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四章

2、隠していたはずなのに

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「ど、どうして?」

 王宮で鳴る鐘に呼応するように、サラーマの王都で鐘が鳴り響く。
 王の崩御を告げる鐘だ。
 
 まるで王都自体が絶叫しているような音に、耳が痛くなる。
 それまで釘の棒を構えていたミトラが、立ちつくした。ヤフダも椅子から立ち上がり、瞼を閉じる。

「お母さまが、離宮で静養なさっています。ティルダードとともに、離宮へ向かいましょう」
「アフタル、いいわね。ティルダードを連れてきて。あんた、手伝いなさいよ」

 ミトラに命じられ、シャールーズは無言でうなずいた。

「どういうことなんですか? お姉さま方」

 ガツンッ! と激しい音とともにミトラが棒をあずまやの柱に打ち付けた。
 その赤い髪は燃えるような憤りを、暗い緑の瞳はやるせない怨嗟に満ちていた。
 こんなミトラを見るのは、初めてのことだった。

「エラ伯母さまに先手を打たれたわ」
「伯母さまの好きにさせてはなりません。アフタルとティルダードは、彼女にとって格好の駒なのですから」

 時が来たのだと、ヤフダは呟いた。

 これまで国王の崩御を隠蔽されていた民の怒りは大きかった。
 王宮の門には民が押しかけ、騒いでいる声が風に乗って王宮の奥にまで届く。

「ティルダード。返事をして」

 いまだ鳴りやまない鐘の音。アフタルは自身の準備はそこそこに、ティルダードを捜した。

「こっちにもいねぇぞ」

 シャールーズが手分けをして捜してくれるが、弟の気配はどこにもない。
 ヤフダとミトラは、馬車と御者の準備をしている。

 おかしな話だ。
 これだけ騒ぎが起こっているのに。大臣たちの姿を見かけない。
 ふとシャールーズが、アフタルを背後に隠すように立った。

「誰か来る」

 広い背中から顔を覗かせると、廊下を駆けてくるのはゾヤ女官長だった。

「姫さま。早く脱出なさってください」
「まだです。ティルダードを連れて行かないと」

 けれど女官長は首を振った。

「殿下は即位の準備があるとおっしゃって、エラさまがお連れしました」
「即位って、あの子はまだ十歳なのに」

 女官長は唇を噛みしめ、眉間にしわを寄せた。

「……エラさまが、摂政としてお立ちになるようです。議会の承認も得ていらっしゃいます」
「まさか、そんな」

 ゆっくり時間をかけて、あの子が育つのを待とうと。王族や大臣たちの考えは揃っていたはずなのに。
 見えない圧力に押しつぶされそうだ。
 アフタルは苦しさに、瞼を閉じた。

「エラってのは、そんなにまずい奴なのか?」
「エラさまは、元々サラーマの王族が精霊と関わることを、良しとされていませんでした。王が蒼氷のダイヤモンドと契約を結んでおられなかったのも、エラさまに配慮してのことです」
「けどよ、あの女はカシアに嫁いでたんじゃねぇのか」
「まさか未亡人となり、サラーマに戻ってこられるとは」

 ゾヤ女官長の口調は苦々しい。

「姫さま、現在の王都をどうご覧になりました?」
「とても乱れていました。闘技士といってましたが、サラーマにはいるはずのない剣奴けんど……奴隷の存在。それに神殿での……」

 神殿の小部屋でのことを思いだし、アフタルは拳を握りしめた。

「フォルトゥーナ女神を信ずる者にとって、聖娼とは、普通に行われていることなのですか?」
「いいえ」

 王宮に閉じこもっているアフタルと違い、ゾヤ女官長は外の世界をよく知っている。しかも年齢は、三十代後半か四十代くらいだ。
 その彼女が、聖娼など知らないと断言するのならば、秘されていた慣習が表に出てきたのだろう。

 ぞくりと、背筋を悪寒が走った。

(王が不在というだけで、こんなにも簡単に国は堕ちていくのものなのですね)
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