101 / 153
八章
3、残された二人
しおりを挟む
「もうしばらくお休みください」
ベッドにアフタルを横たえると、ラウルは丁寧な手つきで毛布を掛けてくれた。
「雨ですからね。お体を冷やすと、よくありません」
椅子をベッドの傍に置いて、ラウルは腰を下ろした。
「私のこと、許していただけないと思います」
「シャールーズに命じられたのでしょう? 追いかけさせるな、と」
「それだけではないですよ」
ラウルは微笑んだ。けれどその笑みは、どこかが痛むかのように見える。
「今の私にとっての主は、あなたです。主を守ることが、何よりも最優先されるのですよ」
「……ティルダードのことは、もういいのですか?」
「よくはありませんね。ですから、シャールーズが私の代わりに王宮に向かってくれたのです」
揃えた膝の上に置いた手を、ラウルは強く握りしめた。
「アフタルさま。王女であるが故に特別扱いされることを、不本意に思ったことはおありですか?」
「ええ、あります」
「私も同じです」
シャールーズに比べて、ラウルは落ち着いた話し方をする。声もシャールーズと違い、細くて少し高い。
目の前にいるのが新たな守護精霊だというのに。契約を結んだというのに。
すぐにシャールーズと比べてしまう。
いや、彼がいないからだ。もし二人が揃っているのなら……彼の不在を意識しないで済むのなら、こんな風に比べたりしない。
「サファーリン、コーネルピン。シンハライト。彼らの石はどれも貴重です」
「そうですね、わたくしもこれまでに目にしたことがありません」
「なのに、私の石だけが至宝として扱われるのです。私が石に戻ると狙われるからと言われると、従う以外ありません」
少し不機嫌そうに結ばれた口許。本音を話すことで、ラウルはアフタルの気持ちに寄り添おうとしてくれているのだろう。
「私には兄……にも等しい存在である、シンハライトの方がよほど美しく思えます」
「シャールーズの石が?」
確かにアフタルも、落ち着いた色合いのシンハライトをとても美しいと思う。だが一般的には地味とされる石だ。
蒼いダイヤモンドの方が、誰からも大事にされるだろう。
「守護精霊でありながら、守られる立場というのは、なかなか悔しいものですよ。それに私は、彼を越えることができません」
「わたくし達は、置いていかれた者同士ですね」
アフタルは苦笑した。
これではまるで主従ではなく、年の近い兄妹のようではないか。
どうにも自分は、精霊を僕として接するのが苦手らしい。
いつの間にか霧雨は止んだのか、窓から見える木々の葉が朝日に煌めいている。
雨に濡れた葉は、眩しいほどに緑が鮮やかだ。
(どうか、彼の行く道を照らしてください。苦難を払ってください)
雲間から差し込む陽の光に、アフタルは願った。
ベッドにアフタルを横たえると、ラウルは丁寧な手つきで毛布を掛けてくれた。
「雨ですからね。お体を冷やすと、よくありません」
椅子をベッドの傍に置いて、ラウルは腰を下ろした。
「私のこと、許していただけないと思います」
「シャールーズに命じられたのでしょう? 追いかけさせるな、と」
「それだけではないですよ」
ラウルは微笑んだ。けれどその笑みは、どこかが痛むかのように見える。
「今の私にとっての主は、あなたです。主を守ることが、何よりも最優先されるのですよ」
「……ティルダードのことは、もういいのですか?」
「よくはありませんね。ですから、シャールーズが私の代わりに王宮に向かってくれたのです」
揃えた膝の上に置いた手を、ラウルは強く握りしめた。
「アフタルさま。王女であるが故に特別扱いされることを、不本意に思ったことはおありですか?」
「ええ、あります」
「私も同じです」
シャールーズに比べて、ラウルは落ち着いた話し方をする。声もシャールーズと違い、細くて少し高い。
目の前にいるのが新たな守護精霊だというのに。契約を結んだというのに。
すぐにシャールーズと比べてしまう。
いや、彼がいないからだ。もし二人が揃っているのなら……彼の不在を意識しないで済むのなら、こんな風に比べたりしない。
「サファーリン、コーネルピン。シンハライト。彼らの石はどれも貴重です」
「そうですね、わたくしもこれまでに目にしたことがありません」
「なのに、私の石だけが至宝として扱われるのです。私が石に戻ると狙われるからと言われると、従う以外ありません」
少し不機嫌そうに結ばれた口許。本音を話すことで、ラウルはアフタルの気持ちに寄り添おうとしてくれているのだろう。
「私には兄……にも等しい存在である、シンハライトの方がよほど美しく思えます」
「シャールーズの石が?」
確かにアフタルも、落ち着いた色合いのシンハライトをとても美しいと思う。だが一般的には地味とされる石だ。
蒼いダイヤモンドの方が、誰からも大事にされるだろう。
「守護精霊でありながら、守られる立場というのは、なかなか悔しいものですよ。それに私は、彼を越えることができません」
「わたくし達は、置いていかれた者同士ですね」
アフタルは苦笑した。
これではまるで主従ではなく、年の近い兄妹のようではないか。
どうにも自分は、精霊を僕として接するのが苦手らしい。
いつの間にか霧雨は止んだのか、窓から見える木々の葉が朝日に煌めいている。
雨に濡れた葉は、眩しいほどに緑が鮮やかだ。
(どうか、彼の行く道を照らしてください。苦難を払ってください)
雲間から差し込む陽の光に、アフタルは願った。
0
お気に入りに追加
488
あなたにおすすめの小説
大好きな騎士団長様が見ているのは、婚約者の私ではなく姉のようです。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
18歳の誕生日を迎える数日前に、嫁いでいた異母姉妹の姉クラリッサが自国に出戻った。それを出迎えるのは、オレーリアの婚約者である騎士団長のアシュトンだった。その姿を目撃してしまい、王城に自分の居場所がないと再確認する。
魔法塔に認められた魔法使いのオレーリアは末姫として常に悪役のレッテルを貼られてした。魔法術式による功績を重ねても、全ては自分の手柄にしたと言われ誰も守ってくれなかった。
つねに姉クラリッサに意地悪をするように王妃と宰相に仕組まれ、婚約者の心離れを再確認して国を出る覚悟を決めて、婚約者のアシュトンに別れを告げようとするが──?
※R15は保険です。
※騎士団長ヒーロー企画に参加しています。
妹に婚約者を寝取られましたが、私には不必要なのでどうぞご自由に。
酒本 アズサ
恋愛
伯爵家の長女で跡取り娘だった私。
いつもなら朝からうるさい異母妹の部屋を訪れると、そこには私の婚約者と裸で寝ている異母妹。
どうやら私から奪い取るのが目的だったようだけれど、今回の事は私にとって渡りに舟だったのよね。
婚約者という足かせから解放されて、侯爵家の母の実家へ養女として迎えられる事に。
これまで母の実家から受けていた援助も、私がいなくなれば当然なくなりますから頑張ってください。
面倒な家族から解放されて、私幸せになります!
誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
【完結】貶められた緑の聖女の妹~姉はクズ王子に捨てられたので王族はお断りです~
魯恒凛
恋愛
薬師である『緑の聖女』と呼ばれたエリスは、王子に見初められ強引に連れていかれたものの、学園でも王宮でもつらく当たられていた。それなのに聖魔法を持つ侯爵令嬢が現れた途端、都合よく冤罪を着せられた上、クズ王子に純潔まで奪われてしまう。
辺境に戻されたものの、心が壊れてしまったエリス。そこへ、聖女の侍女にしたいと連絡してきたクズ王子。
後見人である領主一家に相談しようとした妹のカルナだったが……
「エリスもカルナと一緒なら大丈夫ではないでしょうか……。カルナは14歳になったばかりであの美貌だし、コンラッド殿下はきっと気に入るはずです。ケアードのためだと言えば、あの子もエリスのようにその身を捧げてくれるでしょう」
偶然耳にした領主一家の本音。幼い頃から育ててもらったけど、もう頼れない。
カルナは姉を連れ、国を出ることを決意する。
お父様、お母様、わたくしが妖精姫だとお忘れですか?
サイコちゃん
恋愛
リジューレ伯爵家のリリウムは養女を理由に家を追い出されることになった。姉リリウムの婚約者は妹ロサへ譲り、家督もロサが継ぐらしい。
「お父様も、お母様も、わたくしが妖精姫だとすっかりお忘れなのですね? 今まで莫大な幸運を与えてきたことに気づいていなかったのですね? それなら、もういいです。わたくしはわたくしで自由に生きますから」
リリウムは家を出て、新たな人生を歩む。一方、リジューレ伯爵家は幸運を失い、急速に傾いていった。
いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と
鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。
令嬢から。子息から。婚約者の王子から。
それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。
そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。
「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」
その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。
「ああ、気持ち悪い」
「お黙りなさい! この泥棒猫が!」
「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」
飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。
謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。
――出てくる令嬢、全員悪人。
※小説家になろう様でも掲載しております。
婚約破棄された私の就職先はワケあり騎士様のメイド?!
逢坂莉未
恋愛
・断罪途中の悪役令嬢に付き添っていた私は、男共が数人がかりで糾弾する様にブチギレた瞬間、前世とこの世界が乙女ゲームだということを知った。
・とりあえずムカついたので自分の婚約者の腹にグーパンした後会場を逃げ出した。
・家に帰ると憤怒の父親がいて大喧嘩の末、啖呵を切って家出。
・街に出たもののトラブル続きでなぜか騎士様の家に連れていかれ、話の流れでメイドをする羽目に!
もうこなったらとことんやってやるわ!
※小説家になろうにも同時投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる