上 下
54 / 153
五章

4、会いたくもない人

しおりを挟む
 疲れて眠ってしまったのだろう。夜中にアフタルは目覚めた。
 天井が違うことに、自分がどこにいるのか一瞬分からなくなった。

「お目覚めでいらっしゃいますか」

 アフタルの顔を覗きこんできたのは、ラウルだ。

「えっ。ここってわたくしの部屋ですよね」
「存じ上げております」
「どうして勝手に入っているんですか?」

 ラウルは屈みこんで「しーっ」と言いながら、唇の前で人差し指を立てた。

「離宮の庭に、人影を見ました」
「まさか。シャールーズ?」
「いいえ。残念ながら」

 ラウルは静かに首を振る。アフタルは落胆に肩を落とした。
 分かっている。あんな矢傷を負って、普通に戻ってこられるわけがないことを。

「門番はいないのですか?」
「正妃さまの護衛はおりますが。他に男性といえば、御者に庭師、下働きの者くらいだそうです」

 アフタルは寝間着の上からガウンを羽織り、長い髪を一つにまとめた。

「ミトラ姉さまと一緒に行きましょう。護衛とヤフダ姉さまは、正妃さまのお側に」
「了解いたしました」

 恭しく頭を下げ、ラウルは部屋を出ていった。
 アフタルは双子神ディオスクリの短剣を手にして、廊下へと出る。

 夜の静寂を破るように、離宮の扉を派手に叩く音が聞こえた。

「開けてください! 人を捜しているんです!」

 ホールへと続く階段を下りながら、アフタルとラウルは顔を見合わせた。

「人捜しに離宮へ? なんとも奇妙なことです」
「この声、聞き覚えがあります」

 アフタルは額を指で押さえた。
 懐かしいと言えなくもない、聞きたくもない声だ。

「ぼくの大事な人が、姿を消してしまったんです! こちらにいるはずなんです」

 けたたましく扉を叩く音。
 正妃についている護衛のうちの一人が、二階の廊下を駆けてきた。

「平気。あたしにまかせて!」

 護衛を押しとどめて、階段の手すりを滑り降りてきたのはミトラだった。
 細い手すりの上に立ち、あっという間に一階に到着だ。見事な平衡感覚としかいいようがない。

「ミトラ姉さま。さすがにそれはお行儀がよろしくないかと」
「うん。そう思ってね、淑女らしく手すりをまたいだりしなかったわ」
「……そこですか」

 ラウルがため息をついた。誰を相手にしても、彼は苦労性のようだ。

(まぁ、わたくしはそんなにラウルに心配をかけていませんよね)

 うんうん、とアフタルはうなずいた。

「あんた、誰よ! ここが王家の離宮であると知ってるんでしょうね」
「知っています。開けてください」
「名乗れって言ってんでしょ」
「ぼ、ぼくは、ロヴナ・キラドです」

 ドカッ!
 ミトラの蹴りで、重いはずの扉が勢いよく開いた。たぶんゆっくりと扉が開かれると思っていたのだろう。暗闇に、顔を押さえてしゃがみこむロヴナの姿があった。

「ア、アフタル! フィラを知らないか?」

 鼻を赤くしながら、ロヴナがアフタルの肩を掴む。だがすぐにアフタルの左右に視線を走らせた。

「あいつは? あの粗野な男は」
「少し席を外しているだけです。あなたほど粗野で乱暴な男性は、わたくしの知人にはおりませんが」

 ロヴナが、ほっと息をついた。だがすぐにミトラがロヴナに釘つき棒を突きつける。

「えっと、この女性は? 変わった護衛だね。えらく物騒だ」
「わたくしの姉、第二王女ミトラです」

 喉の奥にヒキガエルでも飼っているのかというような奇妙な音を、ロヴナが発した。

「あんたさぁ、なんで婚約破棄しておいて、何度もアフタルに関わるわけ? 別に王家はもうキラド家の交易に便宜を図ろうとも思わないし、あんたも誰と結婚しようが勝手だけどさ。今更、妹の周囲をちょろちょろされちゃ迷惑なのよ」
「フィラはこちらにはおりません。では失礼」

 アフタルはロヴナの眼前で、扉を閉めた。

「待ってくれ、アフタル。ぼくのフィラを返してくれ。君が彼女を隠したんじゃないのか?」

 扉を叩く音は、いつまでも止むことがなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大嫌いな後輩と結婚することになってしまった

真咲
BL
「レオ、お前の結婚相手が決まったぞ。お前は旦那を誑かして金を奪って来い。その顔なら簡単だろう?」 柔和な笑みを浮かべる父親だが、楯突けばすぐに鞭でぶたれることはわかっていた。 『金欠伯爵』と揶揄されるレオの父親はギャンブルで家の金を食い潰し、金がなくなると娘を売り飛ばすかのように二回りも年上の貴族と結婚させる始末。姉達が必死に守ってきたレオにも魔の手は迫り、二十歳になったレオは、父に大金を払った男に嫁ぐことになった。 それでも、暴力を振るう父から逃げられることは確かだ。姉達がなんだかんだそうであるように、幸せな結婚生活を送ることだって── 「レオ先輩、久しぶりですね?」 しかし、結婚式でレオを待っていたのは、大嫌いな後輩だった。 ※R18シーンには★マーク

皇帝(実の弟)から悪女になれと言われ、混乱しています!

魚谷
恋愛
片田舎の猟師だった王旬果《おうしゅんか》は 実は先帝の娘なのだと言われ、今上皇帝・は弟だと知らされる。 そしていざ都へ向かい、皇帝であり、腹違いの弟・瑛景《えいけい》と出会う。 そこで今の王朝が貴族の専横に苦しんでいることを知らされ、形の上では弟の妃になり、そして悪女となって現体制を破壊し、再生して欲しいと言われる。 そしてこの国を再生するにはまず、他の皇后候補をどうにかしないといけない訳で… そんな時に武泰風(ぶたいふう)と名乗る青年に出会う。 彼は狼の魁夷(かいい)で、どうやら旬果とも面識があるようで…?

私の恋人はイケメン妖なので、あなた達とは次元が違います!

つきの しおり
恋愛
私の名前は桃原 姫(ももはら ひめ)、16歳。 見て分かる通り、私は「姫」と名付けられたけど、性格はお世辞にもお姫様みたいにお淑やかとは言えない。 だからこの名前で揶揄われることも少なくなかった。 ーー『もっと可愛くお淑やかにできねぇの?』 ーー『姫って呼ぶの、恥ずかしいよなぁー。』 ーー『名前負けにも程があるだろ。そんな性格じゃ恋人なんてできねぇよ!』 悲しくて、悔しくて、名前で呼ばれる事が嫌になった。 でも、このまま言われっぱなしはもっと嫌! いつかイイ男を捕まえて、私を否定した奴らを絶対に見返してやる! …とまぁそんな訳で、学校の男子達とは間違っても恋なんか生まれる事は無かった。 でもついに、私にも好きな人ができたの! 誰もが羨む程の超イケメンで、ちょっと意地悪だけどドキドキさせてくれる、 『律(りつ)』という妖にーー。 ※この物語はフィクションです。実在の人物、国、団体には一切関係ございません。 ※名前に関して中傷している描写がありますが、蔑視している訳ではございません。ご理解頂けた上でお読み頂きますようお願い致します。 ※3/22タイトル変更しました。元「姫の初恋物語」

菊松と兵衛

七海美桜
BL
陰間茶屋「松葉屋」で働く菊松は、そろそろ引退を考えていた。そんな折、怪我をしてしまった菊松は馴染みである兵衛に自分の代わりの少年を紹介する。そうして、静かに去ろうとしていたのだが…。※一部性的表現を暗喩している箇所はありますので閲覧にはお気を付けください。

壊れた番の直し方

おはぎのあんこ
BL
Ωである栗栖灯(くりす あかり)は訳もわからず、山の中の邸宅の檻に入れられ、複数のαと性行為をする。 顔に火傷をしたΩの男の指示のままに…… やがて、灯は真実を知る。 火傷のΩの男の正体は、2年前に死んだはずの元番だったのだ。 番が解消されたのは響一郎が死んだからではなく、Ωの体に変わっていたからだった。 ある理由でαからΩになった元番の男、上天神響一郎(かみてんじん きょういちろう)と灯は暮らし始める。 しかし、2年前とは色々なことが違っている。 そのため、灯と険悪な雰囲気になることも… それでも、2人はαとΩとは違う、2人の関係を深めていく。 発情期のときには、お互いに慰め合う。 灯は響一郎を抱くことで、見たことのない一面を知る。 日本にいれば、2人は敵対者に追われる運命… 2人は安住の地を探す。 ☆前半はホラー風味、中盤〜後半は壊れた番である2人の関係修復メインの地味な話になります。 注意点 ①序盤、主人公が元番ではないαたちとセックスします。元番の男も、別の女とセックスします ②レイプ、近親相姦の描写があります ③リバ描写があります ④独自解釈ありのオメガバースです。薬でα→Ωの性転換ができる世界観です。 表紙のイラストは、なと様(@tatatatawawawaw)に描いていただきました。

自分勝手な側妃を見習えとおっしゃったのですから、わたくしの望む未来を手にすると決めました。

Mayoi
恋愛
国王キングズリーの寵愛を受ける側妃メラニー。 二人から見下される正妃クローディア。 正妃として国王に苦言を呈すれば嫉妬だと言われ、逆に側妃を見習うように言わる始末。 国王であるキングズリーがそう言ったのだからクローディアも決心する。 クローディアは自らの望む未来を手にすべく、密かに手を回す。

【完結】入れ替わった双子の伯爵令息は、優美で獰猛な獣たちの巣食う復讐の檻に囚われる

.mizutama.
BL
『僕は殺された。 この世でたった一人の弟である君に、僕は最初で最後のお願いをしたい。 僕を殺した犯人を、探し出してくれ。 ――そして、復讐して欲しい』 山間の小さな村でひっそりと暮らしていた、キース・エヴァンズ。 存在すら知らされていなかった双子の兄、伯爵令息のルイ・ダグラスの死をきっかけに、キースは兄としての人生を歩むことになる。 ――視力を取り戻したキースが見た、兄・ルイが生きてきた世界は、憎悪と裏切りに満ちていた……。 美しき執事、幼馴染、従兄弟、王立学院のライバルたち……。 「誰かが『僕』を殺した」 双子の兄・ルイからのメッセージを受け取ったキースは「ルイ・ダグラス」となり、兄を殺害した真犯人を見つけだすことを誓う。 ・・・・・・・・・・・・ この作品は、以前公開していた作品の設定等を大幅に変更して改稿したものです。 R18シーンの予告はありません。タグを確認して地雷回避をお願いします。

婚約破棄された公爵令嬢は流浪の皇太子に愛される。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 モンザーマー王国の選帝公の位を望む王弟は、四大選帝公の一つティッチフィールド公爵家の令嬢に誑かされた王太子ウェルズと結託し、選帝公ダファリン公爵家に謀叛の罪を着せて令嬢マーリアとの婚約を破棄した上で処刑しようとした。

処理中です...