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六章

11、家事精霊

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 兵舎の後ろは、共同の洗濯場になっていた。
 湖に流れる川の畔に桶がいくつか置いてあり、物干しの縄が張ってある。

 しわくちゃの洗濯物が、縄にかけられてぼたぼたと水を落としていた。
 しかも洗濯物は泡だらけだ。
 絞った形跡もなければ、洗った服を広げようという意思も見られない。

「これは、ひどいですね」

 いつの間に現れたのか、ミーリャが洗濯物を見上げている。

「まぁ、たとえ桶を持っていなくても石鹸の匂いをさせていなくても、誰が洗ったのか一目瞭然です」

 ラウルも、ミーリャの言葉にうんうんと頷いてる。ようやく短剣が抜けたようで、アフタルに手渡してくれた。
 よほど大変だったのだろう。ラウルは手首をさすっている。

「……主を襲うよりも、まずは家事を覚えるべきではありませんか」

 冷ややかな目つきで、ラウルはシャールーズを睨む。

「家事精霊か。なんか、違う気もするけどな」
「きっと、もてますよ」
「お、そうか?」
「ええ。あなたは、女性といちゃいちゃするのがお好きでしょうし」

 完全にばれている。
 アフタルはまるで自分が責められているかのように、顔を赤らめた。
 つい唇に手を触れてしまい、それをラウルが見咎める。

「アフタルさまは、拒否してもよろしいと思いますよ」
「ラウル?」
「主に無理強いするしもべなど、有り得ませんから。場合によっては、主従の契約を解消してもよろしいかと」

(そんな!)

 アフタルは、思わず身を乗りだした。
 シャールーズは確かに強引だったけれど。強要されたわけではないし、アフタル自身も応えたのだ。
 契約を解除すると、二人の繋がりが断たれてしまいそうで。それが怖い。


 ミーリャが、びしょびしょの服を絞りなおして、干すために広げた。
 その時、彼女は「あっ!」と声を上げた。アフタルは驚いてふり返る。

「ミーリャ? どうかしましたか?」
「シャールーズさん!」

 ミーリャは服を鷲掴みにしたまま、シャールーズに詰め寄った。

「『さん』づけで呼ばれるのも新鮮だな」
「そんなこと、どうでもいいです! この服、カシア語で『カイ』って縫い取りがありますけど」
「ああ。俺を助けてくれたのが、カイだ。それは兵士服だな」
「熊みたいに大きな人でしたか? カイは今どこに? 元気でしたか?」

 次々にミーリャにまくし立てられて、シャールーズは困ったように頭を掻いた。
 大きく見開かれたミーリャの瞳。化粧っけはないが、確かに見覚えのある顔だと、アフタルは確信した。

「熊は合っている。元気そうではあった。だが、もうここにはいねぇ。馬車が来る頃だと言って出かけたな。ほんの少し前のことだが」
「どうして? 行き先はどこですか?」

 ずんずんとミーリャが迫っていくから、とうとうシャールーズは川辺まで下がった。
 あともう少しで、シャールーズの足が流れに入ってしまいそうなほどの勢いだ。

「カイは、仲間を助けに行くと言っていた」

 その言葉に、ミーリャは踵を返した。
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