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六章

7、会いたかった

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 オスティアの道は、先日の雨でぬかるんでいた。サラーマのように石で舗装されておらず、水たまりにはボウフラが湧いているところもある。

「もうここに守り人はいないのでしょうか」

 国境を守る拠点にしては、衛生状態がよくない。
 店らしい看板も見えるが、どこも閉店している。

「こっちが兵舎ですね」

 ミーリャに案内された先には、木造の小屋が並んでいた。一見、倉庫のようにも見える簡素さだ。
 扉を開けようとすると、ラウルに制止された。

「私が先に安全を確認いたします。姫さまは、後で」

 どうやらアフタルを、塔に一人で上がらせたことを後悔しているらしい。

 ラウルが扉を開くと、中は乱雑に散らかっていた。
 かつてはここで生活していたのだろう。皿や鍋がテーブルに放置され、寝具代わりの毛布と毛皮が丸められている。
 次々と小屋を覗くが、どれも似たような有様だった。

「慌てて出ていったようにも、思えますが」
「そうですね。小屋自体は古いですが、毛布はさほど時を経ているとも思えません」

 アフタルは、ラウルに応じた。
 カシアは現在、サラーマともウェドとも戦争状態にはない。兵士が出征したという状況でもなさそうだし、とアフタルは考え込んだ。

 ふと、そのとき鼻先を石鹸の匂いがかすめた。

「人がいるみたいです」

 急ぎ足で進み、一軒の小屋の前で立ち止まる。隣接する小屋の軒と軒の間から、シャボン玉がふわふわと漂ってくる。
 風に乗った小さなシャボン玉は、まるで空に吸い込まれるように上がっていった。

「姫さまっ!」

 突然ラウルに肩を掴まれ、後方に体を引っぱられた。
 それまでシャボン玉を遊ばせていたそよ風とは違う。まっすぐに一陣の突風が吹き抜けた。
 風が鳴る。その時、人が飛び出した。

 バキッ! 激しい音を立てて、何かが粉々になった。飛び散っているのは、木片だ。どうやら砕けたのは桶のようだ。
 そして小屋の扉に、細いものが突き刺さった。足元にバラバラと木片が落ちていく。
 石鹸がつよく香った。

「あっぶねーな。何考えてんだよ、あの女」

 小屋の扉には、短剣が刺さっていた。
 一瞬の出来事に、何が起こったのか分からなかったアフタルは瞠目した。

 陽光に煌めく短い金の髪、琥珀色の肌と、やんちゃそうな瞳。
 愛しい人が、誰よりも会いたかった人がそこにいた。
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