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四章

12、主の命令です

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「道が開きました。時間がありません」
「跳ぶぞ、アフタル。捕まれ」

 ラウルに急かされたシャールーズは、アフタルを腕に抱えた。

 軽い跳躍だったのに、何か得体のしれない大きな力に引きずり込まれていく。
 青空と葡萄畑。ぐにゃりと歪む空間。
 平衡感覚が失われる。

 下を見ると、さっきまで皆が立っていた場所に、武装した男たちが集まっていた。
 彼らはなおも弓を構えて矢をつがえ、アフタル達を攻撃する。
 だがどの矢も放物線を描いて、そのまま落下するだけだ。

(あれもきっとエラ伯母さまの差し金なのですね)

 どこで馬車の車軸が破損するか、正確な場所は分からない。
 ということは、武装集団が距離を置いて、アフタル達の後をつけていたということだ。

(離宮も安全とは言い難いです)

 なんとかしなければ。
 シャールーズとミトラは戦える。離宮には正妃が静養なさっているから、護衛もいるけれど。

 それでも力が足りない。数で圧倒的にエラに負けている。

(わたくし達は、ただ逃げていればいいわけではありません。ティルダードを取り戻し、王宮を奪還しなければ)

 そのために必要なのは、信頼できる騎士、そして武器だ。

 できることならば、穏便に解決したい。
 けれどエラと話し合いができるだろうか? 精霊を信頼しない彼女と。
 自分の考えに、アフタルは苦笑した。
 
 腕の中の彼女にシャールーズが問いかける。

「どうした?」
「いえ、わたくしも変わってしまったと思って。以前なら、なんとかエラ伯母さまと話し合いの場を設けよう、彼女を説得しようと考えたのでしょうけれど」
「今は?」
「伯母さまは甘くないと知っていますから。無駄なことはしません」

 蒼穹の聖道に入ったことで、油断してしまったのかもしれない。

 それまで落ちていくばかりだった矢の中から、一本の矢がアフタルの腕をかすめた。
 矢風が、アフタルの髪を激しく揺らす。
 痛みは一瞬遅れてやって来た。

「アフタル!」

 眼下に弓矢を構えた男の姿が見えた。

 弦を引いて弓をしならせ、矢が放たれる。その反動で、男の銀髪が冷たく輝きながらなびいた。
 近衛騎士団長のアズレットだ。

 彼の射る矢は、まっすぐにアフタルをとらえる。

 また次の矢がアフタルを襲う。
 シャールーズが腕の中に彼女を庇った。

「くぅ……っ」

 シャールーズの呻く声。抱きしめられているアフタルに、彼が身を固くするのが伝わってきた。

「離してください、シャールーズ」
「できるかよ」
「命令です」

 ドスッという音と共に、またシャールーズの腕に力がこもる。

「命令だって言ってるじゃないですか」
「聞こえねぇよ」

 彼の腕の中から見上げると、シャールーズは眉間を寄せ、歯を食いしばりながらも微笑んでいた。

「アフタルさま、ご無事ですか? あと少し我慢なさってください。ミリアリウム・アウレウムが見えてきました」

 二人の前に飛び出したのは、ラウルだった。
 凍てついた氷河の蒼の結界が、矢を跳ね返す。

「腕力の強ぇ奴がいるみたいだな」
「弓矢の名手とは思えないんですか?」
「思いたくねぇ」

 ラウルに対して軽口を叩いてはいるが、シャールーズの背には何本もの矢が刺さっている。
 周囲には、金色の三角錐が点々と並んでいた。骨組みだけで、中身はない。
 なのに三角錐の頂点で、黄金の炎が燃えている。

「金の標石だ。あそこまで行けば、もう離宮につながっている。アフタル、お前は先に行け」
「いやです!」

 アフタルはシャールーズの腕にしがみついた。

「離宮に着いたら、手当てをするんです。馬車の中で、そう言ったじゃないですか」
「あれは……」

「わたくしの命令が聞けないなら、わたくしがシャールーズの命令を聞きます。命令は、先着順なんです」
「……先着順って、言葉を間違ってるだろ」
「いいんです、細かいことは。背中の手当てが最初の約束です。だから、わたくしは守るんです」

 アフタルは、早口でまくしたてた。
 呆れたような表情を浮かべ、シャールーズがアフタルの頭をぽんぽんと軽く叩く。

「もうちょっと持ちこたえてくれ、ラウル」
「誰に言っているのですか? 私はダイヤモンドですよ」
「だよな。あの泣き虫が、立派になったもんだ」
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