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四章
5、時を待つ
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「ラウル。厳しいことを言うようですが、ティルダードはあなたに逃げてほしいと願っているはずです。あの子は年齢は子どもですが、考え方は立派な大人です。寂しさも怖さも全部心の奥底に封じて、反撃の時を待つと思います。そのためにも、あなたが蒼氷のダイヤモンドそのものであると、ばれてはならないのです」
「アフタルさま……」
事態の重さに、ラウルは口ごもる。
けれど、その澄んだ瞳の奥に決意が宿るのを見て取れた。
もし今の状況をエラに知られてしまったら、ラウルは石に戻されてしまうだろう。
ラウルも理解しているはずだ。けれどティルダードを残していくことに、感情が反発している。
「シャールーズ。彼をお願いします」
「仰せのままに、我が君」
シャールーズは頭を下げた。
ラウルは、なおもシャールーズの腕から逃れようとした。
けれど細身であり、傷めつけられたラウルは力ではシャールーズに敵わない。長身なのに、荷物のように軽々とシャールーズの肩に担ぎ上げられてしまう。
「下ろしなさい!」
「ラウル。お前の気持ちは分かるぜ。主を見捨てるなんざ、心が引きちぎられそうにつらいってこともな。けどよ、今はまだティルダードを助ける時じゃねぇんだよ。分かってんだろ」
「ですが! 私は殿下を」
「うるせぇ、くそダイヤモンド。お前にとって主であるティルダードは、アフタルにとっては大事な弟なんだ、家族なんだよ。撤退を命じたアフタルが、苦しくないわけねぇだろ」
「家族……」
呆然と呟くラウルは、抵抗をやめた。
「まったく。お前は俺のことを無茶するって言ってたくせに、その本人が一番無茶しそうじゃねぇか」
「共に来てください、ラウル。わたくしからもお願いします。国王直属の近衛騎士団は、次期国王であるティルダードを害することはないでしょう。苦しいでしょうが、耐えてください」
ようやく手に戻ってきた穏やかな日常なのに。あまりにも簡単に指の隙間からこぼれ落ちていく。
それまでシャールーズの肩で暴れていたラウルがおとなしくなった。それが了承であると、アフタルは理解した。
「我らは今は身をひそめ、機が熟すのを待ちます。いいですね」
凛とした声。
ラウルは、その言葉を目の前のか弱い王女が発したとはすぐに分からぬようだった。
何度も瞬きをして、ようやく怜悧な表情のアフタルが言ったのだと理解したようだ。
「姫さまは、利発なお子さまでいらっしゃいました。結婚相手の殿方を立てねばならぬからと、成長なさってからは知識も思考力も自ら押さえこんでいらっしゃったのです」
ゾヤ女官長が、懐かしむように目を細めた。
「ふっ。おもしれぇ。丸くなって眠っていた子猫は、実は獅子の子だったってわけか。よし、行くぞアフタル。自分で走れるな」
「はい」
「ちょうどいい、精霊が複数揃えば、俺らの力も強くなる」
シャールーズは駆けだした。
アフタルはふり返り、ゾヤ女官長に手を差し伸べる。
「女官長。一緒に参りましょう。離宮で好機を待つのです」
「姫さま。本当にお強くなられましたね」
「ありがとう。でも今は急ぎましょう。また、ゆっくりと褒めてください」
アフタルは、ゾヤ女官長の手を握りしめた。
「アフタルさま……」
事態の重さに、ラウルは口ごもる。
けれど、その澄んだ瞳の奥に決意が宿るのを見て取れた。
もし今の状況をエラに知られてしまったら、ラウルは石に戻されてしまうだろう。
ラウルも理解しているはずだ。けれどティルダードを残していくことに、感情が反発している。
「シャールーズ。彼をお願いします」
「仰せのままに、我が君」
シャールーズは頭を下げた。
ラウルは、なおもシャールーズの腕から逃れようとした。
けれど細身であり、傷めつけられたラウルは力ではシャールーズに敵わない。長身なのに、荷物のように軽々とシャールーズの肩に担ぎ上げられてしまう。
「下ろしなさい!」
「ラウル。お前の気持ちは分かるぜ。主を見捨てるなんざ、心が引きちぎられそうにつらいってこともな。けどよ、今はまだティルダードを助ける時じゃねぇんだよ。分かってんだろ」
「ですが! 私は殿下を」
「うるせぇ、くそダイヤモンド。お前にとって主であるティルダードは、アフタルにとっては大事な弟なんだ、家族なんだよ。撤退を命じたアフタルが、苦しくないわけねぇだろ」
「家族……」
呆然と呟くラウルは、抵抗をやめた。
「まったく。お前は俺のことを無茶するって言ってたくせに、その本人が一番無茶しそうじゃねぇか」
「共に来てください、ラウル。わたくしからもお願いします。国王直属の近衛騎士団は、次期国王であるティルダードを害することはないでしょう。苦しいでしょうが、耐えてください」
ようやく手に戻ってきた穏やかな日常なのに。あまりにも簡単に指の隙間からこぼれ落ちていく。
それまでシャールーズの肩で暴れていたラウルがおとなしくなった。それが了承であると、アフタルは理解した。
「我らは今は身をひそめ、機が熟すのを待ちます。いいですね」
凛とした声。
ラウルは、その言葉を目の前のか弱い王女が発したとはすぐに分からぬようだった。
何度も瞬きをして、ようやく怜悧な表情のアフタルが言ったのだと理解したようだ。
「姫さまは、利発なお子さまでいらっしゃいました。結婚相手の殿方を立てねばならぬからと、成長なさってからは知識も思考力も自ら押さえこんでいらっしゃったのです」
ゾヤ女官長が、懐かしむように目を細めた。
「ふっ。おもしれぇ。丸くなって眠っていた子猫は、実は獅子の子だったってわけか。よし、行くぞアフタル。自分で走れるな」
「はい」
「ちょうどいい、精霊が複数揃えば、俺らの力も強くなる」
シャールーズは駆けだした。
アフタルはふり返り、ゾヤ女官長に手を差し伸べる。
「女官長。一緒に参りましょう。離宮で好機を待つのです」
「姫さま。本当にお強くなられましたね」
「ありがとう。でも今は急ぎましょう。また、ゆっくりと褒めてください」
アフタルは、ゾヤ女官長の手を握りしめた。
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