22 / 153
二章
8、そんなことできません
しおりを挟む
「もう大丈夫ですよ。こちらの神殿を訪れるのは、フォルトゥーナ女神の信者ばかりですから。蛮族はおりません」
巫女はそう言いながら、床に絨毯を敷きクッションを並べた。そして寝台の寝具を整える。
「さきほどの蛮族には、先に出ていくように話しておきますから。お嬢さまは、何の心配もなさらなくて良いのですよ」
「蛮族って、もしかしてシャールーズのことですか? わたくしと一緒にいた」
「ええ、脅されていたのではないですか? 夜間、命令口調のような声が聞こえていましたから」
「脅されていたわけではないんです」
それは誤解だ。
アフタルは慌てて首を振った。けれど、どう説明していいのか分からない。
「そうですか? なら、いいのですが」
「えっと、掃除をしますね。道具はどこですか?」
「あら、まぁ」
巫女は、さも驚いたという風に口をぽかんと開いた。
「あなたのお仕事は掃除ではございませんよ。聖娼です」
「聖娼……ですか? 聞いたことがありません」
「では説明いたしますね。神聖娼婦といった方が、分かりやすいでしょうか。信者の男性に身を任せ、報酬をいただき、そのお金を神殿に奉納するのです」
「え?」
「神聖な儀式ですよ。誇りを持ってください」
「でも、見知らぬ男性に抱かれるということですよね」
「異教徒の男性と閨を共にするような、恥ずかしいことではございませんよ」
「シャールーズとは、何もありません」
巫女は完全に誤解している。
「まぁ、そう興奮なさらずに。元来、大地母神の神殿で聖娼は行われていたのです。珍しいことではありません。神殿に寄進してくださる方に、神の力を授ける必要がありますから。女神の力は、女性から。正当でございましょう?」
理解できない。
アフタルは巫女と言葉が通じない絶望に囚われた。
「名誉なことですよ。本日の寄進者は、ロヴナ・キラドさまですから」
その名前に、耳を疑った。
「嘘……ですよね」
「女神に誓って、嘘など申しません」
巫女は頭を下げると、部屋を出ていった。
だめだ、逃げなければ。一刻も早く出ていかなければ。
アフタルは扉を開けようとしたが、鍵が掛けられているのかびくともしない。
「開けて! 開けてください!」
ドンドンと木の扉を叩く。窓は、と見ると鉄の格子が嵌められていた。
ありえない。娼婦の真似事をするなんて。しかも相手がロヴナだなんて。
(いえ、大丈夫です。ロヴナが、わたくしなんかを抱きたいと思うはずありません)
けれどそれは、ただ相手がロヴナから見知らぬ男性に代わるだけのことなのでは?
ここには急を報せてくれる早馬もいない。
その時、鍵が外される音がした。
巫女はそう言いながら、床に絨毯を敷きクッションを並べた。そして寝台の寝具を整える。
「さきほどの蛮族には、先に出ていくように話しておきますから。お嬢さまは、何の心配もなさらなくて良いのですよ」
「蛮族って、もしかしてシャールーズのことですか? わたくしと一緒にいた」
「ええ、脅されていたのではないですか? 夜間、命令口調のような声が聞こえていましたから」
「脅されていたわけではないんです」
それは誤解だ。
アフタルは慌てて首を振った。けれど、どう説明していいのか分からない。
「そうですか? なら、いいのですが」
「えっと、掃除をしますね。道具はどこですか?」
「あら、まぁ」
巫女は、さも驚いたという風に口をぽかんと開いた。
「あなたのお仕事は掃除ではございませんよ。聖娼です」
「聖娼……ですか? 聞いたことがありません」
「では説明いたしますね。神聖娼婦といった方が、分かりやすいでしょうか。信者の男性に身を任せ、報酬をいただき、そのお金を神殿に奉納するのです」
「え?」
「神聖な儀式ですよ。誇りを持ってください」
「でも、見知らぬ男性に抱かれるということですよね」
「異教徒の男性と閨を共にするような、恥ずかしいことではございませんよ」
「シャールーズとは、何もありません」
巫女は完全に誤解している。
「まぁ、そう興奮なさらずに。元来、大地母神の神殿で聖娼は行われていたのです。珍しいことではありません。神殿に寄進してくださる方に、神の力を授ける必要がありますから。女神の力は、女性から。正当でございましょう?」
理解できない。
アフタルは巫女と言葉が通じない絶望に囚われた。
「名誉なことですよ。本日の寄進者は、ロヴナ・キラドさまですから」
その名前に、耳を疑った。
「嘘……ですよね」
「女神に誓って、嘘など申しません」
巫女は頭を下げると、部屋を出ていった。
だめだ、逃げなければ。一刻も早く出ていかなければ。
アフタルは扉を開けようとしたが、鍵が掛けられているのかびくともしない。
「開けて! 開けてください!」
ドンドンと木の扉を叩く。窓は、と見ると鉄の格子が嵌められていた。
ありえない。娼婦の真似事をするなんて。しかも相手がロヴナだなんて。
(いえ、大丈夫です。ロヴナが、わたくしなんかを抱きたいと思うはずありません)
けれどそれは、ただ相手がロヴナから見知らぬ男性に代わるだけのことなのでは?
ここには急を報せてくれる早馬もいない。
その時、鍵が外される音がした。
0
お気に入りに追加
490
あなたにおすすめの小説
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
根暗令嬢の華麗なる転身
しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」
ミューズは茶会が嫌いだった。
茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。
公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。
何不自由なく、暮らしていた。
家族からも愛されて育った。
それを壊したのは悪意ある言葉。
「あんな不細工な令嬢見たことない」
それなのに今回の茶会だけは断れなかった。
父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。
婚約者選びのものとして。
国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず…
応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*)
ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。
同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。
立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。
一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。
描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。
ゆるりとお楽しみください。
こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。
虐げられた公爵令嬢は、隣国の白蛇王に溺愛される
束原ミヤコ
恋愛
フェリシアは、公爵家の令嬢である。
だが、母が死に、戦地の父が愛人と子供を連れて戻ってきてからは、屋根裏部屋に閉じ込められて、家の中での居場所を失った。
ある日フェリシアは、アザミの茂みの中で、死にかけている白い蛇を拾った。
王国では、とある理由から動物を飼うことは禁止されている。
だがフェリシアは、蛇を守ることができるのは自分だけだと、密やかに蛇を飼うことにして──。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる