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六章

12、喪失の記憶

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「おい、待て。女が一人で乗り込める場所じゃねぇぞ」
「分かってます。でも、放っておけないもの!」

 ミーリャはスカートの裾を翻して走った。泥を跳ね上げながら、通りへ出て駆けていく。

「ラウル。追ってください」
「御意」

 アフタルの命令に、ラウルはうなずくと両手を胸の前に掲げた。

「石よ、岩よ。我が友よ。その目を用い、網を張り、仮の主が求める者を追え」

 ふいに、地面から糸が何本も立ちのぼる。
 とても細い繊維のようだが、ピキッ……という硬い音を立てるそれは、糸状の石だった。

「行け」

 ラウルが命じると、無数の石の糸はうねるように宙に放たれた。

「石の網か。俺にはできねぇ技だな」

 細く長く、空に伸びていく石をシャールーズは見送る。

「さきほどは、あの石の網に助けられたんです。ね、ラウル」
「はい。姫さまが塔から落下なさった時は、身も凍る思いでした」
「ま、待て。それは聞いてねぇ」

 シャールーズの顔が蒼白になる。

「話しませんでしたっけ?」
「初耳だ。っていうか、塔って見張りの塔か? あれは木が腐ってんだぞ」
「だから階段を踏み抜いて、手すりももろかったんですね」

 頷くアフタルの言葉に、シャールーズの口が開いたままになった。

「なんで勝手にそんな所に上がるんだ! おい、ラウル。どうして止めなかった」
「お一人でも大丈夫かと判断して」
「実際、大丈夫じゃなかっただろ!」
「あの、怒鳴られると気が散ります……」

 ラウルの言葉は正論だったので、シャールーズは仕方なくといった様子で引き下がった。
 だが、納得はできないようで、もの言いたげな表情を浮かべている。

「本当に大丈夫なのか、アフタル」

 アフタルの両頬を、大きな手が挟む。顔を動かすこともできなくて、目で「うんうん」と合図するしかなかった。

「……心配させんなよ」
「ごめんなさい」
「捜しに来てくれたのは嬉しい。それは真実だ。けどな、お前が怪我をするくらいなら、俺のことなんか放っておいてくれていいんだ」

 アフタルは、シャールーズの手にそっと指を添えた。

「……無理ですよ。そんなの」
「守護精霊を守って、どうするんだ」
「守りたいんですもの。わたくしに力がなくとも、それでもあなたを守りたいと思うんです」

 小さく呟くと、伏せた瞼にシャールーズの唇が触れた。
 とても優しく、羽毛が瞼をかすめるかのように。

「参ったな」

 ため息のような言葉だった。

「これじゃ、なんのための主従か分からねぇ」
「立場が逆転してるのなんて、いつものことじゃないですか」
「それとは違う」

 まただ。シャールーズの目つきが、とても真面目になる。
 能天気な表情の裏側に、大事なものを失うことを恐れる心が垣間見える。
 本人は隠しているのかもしれないが。深い喪失を経験したことがあるのだろう。

 空に向かって伸びていた糸の束が、ビキッと硬い音を立てた。

「どうやら見つけたようです。行きましょう」

 ラウルは立ち上がり、石を追った。
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