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七章

13、今すぐ契約しろ

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 一人きりだと、部屋はこんなにも広かっただろうか。
 アフタルはそわそわと室内を歩き回っていた。
 ベランダに出て隣の部屋を見ようとしても、そもそもシャールーズの部屋は窓が開いていない。

(普通にドアをノックすればいいだけなのに)

 どうして自分にはそれができないのだろう。

「おい、入るぞ」

 突然扉が開かれて、アフタルは心臓が口から飛び出しそうになった。
 机や椅子にぶつかりながらも、慌ててベランダから戻ったが。すでにシャールーズが部屋に入ってきている。

「急に入ってこないでください」
「声はかけたぞ」

 不遜な態度。いつもの彼だ。
 アフタルは、ほっと安堵の息をついた。

「入って来いよ」

 シャールーズは入り口に向かって声をかけた。促されて室内に入ってきたのは、ラウルだ。「失礼します」と丁寧に頭を下げている。
 何の用なのだろうと思いながら、アフタルは二人に椅子を勧めた。

「お前ら、今すぐ契約しろ」

 突然命じたのは、シャールーズだ。

「え?」
「何を言うのですか、急に」

 アフタルもラウルもきょとんとしている。
 シャールーズはソファーに座り、膝に両肘をついた。窓から吹きこむ温い風が、彼の金の髪を揺らす。

「ラウル。手をアフタルに見せてみろ」
「ですが」
「早くしろ」

 有無を言わせない強い語調。ラウルはおずおずと手をさしだした。
 男性にしては細く華奢な指を目にしたアフタルは、息を呑んだ。
 指先が透けている。床の木目が見えるほどに。

「……気づいていたのですか?」
「さっき過去視をした時に、手に触れただろ。俺たちは二人とも、人の姿を保てなくなったことがあるから、お前も分かってんだろ」

 ラウルは、シャールーズから視線を外した。

「俺に遠慮することはない。アフタルとラウルなら、ちゃんとした主従になれるさ」
「あなたは、それでいいんですか? アフタルさまを独占したいくせに」
「選ぶのは俺じゃなくて、アフタルだ」

 シャールーズは立ち上がると、アフタルの元へやって来た。
 そして手を伸ばして、椅子に座るアフタルの顎に手をかける。
 その大きな手、節くれだった無骨な指。馴染んだ感覚に、思わずアフタルは瞼を閉じそうになる。

「……ずるいです。ちゃんと約束したのに」
「約束は守るぜ。他の奴にキスなんかしないし、抱きしめて眠ったりしない」
「そういうことじゃなくて!」

 いや、確かにそんなことを言ったけれど。本質は、二人の時間がいつまでも続くようにと願ったのだ。

「俺にはアフタルだけだ」
「でも、ラウルと契約をしろと……」

 顎に添えられた手に力が入る。アフタルは、顔をぐいっと上に向けられた。
 そのままくちづけされる。ラウルの前だというのに。

「や……っ」

 アフタルは思わず、シャールーズを押しのけようとした。けれど力で敵うはずがない。

「信じろ、俺を」
「シャールーズ?」

 間近にある琥珀の瞳は、切なさを湛えたように睫毛が伏せられていた。

「信じてくれ。それしか言えねぇ」

 かすれた声は、苦しそうだ。
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