかぶった女性も、立ち止まって頭を下げる。趣味の悪いことだ。
「まぁ」
おほほ、と扇子で真っ赤な口許を隠しながら、エラが笑う。
「私が流行を作りだしているのは否めないわね」
「ぜんぜん褒めてねぇよ」
「あら、照れてるの? 可愛いわね」
エラがはめていた手袋を外して、シャールーズの頬を撫でた。ねっとりとしたその手つきに、背筋に悪寒が走った。
「な、なな……なんだよ、お前は!」
「ねぇ、アフタルは一緒ではないのでしょ? あんなつまらない娘の護衛なんて、飽きてしまったのかしら」
おいおい、このおばさん。アフタルと同じ年くらいの娘がいるくせして、色仕掛けかよ。
「あんたさぁ、確か未亡人だよな」
「そうね。楽しくもなんともない夫だったわ。つまらない国、堅苦しい王宮。カシアは最低ね」
孔雀の羽根の陰から、物憂げな顔が見える。年齢は四十歳ほどだろうか。若く振る舞っていても、年相応の疲労感が見て取れる。
「で、あんたにとって今のサラーマは楽しい国ってわけか?」
「ふふ、民衆が望むのは暴力と刺激、そして快楽よ。私は彼らに楽しみを与えてあげているだけ」
ああ、なるほどな。
剣闘士の戦いに、賭け事。それと普通の娼婦と神殿娼婦。熱中していると自分たちは思い込んでいるだけで、実は民衆はこのおばさんに、そう仕向けられているわけか。
夢中になるものがあれば、政治なんか気にかけやしないもんな。
鼻につく腐臭と、それを消すほどの香水。それが今のサラーマなのだろう。
(アフタルを連れてこなくて、正解だったな)
白いジャスミンの花を、汚泥で穢させたくはない。
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